19代:ヴァンディーン摂政大公紀 -大空位時代-

 ベリゾン准将は帝都に戻った。

 彼が、着陸した宇宙戦艦に接続したボーディングポートを通って、ターミナルに入ると、そこには近衛軍司令官のレグリズ中将と、副司令官のラズボー少将、高級士官十数人がいて、まだ若い士官らは誇らしげな表情で敬礼をした。そして「閣下、こちらです」とラズボー少将が自ら案内を始めた。所属が違うとはいえ、階級が上の将軍の態度にベリゾンがやや不審顔でついていくと、巨大な吹き抜けフロアのテラスに案内された。そこから眼下を見ると、広大なロビーには人々が足の踏み場もないほどいて、現れたベリゾンを見て、歓声をあげた。人はロビーだけでなく、その外にもいた。それほど人口の多くない帝星の大半の人がここに来たのではないか、というほど、見渡すかぎり、大勢の人がいた。

 テラスには皇族が並んでいた。その周囲には貴族もいる。みな笑顔でベリゾンに拍手をした。

 案内したラズボー少将が、恭しく、

「閣下、どうぞみなにお声をお掛けください」

 と言うと、

「みな、帝国を救われた閣下のご帰還をお待ちしていたのです」

 後ろから付いて来たレグリズ中将もそう言った。

 ベリゾンは、居並ぶ人々を見回した。みな、笑顔で、目を輝かせ、期待に満ちた表情をしていた。

 眼下に視線を送ると、大勢の市民は救国の英雄を尊敬と羨望の眼差しで見上げていた。歓声をやめて、固唾を呑んで、彼の声を待っている。

 ベリゾンがこの時、内心どう思ったのかは、記録にはない。

 記録にあるのは、彼が、皇族や貴族らに声をかけ、そのあと、群衆に向かって片手を上げ、再び湧き上がった歓呼に応え、それが一段落するのを待って、次のような演説をしたことだ。

「諸君、親愛なる帝国臣民の諸君。ここに私は宣言する。戦争は終わった。もう一度言おう。戦争は終わったのだ!! 愚かなりし侵略者たちは、母国へと戻り、その欲望のためにお互い醜い争いを始めるであろう。帝国へ再び来ることはもう無い。我々は生き延びたのだ。我々は勝利したのである! この勝利は、諸君らの忍耐と努力の結果だ。わたしはその力を借りて、敵に最後の一撃を与えた。だから、勝利は諸君ら皆のものであり、帝国を救ったのも皆のおかげなのだ。私は皆に感謝している。だが忘れてはならない。真の戦いはこれから始まる。国土は荒廃し、多くの人の命が失われた。社会は疲弊の一途をたどっている。我々は、この国を、帝国を、再び建てなおさなくてはならないのだ。一人一人が、持てる力のすべてを投入して、再建のために立ち上がらなければならないのだ。それは長い時間とさらなる忍耐を要するであろう。だが、我々にはそれが出来る! 出来る民族なのだと、私は信じている! かくいう私もまた、その先頭に立って、泥にまみれて働こう。どうか諸君、この私に力を貸してほしい。強大な敵を倒した時のように、今度は国家再建のための力を貸してほしい。諸君ら皆の力をあわせ、私は再び、この帝国を、銀河に名だたる大国家へと蘇らせよう!!」

 人々の歓声は建物の天井を打ち破るかというほどの振動となってテラス上の人々の耳を、脳を打った。

 この様子をメディアの放送で見た人々も同様だった。

 事実上、この時、ベリゾン政権は誕生したと言っても間違いではない。

 こうして、敗戦によって権威を失った皇帝グレンブルと、救国の英雄となった皇弟ベリゾン准将の立場は逆転した。

 ベリゾンは人々から最高権力者として期待されるまでになった。しかし彼自身には大きな危機感があった。

 この大戦によって、帝国史上初めて、人々の中に帝制そのものに対する疑念が生じたのである。

 国土を侵略された経験がなかったため、悪政や失政があっても、人々は、皇帝の代替わりだけを望んだ。帝国はフンダ王朝であり、別の家の誰かが取って代わるものではないし、帝制でない政治制度についても、人々はそれを想像もしなかった。

 国家とはどのような政治体制においても、国民のために何かをしてくれるものであり、社会は市民の個人レベルで運営されているわけではなかった。

 民主主義の原則による民主共和制であっても、その本質は「国家」が国民を抱え、保護し、動員し、調整しているのであって、国民一人一人の「権利」という名の要求や欲望を万全に反映しているわけではない。

