レニングラード州
好奇心で捲った彼女のスカートの中は空っぽだった。吸い込まれた光が脱出できずに漆黒が広がり、どこかへと収束している。彼女がいつもプールを仮病で休むのは、きっとこの漆黒に水が飲みこまれてしまうからだろう。
「だからノーパンだったのか……」
僕は今までの疑問が全て解消され、胸の中の重石が吐き出されたような気持だった。どうして彼女のハーフパンツにはパンティーラインが浮き上がらないのかといつも不思議に思っていたのだ。ついでに、やたら股の部分が食い込んでいるのにも気になっていたのだ。
彼女はスカートを抑えようとするが、僕の頭ごと抑え込んでいるので何も意味がない。本来はパンツや、その向こうが存在する場所に顔があると思うと興奮するが、しかし目の前に広がっているのは漆黒の空間。僕の頭はその漆黒に飲み込まれ、肩から下はそのまま取り残された。
漆黒の中を頭だけで漂っていても、不思議と取り残された体の感覚がきちんと伝わってくる。誰かにそっと身体を触れられるような、そんな感覚。
ここには何もない。どこまでも真っ暗な闇が広がっているだけ。冷たくて、静かで、とても寂しい場所。
どこかへ吸い寄せられているというのは、加速を感じて理解した。景色も動かない漆黒の中では、肌に感じるこの引力だけが全てだ。
やがて、漆黒の中心に辿り着いた。白は黒になり、静寂は騒音となり、時間が距離となり、ブルマがハーフパンツとなる。
そんな空間の中で、僕はあるものを見つけた。僕と同じような無数の生首。きっと、彼女のスカートに挑んで吸い込まれた者たちだ。
「……吉田?」
その無数の生首の中に、見知った顔があった。同じクラスにかつて存在し、僕が心惹かれた女子だ。その生首がくるくると自転しながら空間の中心へとゆっくり吸い込まれて――――ふと、目が合った。
「あら、深谷くん」
吉田はそう言うと、顔だけで笑って見せた。僕はほっとして頬を緩ませ、
「吉田、どうしてここに。まさか吉田も……」
くるくる回る。遠くに見える漆黒。近くに見えるネガポジ。境界の見えぬ真空。
「私も、よ。深谷くん、こんな時だから言っておくとね、私はレズなの」
そうだったのか。くるくる回る。
「押し倒して半ば無理矢理に行為に至ろうとしたらこのザマよ」
「無理矢理はいけないよ」
そう言って、自分も無理矢理スカートを捲った事を思い出した。ここに浮く無数の生首も、きっと無理矢理スカートを捲ったのだろう。
「僕ら、どうなってしまうんだろうね」
さぁ、と彼女は首を捻った。そのせいで回転が乱れて、複雑な軌道を描いている。
「取り残された体の感覚が、今はとても遠いの。物理的な距離ではなく、もっとどこか、手の届かない所へ行ってしまったような」
「ほんとうだ。僕もそんな感じだ」
もう誰かが身体を触っている感触は無い。僕の体は、吉田の体は、一体どこへ連れ去られてしまったのだろうか。
「私達は今、きっと彼女の子宮にいるんだわ」
「唐突だね」
「このまま私達は一か所に吸い寄せられる。いわば卵子に群がる精子なのよ」
「不気味な光景だね」
「この先には彼女の卵子があるわ。きっとね。最初にそれと結合を果たした者が、彼女の子孫を残せるの」
そう言って、吉田はぷっと唾を吐き出した。何事かと思ったが、それはある一定のタイミングで行われているようだった。
「反作用よ」
「え?」
「唾を吐きだす事によって、その反対方向へ同じだけの力が掛かるの。だから、外側へ向かって唾を吐けば、内側への加速を得られるはず」
「でも、汚いよ」
必死で唾を吐く吉田のイメージが、僕の中の吉田のイメージを粉々に打ち砕いた。吉田は可愛くて、成績優秀で、レズで、必死で唾を吐ける人間。僕はその姿に幻滅し、しかし同じように唾を吐いてみた。
「こら、深谷くんやめなさい。彼女と結ばれるのは私よ」
僕はもう彼女の言葉など聞いていなかった。ただ、彼女と結ばれるために必死で唾を吐いた。吉田の事などもうどうでもよかった。
やがて辿り着いた彼女の中心には、彼女の生首があった。ぷかりと静かに浮かぶそれに、押し寄せる無数の生首。押しあい圧し合い、噛みちぎり引き裂き。生首同士で殺し合いながら、全員で彼女の生首を目指す。打ち合わせたわけでもなく、誰もが自然に引き寄せられる。
吉田の顔は血に染まっていた。顔の半分を噛みちぎられ、そしてその何十倍もの顔を引きちぎっていた。僕も満身創痍だったが、それでもただひたすらに彼女を目指した。
身動きが取れないほどに狭い。もうどこまでが自分の頭なのか、その境界が判らないほどの高密度。
だから、最後に彼女に触れたのが誰なのか、それは自分なのかそうでないのか、それさえもわからなかった。
“Ленинградская область” Closed...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます