第7話 世話の焼ける同級生たち【楠見夏貴】

 お昼の放送にみんなが慣れるまで、私は大変だった。

 どうしてかっていうと、みんなマイクの前に座りたがらなくて、仕方なくいつも私ばかりが原稿を読むことになったからだ。忙しいときなんてお弁当を食べる暇もなかった。まったくみんな、なんで放送部に入ったんだか。

 先輩方もそれを見かねて、読む人は順番にするというルールを作った。その甲斐あって、最初は嫌々恐る恐るだった1年生も徐々に慣れてきて、最近ではちゃんと戦力になっている。ただし、そこまでの道のりには当然それなりの失敗があった。



 ピンポンパンポーン♪

 藤城がベルを鳴らす。横で榊先輩に見てもらいながら、ミキサー卓を操作する。ベルが鳴り終わったら、スタジオにあるマイクをオンにして音量を上げ、アナウンサーに手でキュー出しをする。

 操作自体は全く難しくないんだけど、全校に放送されてるもんだから緊張する作業だ。私も中学で初めてやったときは結構失敗したなぁ。にもかかわらず、藤城はもうミキサー卓の扱いに慣れたようで、危なげなく操作している。ちょっと小憎たらしい優等生って第一印象は当たっていたようだ。

 今アナウンサー席には三吉さんが座っている。原稿の内容は簡単な呼び出し放送で、短い文章かつ読みにくい名前もない簡単なものだ。例えば、"ささきななみ"などサ行が多かったり同じ音が続く名前は発音しづらくて放送中に噛んでしまう可能性が高い。そういう原稿のときは、まだ先輩や私が読んでいた。

 と、三吉さんがいつまで立っても読み始めない。あちゃー、またか。藤城の横で見ていた榊先輩が直ぐにマイクの音量を切って、私に目配せをする。私は頷き、スタジオに行って三吉さんに声をかける。

「大丈夫?無理そうだったら代わりに読むよ」

「…ごめんなさい」

 こういう事は、これで2度目だ。私は三吉さんから原稿を受け取って、マイクの前に座る。先生から電話で依頼される呼び出し放送は、至急の場合も多いので依頼からなるべく早く読まなければならない。

 なので、初心者の練習のためにゆっくり何度もトライさせるのは難しい。三吉さんは練習でも原稿読みになると途端に声が小さくなってしまうのだ。発声練習や滑舌の時は大丈夫なのに、どうやら人前で発表するというのが極端に苦手らしい。先が思いやられる。



「ねぇ、三吉さんさ、喋るの苦手だったら技術部に移った方が良いんじゃない?秋葉さんみたいに」

 その日の放課後、スタジオには私と三吉さんの2人だけだった。私たちは発声練習も終えて、少し休憩がてらクラスの話や中学のころの話しとか他愛もないお喋りをしていた。絨毯張りの放送室はだらだらお喋りするのにも最適だ。

 そして頃合いを見て、私は親切心から三吉さんにそうアドバイスしたのだ。そんなにアガリ症じゃあ、この先の部活でアナウンサーを勤めるのは辛いだろうと思ったからだ。そうすると、アナウンス部は私と日野先輩だけになってしまうけど、それはまあ何とかなるだろう。一応、技術部のみんなも簡単なアナウンスは出来るようにこうやって練習しているんだから。

「で、でも...」

 ちょっと言い方がきつかっただろうか。三吉さんは俯いて黙ってしまう。はぁ。めんどくさい。はっきりしない子はどうも苦手だった。適当に謝ってこの話題やめようかな。

 そう思って口を開きかけたところで、ミキサー室の電話が鳴った。今はスタジオもミキサー室もドアを開けっ放しにしているから、電話の音も良く聞こえてくる。放課後でも稀に、呼び出し放送の依頼は来る。電話を受けた八代先輩がスタジオに顔を出す。

「三田村先生が教頭に呼び出されてるんだけど、読んでもらっても良いー?」

 呼び出しの原稿用紙をひらひらとさせている。当然私に言っているのだろうと思って立ち上がりかけたが、それより素早く三吉さんが立ち上がってその原稿を受け取った。

「私が読みますっ」

「そう?じゃあよろしくね」

 八代先輩がスタジオのドアを閉めてミキサー室に戻る。三吉さんがマイクの前に座る。

「…三吉さん、大丈夫?」

「…私だって、放送部員だから」

 言葉自体は勇ましいけど、その声は震えている。頑張りたいという気持ちは伝わってくるけれど、心配だ。向こうの部屋を見ると、ミキサー卓は道家がやるようだった。

 道家は最近はすっかり操作になれたのか、今では調子に乗って悪ふざけをする事がある。変なキュー出しをしたり、原稿にいたずら書きしたりと、実際に読む側からしたら全然笑えない。不安が倍増する。あぁ、もう見てらんないよ!

 私はスタジオを出てミキサー室に入る。道家からミキサー卓を奪い取って、スタジオにいる三吉さんに呼びかけた。

「私がミキサーやるから!しっかりね!」

 三吉さんと目が合う。お昼のときとは違い、腹をくくったのがわかる。私は、放送を始める。ベルの音が終わり、マイクの音量を上げる。三吉さんに向かってキューを出す。

 頑張れ、大丈夫。きっと出来るから…!

「せ、生徒に連絡します。三田村先生、職員室、教頭先生のところまで来てください。...」

 頭が真っ白になっているのか、繰り返します、が出てこない。

 私は必死にもう繰り返すように伝えようと、もう一回!もう一回!と人差し指を立てて三吉さんにジェスチャーを送る。本人も気付いたようで、慌ててマイクに向かう。

「く、繰り返します。三田村先生、職員しちゅ、教頭先生のところまで来てください!」

 私はマイクの音量を下げて、放送を終える。

 ふぅ。自分で読むより疲れた…。繰り返しは忘れるし、途中で噛むし、最後は大声になって、全然綺麗な放送じゃなかったけどそれでもちゃんと読み切ったのだ。偉い、よく頑張った。私はスタジオに戻って、万感の思いで三吉さんに声をかける。

「三吉さん!お疲れ!」

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