八葉輪は改造される人間である(2)

 楽しい日だからさっと時間が過ぎていくのか。それとも来てほしくないと戦々恐々とした時間だからこそ、時計の針は早く進んでいくのか。

 八葉輪とのデートというイベントを当日にして、楢柴アラタはその判断に自分ながらに迷った。

 監督役兼物見遊山気分のクロウをともなって、いち早く家を出て、行きつけの活気あふれた商店街の、アーケード。そこにある大理石の腰掛に座り、待ち合わせのシチュエーションをととのえる。

 そのアラタもまた、当然身なりをととのえてのぞんでいる。

 ヘアスタイルの微妙な調整はもちろんのこと、化粧もナチュラルにうすく、スタジャンはいつものことだが、スキニーパンツを履いて全体に少年っぽく、男役がつとまりながらも身ぎれいになっている。


「浮かない顔だなー。そんな顔するぐらいなら俺がやってもよかったのに」


 と、隣にいるクロウが言った。


「あんたが一緒にいても『貴重な休日にひとりクレーンゲームしてきた寂しい女』にしか見えねーよ」


 と、アラタは忌憚なく言った。事実、クロウはクレーンゲームの景品に見えるように、紙袋のなかに押し込められて偽装されていた。


「つか、べつにヤなわけじゃねーし。ただ、……なんだってアイツは、あぁも拒否るのかね」


 あんなに、かわいいのに。

 という言葉を、アラタは呆れとともに呑み込んだ。


 自分が新曲なんかを貸すと、微妙に嬉しそうな顔をする。

 新しい服を着たり買ったりすると、それとなく売ってる店を聞こうとする。

 どちらも、すぐに興をうしなったような横顔を向けてくるが。


 そのことに、完全に興味がないわけではないはずだ。

 

「ホントにあのままでいいって思ってるわけでも、ないだろうに」


 思わずついて出たつぶやきに、クロウは「あぁ」と息を漏らして反応した。


「そら、お前さんみたいなのにはわかんないんだろうな」

「……あ?」

「すごむなすごむな。ちょっと怖くて涙出ちゃうだろ。別に悪く言ったつもりはないよ」


 本気か冗談か。いまいちつかみどころのない言動をするカラスの、その言葉の裏をすがめた目でうながす。

 紙袋のなかでモゾモゾと居心地悪そうにうごめきながら、クロウは答えた。


「たしかに、アラタの言うとおり、輪は本心からオシャレを拒否してるわけでもないんだろう。だが、こうも考えるわけだ。『自分みたいなのには似合わない。適当にやって道化を演じておくのが一番良い』ってな」

「……いや、その気持ちはわかるさ」


 人間、自らのスタイルや生き方、他人からどう思われるか、内外の要素に縛られる。

 自由人趣味人と言われるアラタ自身でさえ、カッコつけという性分に狭められた、難儀な人生を送っている自覚はある。


 そのうえで、より閉じられた生き方をする輪には苛立ちともどかしさを覚えるのだ。


 だがアラタの共感に、

「んー、どうだかね」

クロウは懐疑的なようだった。


「でも、お前たぶん、まっとうに親から愛されてたろ」


と、至極当たり前のことを、だが輪と自分とをへだてる決定的なつきつけて。


「割りかしきついぞ。生んだ相手に否定されるのはな」


 この存在自体がふざけたようなカラスも、輪と同様の経緯を経てこんな姿になったのだろうか。

 そこには、日常会話程度で踏み込んでいいものではない。


「そんな否定から始まった人生で、自分なりにがんばってここまで来て、ようやく友達と卒業旅行にこぎつけたるまでになったのに、あのバス事故だ。卑屈に歪みたくもなるだろ」

「……だから、傷心を察して変人のまま放置しろってか?」


 いや、とクロウはかぶりを振った。

 それから、誰も見てないタイミングと角度で紙袋から這い出ると、ぺこりと頭を下げた。


「ありがとう。輪を連れ出してくれて。自分が正しいと感じた瞬間、行動にうつせるお前さんだからこそ、救えるヤツだっているんだ」


 まっすぐと、なんの奇てらいもなくカラスは言った。

 気恥ずかしさがまず、アラタをおそった。

 ふいと視線をそらして冷静になったら、次に疑問が浮いて出る。


「……あんたは、なんで輪のやつにそこまで親身になる? 今さら責任だなんだのと、面倒なこと持ち出さないよな?」

「いや、今となっては俺もあいつの成長を純粋に見届けてやりたい。いわばお父さんがわりだ! 過保護とやっかまれようが娘のことはキッチリ見守るぞ!」


 瞬間、カラスの目にうつる自分は、すさまじく複雑な表情をしていたことだろう。


「娘、ねぇ」

「な、なんだよその目は」

「いや別に。……にしても遅いな」


 あからさまにはぐらかしたが、クロウはそれ以上を追及するつもりはないようだった。気づいているやらいないやら、鳥の表情を読むことはかなわない。

 そらした話題に乗って、青い瞳をさまよわせる。


「私服のチョイスに手間取ってるんじゃないか? 『服を買いに行く服がない!』的な」

「だからってまた珍妙な着ぐるみで来たら、今度こそアタシは速攻であいつをブチのめして、家に帰るからな」

「そう言ってやるな。ほら、ウワサをすればなんとやらだ」


 クロウが駅前通りからやってくる輪を羽で指す。彼がすぐさま発見することはできたのは、彼女が少なくとも遠目からは見慣れた少女の恰好をしていたからだ。


 服装自体は、じつにシンプルなものだった。

 Tシャツに、黒いジーンズ。それでも一応の体裁がととのっているのは、彼女自身の素材としての良さと、アラタとはまた別のベクトルのドライな雰囲気のせいだろう。

 輪がそこまでの意図でこのチョイスをしたのかは怪しいところだが。


 しかし、彼女が接近し、シャツのプリントがわかるようになるにつれ、「多少はマシなデートになるか」というアラタの淡い期待は、無残に打ち砕かれることになった。


「おまたせー」

 輪の胸にデカデカと描かれていたのは、かの写楽の有名な浮世絵『大谷鬼次の奴江戸兵衛』だった。

 それを、どことなく誇らしげに親指で示していた。

 アラタはニッコリと笑みを貼りつかせ、かつ青筋を静かに立てていた。




「出せーっ! ここから出せっ!」

 それから数分後、輪は服屋の試着室に、アラタの選んだ衣服と共に押し込められて軟禁された。

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