第八話:ファイナルアンサー(3)

 ……実力者であるのなら、その扉の外から生じる力と圧を、あまさず感じ取っただろう。


 あつまったメンツの中で一番年若な社が席を蹴って、腕部からスーツを切り裂いて刃がはじき出される。

 それと合わせるかのように、高級にして防御性にもすぐれていたはずのドアが、まるでその意味をなさずに吹っ飛んだ。


「だぁっ!?」


 ドアに一番ちかい環は、内側に飛んできた扉の破片に押し倒された。


「おいっ!? 大丈夫……でも、なさそうだな」


 あわてて相生が助け起こしたときには、彼はまた、カラスのぬいぐるみに戻っていた。


「てて……せっかく取り入れた霊力が吹っ飛んだな」


 痛がりながら嘆いてみせる環……もといクロウ。せっかく取り戻せた人間としての肉体を再度失ったにも関わらず、その目に落胆は見えなかった。


 扉の外で警護にあたっていた『ヤクト・ハウンド』第三班が転がる。目立った外傷はないが、再起するには時間がかかるそうだった。そんな彼らを避けて通るように、彼女たちは姿を現した。


「だから、なんもしないって」


 今まさに生死が決定されようという少女、八葉輪。その彼女を保護するような位置取りではべる、監視役であるはずの楢柴アラタ。


「ようやく本性を出しましたね……神の力を私物化する悪魔め!」


 すかさず、テーブルの上に足を乗せた社が飛ぶ。

 だが中空を舞う彼女の身体を群青色の包帯が絡め取る。その接触部からスパークがほとばしった。


「ば、かな!? 身体が……っ」


 はげしく痙攣しながら、そのまま元の座席の位置のあたりへと投げ戻される。


「やめとけ。あんたとアタシじゃ、相性が悪すぎる」


 その包帯をへだてた先には、右腕を伸ばしたアラタがいる。

 『トライバルX』。

 ありとあらゆる機器を操縦する彼女の特殊能力が、部分的に展開し、サイボーグ忍者を拘束し、地面に寝転がせていた。


 そんな彼女を、歪んだような横目で良順がにらんでいた。


「楢柴……なんのマネだ」

「スンマセンね。でも、アタシがあんたに命じられたのは、『保護』と『監視』だ。……そこに『助けた相手を殺害』とか『時間稼ぎのための人身御供』だなんて任務内容は、なかったはずなんスけどね」


 とがめるような彼女の口ぶりから彼は、自分たちの会話が盗聴されていたことに気がついたようだった。

 憎悪さえ込められた視線が、相生とクロウに向けられた。


「あーあ、だから俺は止めたのに。やっぱダメじゃない、アンちゃん」

「ちょおお!?」

「冗談だよ。……俺がやった。真実を知る権利は彼女にこそある。最終的な、決定権を持つ彼女にな」


 皆、彼がカラスに変化したことにようやく気づいたようだった。奇異なる生き物に対する視線を一斉に浴びせられながら、クロウはつづけた。


「だってそうだろ? 自分の未来を決定する会議だ。本人が決定しなくてどうする」

「甘いことを……っ!」


 舌打ち混じりに吐き捨てた良順を無視して、クロウが、


「まぁそれに、ここに踏み込まれた時点で俺ら全員人質にとられてるようなもんだぞ」


 と付け加えた言葉が、場を凍りつかせた。


「見ろよこの冷たい瞳を。ただでさえ今機嫌悪いからなぁー。何するか俺でも読めないぞ」

「……いや、べつにそこまで」


 言いかけた輪の口を、隣のアラタが左手でふさいだ。


「仮にこの娘が全力全開で暴れた場合、この中の何人かは、確実にやれる。いくらおたくらが負けず劣らずの豪傑だって言ってもな。……前任者が言うんだ。これ以上の保証もないだろ」


 久留目郷徒の背後にある護衛ふたりのうち、強面の男がいきり立った。

 だが、主に目で制されて、不承不承といった感じに後ろへ下がる。

 代わり、勇ましく前のめりになったのは、アラタに拘束を解かれた九戸社だった。


「はっ! われわれは魔性の存在相手に命は惜しまない!」

「いやいや、責任ある立場の人間がそういうこと言っちゃダメだろう。ここにいるのはこの国を異形から守護する機構の代表者。責任はとても大きい。……もっとも、危ぶむのは『鏡』だけかな」

「どういう、意味ですか」

「とくにお前さんのようなグレーゾーンの子は、気をつけなきゃダメだろ? 後ろから飛んでくる矢ってヤツを。ドサクサにまぎれて、暗殺されかねない立場だろ。他の連中だって、目障りな存在はこの中に少なからずいるだろ」


 ガタリ、とはげしい物音が、衆目をクロウから、その音源たる良順へと移った。

 唇をうすく噛んで額に汗を浮かべた彼の姿は、明らかにこれからの展開と、それを読んだクロウの真意を見抜いたものだった。


「皆、耳を傾けるな……! 扇動して場をかき乱す。その男の常套手段だ!」

「扇動とは失敬な。俺は可能性を提示しただけだよ、良順。お前らは『デミウルゴスの鏡』に比肩する総力を持っていると言った。だったら、輪にばかり嫌疑をかけるのは不公平だろ?」


