第4話

「さらっと僕を馬鹿にした挙句、捏造まで疑ってなかったかッ!」

「まあまあ、落ち着いて御門君」


 僕を宥める様に天羽は言う。


「誰の性だッ!」

「あくまで私なりの分析であって、決して御門君を蔑み、罵り、虚仮威す気なんて微塵も無いから安心して」

「しっかり、たっぷり、どっぷり蔑み、罵り、虚仮威しているよッ!」

「あらら、気づかないと思ったのに」


 天羽は、あははと笑う。


「冗談はこれ位にして――」


 僕の瞳を覗き込むように顔を少し近づけて来る。


「御門君は、その子の言うことを信じたんだ?」

「えっ……?」


 そう聞かれると、言葉が詰まって出て来なかった。

 あの少女が宇宙人だと確実に言える根拠なんてものは何一つ無かったにも関わらず、一体全体どういうわけなのか、あの少女が宇宙人であると言うことそのものが、心の奥にストンと落ちるものがあったのだ。


 けれど、それを言葉にして天羽に説明するのは難しかった。

 だから、言葉を濁すようにこう言っておいた。


「どうかな」

「そっか」


 天羽は、それで納得してくれたのかどうかは分からないが、それ以上深く僕に言及することはなかった。きっと、それを僕が上手く伝えられないでいることを察し、気遣ってくれたのだろう。

 この話はここでお終い――そう言ってくれているようだった。


 天羽は、机の上のアンケート用紙をまとめ、席を立つ。


「もしも」


 天羽は、一つ二つと瞬きをする。


「私が魔法使いだって言ったら、御門君は信じてくれる? 願いを込めて眠るだけで、目が覚めた時に色んなことが、出来るようになってるって言う魔法なんだけど」


 天羽は、可愛らしく首を傾げた。

 余りの可愛らしさに直視することを躊躇ってしまうレベルだが、ここで退いては男が廃る。と言うより、ここで見溜めしておかなければ、生涯後悔する気がする。男とは、なんて馬鹿な生き物なのだろう。


「おいおい、男の子の誘い文句として、それはどうなんだ?」


 そして、冷やかす様に僕は言った。


「あはは。そうね、そうかも。独創的と言うよりは、頓狂的と言うか、最早、奇異的ね」

「でも、天羽がそう言うなら、信じなくもないかな」


 はっきり言って、天羽なら魔法の一つや二つぐらい本当に使えるんじゃないかと、別に冗談でも何でもなく、それを普通に思っている僕がいるのは、僕自身何ら不思議には思っていなかった。


 だから、天羽が魔法使いだと言うのなら、天羽は魔法使いなんだと思う。


「あはは、何それ。変なの」

「天羽が言い出したんだろッ!」

「でも――」


 天羽は、笑みを見せる。


「私が御門君の話を信じてあげるのも、御門君と同じ理由よ」


 同じ理由。

 つまり、それは僕だからと言うことなのだろうか。

 確かに、天羽は僕のこんな話に最後まで付き合ってくれた。付き合ってくれただけでなく、それを疑うことなど微塵もせず、しかも、僕の話を信じてくれた。


 そもそも、僕がこの話をしていること自体、天羽だからと言う理由なのだから、天羽からどんな返答が返って来ても僕はそれを受け入れる気でいた。そう、決めていた。そんな天羽が、僕と同じ理由だと言ってくれるのなら、多少なりとも、信頼されていると言うことなのだろうか。


 僕は、照れを隠しながらこう言った。


「そっか」


 もっと気の効いたセリフを吐ければ、良いのだろうが残念ながら僕にはそんなことを出来るだけの器量を持ち合わせてはいないのだ。


「残りも全部、職員室に持って行くわね」


 そう言い、残りのアンケート用紙を回収した。気付けば、作業分担したはずの僕の分も既に終わらされていた。話しながらも、こういうことを抜け目なくやっている所が尚、天羽らしい。

 ただ、何もかも天羽任せでは申し訳ない。


「それぐらい僕がやるよ」


 僕は席を立ち、天羽が持つアンケート用紙に手を伸ばすと、それをヒョイとかわし、僕から遠ざけるようにそれを抱き寄せた。そうされては、男は無理に取るわけにはいかない。


 それは、女性の鉄壁の防御であると言わざるを得ない。

 たかが、アンケート用紙の分際で、天羽の二つの御山に抱えられるなんて羨ましい。怪しからん、実に怪しからん。


「いいわよ。優等生には、優等生としての仕事と言うモノがあるのよ」

「優等生としての仕事?」

「そうよ。お利口さんで、卒がなく、学生の鏡として――悪く言えば、冒険もしない、手堅く無難で、面白くないモノなのかもしれないけどね。だから、ここは私に任せてくれて大丈夫よ」


 恐らく、天羽はこれまでの人生において、数え切れない程の同じような経験をしてきたのだろう。学級委員長だけに留まらず、リーダー、トップ、部長、主将、大将、責任者、司令塔、指揮官、隊長――そう言った類の、多くの人間の頂点に立ち、導き率いると言うことを。


 天羽のその言葉は、僕を少し寂しく感じさせた。


「だけど、もしも――」


 天羽は、続けて言う。


「私が自分から助けてって言ったその時は――私を助けに来てよね」

「助ける、脱兎の如く、怒涛の如く、彗星の如く助けるッ!」

「あはは、頼もしいわね。約束よ。じゃあ、また明日」


 そう言い、天羽は教室から出て行った。

 天羽の助けて――か。


 そんな言葉を天羽の口から聞く日が来るのだろうか。仮に、天羽が助けを乞うことがあったとして、その言葉を耳にする当事者が僕であると言うその状況が、現実として在り得ることなのだろうか。


 そもそも、あの天羽が歯の立たないことに対して、僕が太刀打ち出来るのだろうか。些か疑問に思いながらも、まあそんなことはあるわけが無いのだからと、あまり深く考えることをせず、教室で一人暇を持て余し過ぎる前に、僕は教室を出た。

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