第五話:クラッシュ&ハンティング

 ノロノロと、巣穴から這い出る亀のように、重量オーバーの車は進む。


外では、断続的に戦いの音がつづいていた。

 私の怪力でゆがめられたドアの隙間から、爆発や火花が垣間見える。


 時折、本来の目的を思い出したかのように銃弾がリアに当たり、装甲車は甲高い悲鳴をあげていた。


後部は私が乗っていた車のそことは違って質素なもので、ベッドもなにもなかった。

まぁ、その方が人数も入るスペースがあるから、都合がよかった。

運転手を除けば、八名前後に減ったメンバーの全員がそこに詰めていた。


彼らの視線の中心に、『デミウルゴスの鏡』と、それを持つ私に集中していた。


「いいか、そっとだぞ。そーっと弾けよ」


 くどいほどくり返された念押しを、クロウはもう一度だけ言った。

 とは言えそこまで言われるとかえって緊張するってもんだろう。

 『デミウルゴスの鏡』に触れようとした私の指先は、ブルブルと震えてしまう。


「運転席、準備いいか」


 と、相生さんが前部座席の男のひとを見る。

 うなずく彼に、クロウが付け足した。


「急にハンドル切るな。踏み込むときは力はいらない。こう、微妙なタッチでたのむぞ」


 アクセルペダルどころかクラッチにさえ手足が届かなさそうな鳥類に、運転方法をレクチャーされる心境はいかばかりか。


 あんまりおもしろくなさそうな運転手の横顔を盗み見てから、私は……コン、と指ではじいた。


 小気味いい音がする。

 その音波が波となって、まるで極上のクラシックでも聴いたときこんな気持ちになるんじゃないかってぐらい、奇妙な感動が私たちを包んだ。


 残響が、車の全身につたわる。

 たった、それだけ。たった、指ではじいて、鏡の中の『力』がちょっとばかし漏れただけ。

 なのに、今までおじいさんみたいに弱っていた私たちの車は、生まれ変わったようにその駆動音を高めていった。


 次の瞬間、排気口から爆音と……なにやらカラフルな光の波動をまき散らして、装甲車はいきなり三倍ぐらい加速した。


 ちょっと緩んだ車内の雰囲気はオッサンたちの野太い悲鳴によって混乱の狂乱に塗り替えられて、振動地獄と化した車のなかでは、まともに立っていられる人間はいなかった。


「そっとって言っただろぉぉぉぉ!?」


 理不尽な非難を叫ぶクロウを胸に抱き留めながら、「そっとってどんぐらい!?」と、反抗する。


 けど、その急発進がかえってよかったようだった。

 白い尾を引いて蛇行しながら、ロケット弾が私たちのいた地点に落ちる。道路が割れて崩れ落ちる。

 あの速度のままだったら、後部座席ごと私たちの大半は吹き飛んでいたことだろう。


 私たちの前方に、カーブがせまっている。

「ぐっ!」

 体勢を最初に立て直したのは運転手さんで、彼はそのスピードを制御しようと、とっさにハンドルを切ったようだ。


「ばかっ」

 と次に姿勢を正した相生さんが、非難の声をあげるものの、もう遅かった。

 予想以上のスピードをともなった車はブレーキを思いっきり踏んでも止まることなく、コーナーに激突して宙に舞い上がる。二転三転する。


「ぎゃあーっ!」

 とまた、悲鳴があがる。もっぱら男どもの。


 私が叫ばなかったのは、それどころではなかったからだ。

 このときの私は、思いっきり、バスの中でのトラウマがよみがえってきていた。吐き気がする。頭痛もする。顔も青くなる。でもそれ以上に、過去よりも今のほうがさんざんな有様だった。


 角のレーンにフロントがブチ当たって、一応落下はせずに路上に車体がとどまった。

 何度も派手に激突して、障壁を破壊しながらも、車も、私たちも姿勢を持ち直した。


 バックミラー越しに、運転席に眼鏡のひとが表情を凍りつかせてハンドルを握りしめているのが見えた。

 たぶん一番生きた心地がしなかったのは、彼だっただろう。

 自分たちの慣れ親しんだ車が、一瞬にしてモンスターマシンに変貌したんだから、とっさの運転ミスも、今呆然としているのも無理はない。


「だいじょうぶか?」

 私に声をかけたのは、必死にしがみついていたクロウだった。

「……やなこと思い出させたんじゃないか」

 と気遣う彼に、私は青白いままの顔をわずかにうなずかせた。


 本当は、この作戦を提案した彼にイヤミや文句でも言ってやりたかったけど、こいつのほうがブルブルふるえて涙目になっているのに気付いてやめた。


 言ってる場合でも、なかったわけだし。

 後部座席のドアを半分だけ開けて、外を見る。


 私やロケット弾とかが道路につくった亀裂に、大型バスみたいなものが近づいてきて、その上部から伸びた雲梯のようなものが、分断された道にかけられた。

 新たにできたその進路をめぐってまた争いがはじまり、例の銀色のサーフボードをつけた連中は、地上のやつらを出し抜こうと空中を泳ぐ。


 あるいは、雲梯やそういう特殊な機材も身につけずに、生身による驚異的なジャンプ力で、あるいは『シルバー・ハイド』のように空間そのものを跳躍して、そしてこちらに追いつかんばかりの駿足で、ありとあらゆる手段で、彼らは追ってくる。

 ……私の『常識』とか『当たり前』とかいうものを塗り替えながら。


 そうなると、今この車の事故だとか、その事故に耐え、銃弾をはね返すだけの頑丈さなんて、チャチなようなものに思えるから、ふしぎだ。


 そう、今この場は、超人、超能力者、超科学、超技術による、非日常の見本市のようなものだった。

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