 人類という集団社会型の生物にとって、完全な個人主義はありえなかった。たとえすべての欲望を叶えてくれる万能製造機「コルヌコピア」が発明されたとしても、人は社会を形成するだろう。

 そして、その「国家」を動かすのもまた、人であった。

 政治制度というのは、根本においては明確に分別できるものではなかった。

 血統的専制主義であれ、軍事独裁主義であれ、民主共和主義であれ、誰かが国家を動かし、制度がそれを支え、法律がそれを保証し、国民がそれに従う。

 善政を敷けば政権は維持され、悪政を敷けば政権は覆される。

 他国からの侵略という事態に遭遇して、フン帝国臣民は、皇帝という存在と、帝制というシステムが、実は、形式的でしか無いことを心底理解した。

 制度が問題なのではない。国家を動かす人が問題なのだ。

 皇帝が役に立たないのであれば、別の誰かが「皇帝」になるべきだ。「皇帝」でも「大統領」でも「総統」でも「主席」でも、なんでもいい。

 国民にとって役に立つ人間かどうかなのだ。

 その見方は、権力者を生む原動力でもある。

 この未曾有の国難にあって、各地では独立の動きが加速したが、同時に帝国を乗っ取ろうとするものも現れた。

 メリスボーン共和国軍の撤退とほぼ同時期に、はやくもフンダ一族を名乗って皇帝を自称するものが現れた。一人現れれば、次々と現れる。先帝のご落胤だの、古くに分家された家の子孫だの、怪しげな一族が次々と名乗りを上げた。子沢山だったムネヴィ帝の子孫を名乗るものは特に多かった。

 彼らは、無能なグレンブル帝を批判し、自分こそが皇帝の資格を持つと訴えた。

 さらにフンダ一族ではない、別の姓を持つものも、次々と、帝国の真の後継者を標榜して、皇帝を自称し自らの王朝を建てようとした。フンダ王朝はその資格を失った。新たな王朝が帝国を受け継ぐべきだというのである。国号と矛盾するようだが、要するに帝国の領土だけは受け継ぎたいのだ。そういう偽帝が各地に何人も現れ、1つの星系や、1つの惑星を支配して、自分こそが後継者だと宣言した。

 そして帝国の後継者も名乗らず、自分の名のもとに自分の国を興そうとした者は、その何十倍にも上った。

 それらの多くは、早々と自滅した。

 特に自称フンダ一族の皇帝僭称者は瞬く間に消えた。理由は単純だ。ベリゾンが敵に打ち勝ち、戦争が終わったことが知られたからだ。グレンブル帝は無能でも、それに代わる皇弟ベリゾンがいるとなれば、僭称者の出る幕など無いのは言うまでもない。

 だが僭称者が出るということ自体、もはや帝国の権威など無きに等しいということを表している。

 そんな状況の中、ベリゾンは、おそらく、初代アレクサンドル以来初めて、臣民が国家の運営者となるよう求めた人物であった。過去に人々に人気のあった皇帝はいる。人々に絶大な支持を受けた皇帝も何人かいる。だがそれらは皆、臣民が求めて皇帝になったのではなかった。皇帝になった人物を臣民が支持したのである。

 ベリゾンは気づいていた。

 自分はフンダ皇帝家の出自だから支持されているのではない。

 自分のしたことを、人々が同意しただけなのだ、と。

 より深刻な言い方をすれば、人々の同意を得る仕事をした自分でさえ「さすがフンダ家の人間である」とは、誰も思っていない、ということだった。自分を支持する人々は、自分という個人を支持しているのであって、そこにフンダ家の人間というのは、情報のおまけとしてくっついているだけなのだ。

 皇族として初めて職業軍人となった、伝統にこだわらなかった自分が、皮肉にも、その結果として、臣民に支持されている。

 もし自分が帝位に就けば、それはフンダ王朝ではなく、ヴァンディーン王朝初代皇帝となるだろう。

 そして自分を前例として、帝国はフンダ家も含めた、臣民が支持する誰かによって運営されていく国家となるだろう。

 これは、フン帝国の国体護持という観点から言えば、重大な問題であった。

 ベリゾン自身にとってみれば、皇帝という地位や、フン帝国という国家には、さほど価値観を持ちえていなかった。一方で、フンダ家という家には誇りを持っていたし、フンダ王朝のフン帝国にも愛着があった。自己矛盾しているな、と思わずにはいられなかったが、国家思想と郷土愛は似ているようで異なる。

 それも、責任を有さない立場での話だ。人々が求めてきた立場になれば、話は変わってくる。

 自分の選択が、長い歴史を重ねてきた国家の行く末を根底から左右することになるのだ。

 ベリゾンは、誰にも言えないこの問題に苦悩した。

 そして長い逡巡の末に、彼は一つの結論に至った。

 自分は国家を守る。それは自分が愛する人々を守るということ。

 そのために自分は国家を動かしていく。

 フン帝国かどうかではなく、もっと本質的に、国家として、何をするか、ということ。

 だから、自分は帝位には就かない。

 自分が為すべきことを為した後、人々がどう選択するのか。

 そのための判断材料として、自分は最大限の努力をしよう。願わくば、フンダ王朝フン帝国が継続するためにも。

 彼は皇帝である兄をどうにかするつもりはなかったものの、兄を退位させるしか無いと決めた。そして自分が摂政大公として、国家のトップに立つ。肩書などはどうでもいい。人々がどう呼ぼうと、後世の歴史にどう書かれようとそれは瑣末なことでしか無い。

 宮中に上がった彼は、二人きりで兄と会談をした。5時間にも及んだその会談で、どんな話し合いが持たれたのかはわからない。

 だが、最終的に、グレンブルは皇帝の地位を退くことに同意し、その宣誓書に署名した。

 立ち去ろうとする弟に対し、「お前には苦労をかけることになったな」と声をかけ、弟は兄に対して「兄上のお立場がようやくわかりましたよ」と答えたというが、ふたりきりの会話を誰が聞いたのか。伝聞で広まったものなので、実際はわからない。

 ベリゾンはヴァンディーン摂政大公として、自ら内閣を編成した。帝国史上初めて、輔弼内閣ではなく、主権そのものが内閣となった。

 帝位は空位とした。

 グレンブルには10歳の息子ヒュールベインがいて、まもなく皇太子として定められる予定だったが、ベリゾンはこの甥を皇太子にも、帝位にも就けなかった。従来であれば、摂政として幼帝を支えるという選択肢もあったろうが、彼はそういう方法が意味を成さない時代だということを理解していた。国難であることを全臣民と共有し、挙国一致体制をつくろうとしたのである。

 これは帝国史上前代未聞の事だったが、人々はそれを当然と受け止めた。

 侵略は、国土だけでなく、経済も、国家体制も、人々の意識さえも、全て破壊していったのだ。

 ベリゾンが社会の立て直しのため、まず行ったのが、信賞必罰である。

 秩序が混乱した社会を立て直すためには、道理をはっきりさせる必要があると考えたからだ。

 特に彼は、無能な貴族層に大鉈を振るった。戦時中、敵に通じたことが判明した貴族は、それを理由に位を剥奪し、すべての財産を没収した。抵抗もせず、策も講じず、逃げ回るだけだった貴族も、位を落としたうえで領地の減封を断行した。

 一方で侵略戦争に抵抗したもの、何かしらの策を講じようとした貴族には、位を上げ、勲章や名誉的な称号を授与した。そして新たな実務的ポストを用意して抜擢した。

 新政権には、貴族だけでなく、植民地人も含む庶民に至るまで多くの人材を集め、それらをして国家再建体制を編成し、様々な諸問題に取り組んだ。破壊された都市を再建し、荒廃した農業地帯を回復させ、補助金制度や設備投資によって工業生産力の回復を支援し、恒星間流通ネットワークを復旧し、教育機関や研究機関を設置した。

 しかし、これらの事業に取り組んだ平民に対しては、相応の給与や勲章で報いたが、新たに貴族層に加える事はしなかった。ベリゾンは皇帝の藩屏としての貴族というシステムにも、特権階級としての貴族にも価値を見出さなかった。ただ伝統的な制度としてのみ、残そうと考えていた。実務と切り離したうえでのことだ。

 これらの方針は、貴族の間で不満も沸き起こったが、彼らは表立って文句をいうことが出来なかった。国を救ったのが皇族である以上、地位も功績も自分たちは到底及ばないことを悟ったからである。不満はくすぶり続けることになるが、表向きはベリゾンを支持することで地位を保全しようと図った。もっとも、ベリゾンは批判など一顧だにしなかったが。


 ベリゾンが摂政大公となった時、帝国圏はあってなきが如し様相を呈していた。

 中央政府はようやく動き出したものの、大戦によって多くの植民地が離反し、直轄の諸星系ですら多数が半独立状態になっていた。これらを再び糾合するには、なみなみならぬ労力を要した。

