第七話:環(めぐ)る因果(1)

 騒がしい連中が消えて、部屋のなかはふたたび静けさを取り戻していた。

 いや、パニック映画は再生中なうえに最初の犠牲者が出たあたりだったから、うるさくはあったけど。


 そんな中でも「静か」だとか「寂しい」とか感じるのは、いったいどんな心理なのやら。


「おっ、飲み物はあった。割と種類あるけど、なんか飲むか?」


 かがんで冷蔵庫を引っかき回しながら聞いてくるアラタ。所作はちょっと乱暴だけど、ジーンズとジャケット隙間の、素肌の腰のくびれは、まぎれもなく女の子だった。

 パンツもちょっと見えそうなきわどい姿勢をじっと見ながら、私にしては低い声で「いらない」と返した。

 

「なんだ、ずいぶん不機嫌じゃんか」

「べつに」

「おおかた、あのカラスが自分より先に説明に行くのが不満なんだろ?」


 私の心のありどころはよくわからない、とよく言われるけど、一部の人間にとってはそうでもないらしい。あんまり人付き合いしてこなかった私自身の、新発見といったところか。

 図星を突かれて押し黙る私は、アラタから目をそらした。


 クロウがそれを語ることにためらいがあることは分かっているし、流れ的にも私を弁護するためにも、どうしてもお偉いさんに話を通しておかなきゃならないのも理解できる。


 ただそれでも、「先に約束したのは私なのに」というくやしさは理屈じゃ抑えきれない。


「で、何欲しい?」


 あらためて聞き直してくるアラタに、私はそっぽを向いたまま、とがらせた唇で答えた。


「……コーラ」

「へいへい、コーラ、ね」

「あと、会議の様子がわかる盗聴器かなにか」

「ほらよ」


 あっさりと、彼女は快諾した。

 ……私の目の前に置かれたもの、コーラの缶の脇にさりげなく設置されたボイスレコーダーみたいな機械が、私が皮肉まじりにリクエストしたものだとわかるのに、すこし時間が要った。


「なんだよ、自分で言っといてノーリアクションか?」

「………マジで出てくるとかふつう思わんでしょ」


 自分の分の、別ブランドのコーラ缶を自分の前に置いて、アラタは隣に腰を沈める。

 理由とか経緯だとか、そういったものの説明を目でうながす私に、こともなげに彼女は言った。


「さっき帽子渡したとき、あの鳥公に頼まれてさ。『自分の帽子に盗聴器仕込んでくれ』ってな。『輪との約束を、中途半端でも良いから果たしたい』とも言った」


 あのとき、たしかにアラタとクロウが口パクでなにか会話していたのはわかった。集中すれば息遣いで会話の内容を聞き取れたかもしれないけれど、そこまで気が回らなかった。


 ごめん、クロウ。

 ちょっと疑った。ていうか、だいぶ疑ってたというか、諦めてた。


 内心でそう謝る私の目の前で、ククッとアラタが喉奥で笑った。

「お前、ほんとわかりやすいのな」

 自分の印象とは真逆の指摘をされて、私は……自分がうれしくてニヤけているのに気が付いた。


 あわてて表情をとりつくろう。

 盗聴の支度をするアラタの手つきは、よどみがない。

 いつの間にかバンテージのように手の甲から手のひらにグルリと巻かれた群青色の帯。それで銀色に光るレコーダーを操作し、もう片方でイヤホンを用意する。

 そして私に、その片方を突き出した。


「あんた……アラタは、良いの?」


 さすがに政治的カケヒキやらケンボージュツスーやらとかにうとい私でも、理解できる。

 これはまぎれもなく、彼女の属する組織……『吉良会』への、背信行為だった。


「ま、ハナからそのつもりだったしな。ヤツに頼まれなくたって、盗聴器ねじ込んでたよ。そのために準備してたし、こっそりやろうとしたところをあのカラス男に見つかって逆にお願いされたワケだ」


 これまたアッサリと、ボーイッシュな年上の少女は言った。

 やや黒目がちな双眸は、手とおなじようによどみや迷いとは、無縁のものだった。


 ただ嘆息まじりに、


「……ショージキ、いい加減組織の秘密主義やらジメジメしたとこが嫌いなんだよ。自分に身体と命張らせて護らせたものがなんなのか、それさえも教えちゃくれない。ボスの良順にも、愛想つきかけてる。千年以上生きてるってハナシだけど、それ以上付き合っても好きになれる自信がねーわ」


 と言った。

 ただ、よそものの私にきれいなハスキーボイスで「私もう彼と別れたくてさぁー」みたいなノリで裏切りの理由を言われても。コメントに困るというもんだ。


「で、聴くの? 聴かねーの?」

「聴く聴く」


 あわてて私はイヤホンを片耳に装着した。さすがに外には監視がいるだろうから、音量は大きくできない。流されっぱなしのZ級映画の音声にまぎれて聴くしかない。もう片方はアラタが身に着けた。

 自然、頬が触れ合うかたちになった。肌キレイ、睫長い、間近でみるとやっぱオンナノコだとかなんとか、つながるまで考えてた。まるで純愛のシチュエーションだ。

 ……できれば美少年っぽい女とじゃなくて、ちゃんとした彼氏と体験したかったけど。


 はげしい雑音のあと、向こうの空気の流れが電波を通してつたわってきた。


〈……さ……て、このなかには俺の素性を知る人間、実際に顔見知りのヤツもいるが、あえて自己紹介させてもらう〉


 機械を通しているからか、ちょっと声色が違うように思えたけれども、話しているのはクロウのようだった。

 っていうか、ちょっと、待った。

 ……いま、自己紹介と、あのカラスはそう言ったのか。


〈ちょっと俺の身の上話に付き合ってもらったほうが、〈鏡〉のルーツも分かりやすいだろうから……そのうえで、判断してほしい〉


 クロウもまた、当然こっちがこの内容を聞いていることを理解している。

 これは、私に向けられた断りだったと思う。


 今まで私を言葉で助け、導いてくれたカラス、クロウ。

 それを今から捨てるから、お前もすべて忘れて、自分の耳で確かめてほしい。

 そんな風に、言われている気がした。


 みじかい、けれども重たい息継ぎがあった。

 儀式的にそれをくり返したあと、彼は、自らの実態を語り始めた。




〈俺の本名は、鐘山かなやまたまき。お前たちが『デミウルゴスの鏡』と呼んでいる存在、その大元となった力を持っていた人間だ〉



「……え?」

 アラタの肌の感触も忘れて、私はこちらの言葉が通じない相手に、思わず聞き返した。

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