 クロウはそう言ってから、クチバシと羽とでウサギを示してみせた。


「その点で言えば、時州瑠衣の判断は賢明だな。何しろ、この中で唯一生身で参加していない。危害が自身に及ぶことはないし、その人形の中に高性能の爆弾でも仕込んでいようものなら、自分は一滴の血も流さず政敵を一掃できるってわけだ」


 集団の中で、主に護衛役の数名がそのブサイクなウサギ人形を、殺気立った表情で見た。


 だが当人はケロリとした口調で、


「あー、そのテがあったなぁ」


 平然と、言ってのけた。


「だが惜しいことにわたしはそんなステキなものは仕込んでないんだ。なんならX線スキャンにでもかけてみるかね」

「いや、テキトーに言っただけさ。悪かった」


 クロウは目を細めてくく、と笑った。

 だが動物同士の一見和やかな笑い合いの裏で、場の空気は一変していた。


 元々おだやかとは到底呼べない雰囲気ではあったが、さらに剣呑なものになっている。


「やめろッ」


 良順は声を荒げて机を手の甲でたたいた。


「ここは誰かを当て推量で糾弾するような場ではない!」


 そう言ってから、彼は両目をおおきく見開いた。

 とたん、さらにその目は左右非対称に歪み、歯ぎしりしてたが、それ以上の言葉を継ぐことは、できなかった。


 なんのことはない。

 ついさっきまで誰かを糾弾していたのは彼自身であり、当て推量で物事を決定しようとしていたのは


「……そのとおりだな。だからさ、みんなには輪のことをよく知ってもらいたい。彼女の言い分を聞いてやってから、決めてやってもいいんじゃないか?」


 その矛盾を突いて脅すようなかたちで、クロウはみずからの意見をねじ込んできた。


 ーーなんというヤツだ。

 針のむしろに座る心地で、相生はクロウの横顔をあらためて見直した。


 様子見、あるいは保護といった消極的な意見が多数を占めた場が、輪たちの乱入によって一転、危険視の方向へと流れ始めた。


 だがクロウは逆に『デミウルゴスの鏡』の威力を背景に牽制した。

 かえって連中の態度を硬化させかねない暴挙ではあったし、それこそ一致団結して輪が討伐されてもおかしくなかった。

 が、戦闘中における裏切りを示唆することでその連携を妨害し、協調をさせなかった。


 みずからの過去、身内の裏切りと彼の自分への非難、盗聴、『デミウルゴスの鏡』、アラタの助力、勢力内の事情、勢力間の不和、輪の仏頂面……

 少ない材料をかき集め、なりふり構わず悪辣に使い尽くし、彼は輪の発言権をこの場に確立しようとしていた。


「自分の長所は場の流れを読むこと」


 と、かつてクロウは臆面もなく豪語した。

 そのことも、かつては一国を統べる長だったというホラみたいな話も、ここにおいて妙な説得力を持ち始める。


 もっともこれは、君主としての交渉術というよりは説客のかけ引きに近い。というよりも、もっとひどく言えばペテン師詐欺師の技術だった。


 とは言え、大局的に見れば今の事態はどうなのか……? むしろ、早まったのではないだろうか。

 予期せぬアクシデントへの対応だったとはいえ、不必要に彼女に対する警戒を強めただけではないのか。

 そして輪自身だ。

 彼女が今までの会話を聞いていたとして、とても好意的に彼らを捉えているとは思えない。

 もし、どの組織にも属したくない、といえばどうなる?


 ――彼らすべてを敵にまわし、中立であるのは得策ではない。……いや、仮に一人二人の助力や補助を得たとしても、かならず他の連中が奪いにやってくるだろう。


 それを防ぐためにも、総意による協定を取り付けることが必要不可欠なのだ。

 ――このことがわからないような男なのか、あるいはもっと別の意図があるのか?

 

 人間に戻ろうとカラスの姿だろうと、真意のいまいちくみ取れない相手の企図にすべてを預けることに、相生はためらいを示した。


 アラタから解放され、クロウに促され、輪は前へと進み出た。

 その彼女に、相生はすばやく耳打ちした。


「クロウの言うことに惑わされるなよ。ここはとりあえず乱入したことを詫びて、穏便に済ませろ。これ以上、彼らの気分を害するな」

「……ここにきてまずショックだったのは、あんたに騙されたことだったんだけど」

「悪かったよ。結果として欺くことになってしまった。この埋め合わせはなんとかするから、まずはそのためにもだな」

「言質、とったからね」


 相生の言葉を、不吉な一言でさえぎった。

 いやな予感をおぼえつつ、相生は深呼吸してから集団を見渡す少女を見守るのだった。


 相生だけではない。各界の賢者たちも、アラタも、場をかき乱したクロウも、彼女の答えを待っていた。


 今の八葉輪が自分という存在をどう定義し、どう処する気なのかということを。

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