 流通も各地で寸断しており、なかには惑星全土が飢餓状態に陥ったところもあった。

 メリスボーン共和国が内戦状態に陥ったことで再侵略の危機は去ったものの、他の周辺国からの同じような軍事行動も油断はならない。事実、辺境域や国境地帯では紛争が頻発していた。帝国軍の再編成と、帝国圏の再構築は急務である。

 ベリゾンとその内閣は、旧本土に近い地域と主要宙域周辺の各惑星を手始めに再建を進めた。そしてそれらを結ぶ流通と安全保障のラインを確立し、そこから各領土、植民地、自治国へと支配域を広げていく。点から線へ、線から面へと回復していこうというのである。

 広大な領土を再びまとめ上げることができたのは、綿密な計画もさることながら、巨大化した帝国圏に属することで、それに組み込まれていた各惑星が、孤立無援の独立ではやっていけなくなっていたこともある。

 戦争によって一時的に帝国中枢からの軛を離れ、民族独立の機運が高まった植民地でも、いざ自分たちで政治を始めてみると、植民地時代ほどうまくいかない。経済は落ち込み、物資は不足し、そのうち独立派の内部で権力闘争となって、何度もクーデターが起こるようなことになる。一般市民の間では、これなら植民地時代の方がマシだった、という認識が広がる。だから、そういう惑星では、再び帝国軍が到来して、併合を図ろうとした際には、意外なほどに抵抗なく進んだ。

 一方で、食糧を自給できる惑星や、周辺星系との流通が回復した地域では、事実上の独立国家となった所も多い。400を超えたそれらの独立勢力の中で帝国や周辺諸国に併合されず、自滅もしなかった19の国家が最終的に残った。いずれも複数の星系を支配し、比較的安定した政府と、軍事を支える経済力を持っていた。

 しかし彼らは帝国に取って代わろうと言うほどの思想は持っていなかった。混乱の初期には存在した帝位継承を詐称する偽帝たちがあっけなく滅ぶと、残ったものは皆現実主義者となった。彼らは自分の力で手に入れた自分の国を守っていくことにだけエネルギー注いだ。だからお互いにまとまろうとはしなかった。

 そのため、帝国にとって、19の国は、メリスボーン軍が侵略した時ほどの脅威的な存在にはならなかった。しかし簡単に滅ぼすこともできなくなった。独裁者による見せかけだけの権威や、安易な欲望ではなく、多数の国民を従える実質を伴う国家となったからである。

 それら19の国は、旧帝国圏の53%程を支配していたが、その領域も、ひとまとまりになっているのではなく、帝国領の合間合間にモザイク状に点在していた。後世、帝国及び19分国時代とも呼ばれたことでも、その状況をよく表している。帝国領の中でも、防衛力の弱いところ、経済力の弱いところは、周辺に存在する分国によってなんども侵略され、あるいは併合され、その都度、帝国が取り戻すというような状況が繰り返された。そのため、それらの地域の復興は遅れ、中には戦時中よりも荒廃した地域もあった。

 19の分国についての詳細は別に取り上げるとして、ここでは簡単にその名だけを記す。それは以下の19の国家であった。

 デブダ王国、ゾーヴ王国、ポートノア共和国、ハルデ国、コーフワス諸惑星連合、オレンスフ共和国、クラ=ブスタ共和国、ネーレ王国、タン大公国、アザーレア連邦、ヒリス惑星政府同盟、ボーメデー帝国、クホン・コモンウェルス、サン=アンドリアス帝国、ツァグン王国、ロアン=ボラン王国、ウフメンザ同盟、ゲ・リアット=ネコン公国、キョトーネイラ連合王国

 19分国の歴史は長短様々であるが、いずれも帝国と戦い続けた。

 帝国からすれば、帝国圏内に点在するこの19分国との戦いが復興を遅らせる原因ともなった。

 政治体制にひとまず格好がつくと、ベリゾンは19分国の勢力を削ぐために、あらゆる手を使った。硬軟両面の外交を繰り広げ、情報工作を行い、軍事的圧力も加えたが、思い切った軍事侵攻には踏みきれなかった。

 復興を優先しなければならなかったからだ。

 また、一気に軍事作戦を行えば、分国同士を連合させ、より脅威となる可能性も考えられる。時間はかかっても、分国は分国として処理すべきであった。

 ベリゾンは一つ一つ分国を弱体化させていき、そして滅ぼしていったが、その生涯ですべての分国を滅ぼすことはついに出来なかった。


 形式上はフン帝国ながら、実質はヴァンディーン大公国ともいえるこの時代は、歴史学者の間でも、ヴァンディーン朝として別称で呼ばれることが多い。この呼び方は、ベリゾンの子ザールヴァンが帝位に就いたことにより、以降の歴代皇帝を指して称する場合にも使われることがある。ベリゾンが懸念したフンダ王朝の権威喪失の一端はたしかにあったといえる。

 摂政大公時代は26年続いた。

 ベリゾンはその間、独裁的に政治を進めた。実力で反対するものには容赦しなかったが、反対意見には耳を貸した。彼が納得できる意見には素直に従い、時には方針を変えた。しかし理解できない意見を取り上げることはなかった。それ故に狭量との批判を後世受けることにもなったが、彼自身は理想的概念よりも、現実的意見だけを求めていた、ということであろう。

 彼は来訪した帝国傘下の自治政府首脳に対してこう述べたことがある。

「もし、何かしらの国家政策やプロジェクトに反対するのであれば、反対の声を叫ぶのではなく、その相手を説得することを目指すべきだ。たとえ気に入らない相手であっても、敵対する相手であっても、その相手を納得させるだけのものをまず自分の中で用意する。説得に必要であれば、時には妥協し、時には譲歩しても構わない。妥協や譲歩は信念を曲げるのとは違う。自分の最終的な目標を成し遂げるためなら、過程を変えることは戦術の1つにすぎないからだ。そうして相手を納得させることこそが、最も自分の目的を現実化する最短の道である。感情をむき出しにして喚き散らしたり、武器を持ってテロに走るなどは結果的に解決を遠のかせることになる。感情に走るなど、脳を使っていない証拠だ。人間はこの脳を使うから人間でいられる。私は人間を捨てたケモノを相手にするほど暇ではないし、お人好しでもない」

 ベリゾンの政権は26年目に途切れた。

 彼の最期は暗殺であった。

 荒廃していた多数の植民地の復興を成し遂げ、その内の1つに新たに完成した流通センターの開所式に出席した帰り、車で移動中を銃で狙われた。車列に子供が飛び出してきたのを見て、車を止め、防弾窓を開けて声をかけたところ、頭を撃たれたのだ。子供は偶然なのか、犯人に利用されたのか、よくわかっていないが、この時、子供も同時に撃たれて死亡したため、犯人に利用され、口封じされた可能性が指摘されている。犯人は銃を乱射したため、同乗していた地元の市長と、沿道の警備に当っていた兵士2人、沿道にいた市民7人も負傷した。

 銃撃犯は、回りにいた市民に襲われ、撲殺されてしまったため、動機や背後関係ははっきりしない。ただ、調査の結果、プロの殺し屋ではなく、単なるチンピラだと判明した。かつて帝国に滅ぼされ併呑された小国の出身で、貧困の中で育ち、長じては強盗などの犯罪を繰り返していた男らしい。

 彼はいつしか反帝国人民戦線のメンバーと接触するようになり、洗脳されたようだ。洗脳と言っても、電子的に脳をコントロールするようなことではない。もっと原始的に、彼の日常の不満を、権力者への批判に目を向けさせることで転嫁したのだ。

 彼を使嗾した黒幕は、自らの手を汚さずして、事を成そうとした。悪の支配者ベリゾンを殺せば、自分は英雄になれる、そんな自意識に囚われ、彼は凶行に走った。警備の問題はあったが、事件の起きた植民地惑星は、戦争中、流通の途絶で飢餓状態にまで落ちており、市民は概ねべリゾンの復興政策を支持していた。それゆえこのような事件が起きるとは思っても見なかったのだろう。実際、犯人は怒り狂った市民に襲われ殺害された。

 殺されるとき、彼はどう思っただろうか。

 テロリストは英雄なんかにはなれないことを理解しただろうか。

 テロリストを、人間であることを捨てたものと断罪したベリゾンは、テロリストの手に倒れて生涯を終えた。

 彼の独断的な政策の進め方は、時に犠牲を生むことにもなった。その点で、彼は批判を免れ得ない。

 一方で、もし彼がいなかったら、帝国は無数の小国に分裂し、その歴史を終えていただろう。混乱と戦乱は拡大し、さらに多くの人が犠牲になったと考えられている。それを理由に彼の政策のすべてを正当化することも出来ないが、彼が多くの人を救ったことは否定しようのない事実である。

 のちにベリゾンは帝国中興の祖と呼ばれるようになった。

 彼は帝位に就くことはなく、その気も全くなかったが、後世高く評価されて、19代皇帝として扱われている。おそらく、それが本人にとって、最も皮肉な結果だったに違いない。

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