第一話 何ら変わらない日常


 アニメや漫画、ドラマに映画。

 いつの時代にも必ずと言っていいほどにこういったものにはヒロインという存在がいる。


 さらわれたり、仲違いが起きたり、協力し合ったりして。そして長い時間を共に過ごし、数多の困難を乗り越え、やがては恋仲になる......  主人公が守りたいと思う女性。


何もそれは漫画やアニメに限った話じゃない。リアルでもヒロインは存在する。

漫画に出てくる架空の女性とは違うだろうけど、各々で大切にしたいと思う人がいるはずだ。

恋人や妻、妹に母親......はちょっと違うか。

でもそれがリアル、現実でいうヒロインになるんじゃないかと思う。


ドラマや映画の中では運命という言葉が出てきて意中の異性と結ばれることが多くある。だけど所詮はフィクション、現実はそんなに上手くは出来てはいない。

恋人、彼女、こういった存在は都市伝説に近い。否、出逢えるはずがない。



とは思うものの..... 心の中でずっと願っていたのかも知れない。

何も出来ないと俯いているだけの弱い自分を変えてくれるような。


 

 そんな有りもしないヒロインとの出会いを。




****





「高校生、か――」


 アスファルトの坂道を歩きながら幾度(いくど)なく繰り返してる言葉を吐く。


草木は波打つようにゆったりと生い茂り、道脇には新芽が少しずつ顔を出し始めていて、吹き抜ける風が心地良く桜の季節を感じさせる。


 高校生。

何度も口に出してみてもいまいち実感が湧かない。この間まで中学に通っていた身だったせいか未だにどこか慣れない。けど、あの日からもうそんなに経ったのか。

季節の流れというのはつぐつぐ早いように思う、本当に...... 

   


ろくな思い出がない中学に対し高校だけは卒業しといた方が将来の役に立つと親に言われ、家から少し離れた場所にある高校の受験を受け何とか合格し、今年から晴れて高校生になった。

 それは何も俺だけじゃない。自分を含め中学から高校に行く人は多い。

少し幼さが残る容姿から成人に見られる外見に変わる人もいれば、控えめで大人しかった人が強気で自信家な性格に変化する人、日々の生活の中で環境が変わる人だっているかもしれない。 


まぁだからといって俺自身は何も変わるとは思わない。変われる訳がない、今までもこれからも......


 とは思っていても高校はやっぱり出といた方がいいかもしれない。勉強は大事だ。就職する時に少し有利になるとも聞くし、俺もそう思ったから苦行ながらも必死で勉強したんだけど。

それに高校といえば青春、まぁそれこそ色恋沙汰(いろこいざた)なんてものと呼ばれてることとは無縁だろうな。   



 もっともこの身なりじゃ...... 


 ふと途中に立てかけてあったカーブミラーが目に入った。

時間帯のせいか周りには人の姿が見当たらず今なら見られる心配はない、俺はそう思いカーブミラーの前で立ち止まる。   


そこには紺色の制服(ブレザー)を着ているものの、背は年齢の割に低く。

黒い前髪が目にかかっておりどこか暗い印象を抱かせる。

中学で帰宅部だったせいなのか顔はどこか幼く見える一般の高校生...... が映しだされている。   


 これが高校生、ね。 

 高校生といえばもっとこう、背が高かったり顔付きが大人っぽかったり背が高かったりしてるもんだろう。 どう見たって中学生のそれだ。

気になってる人がいたとしてもこの背じゃ......  


「はっ!」 


 つい自嘲じみた罵声(ばせい)をこぼしてしまう、自分が思っていた高校生のイメージとかけ離れ過ぎてる。   


小さい頃に家族と出掛かけた先で迷子になった俺は一生懸命親を探していた。

まだ小さかったのであまり覚えてはいないけどあれは確か、どこかの遊園地に連れて行ってもらったんだっけ。

 目に涙を溜めながら探し歩いていると通りかかった男の人が声を掛けてくれて......

 今思えばその人は多分高校生くらいだったと思う。外見からしてそんなに歳はいってなかったはずだ。

そのお兄さんが対応してくれたおかげで親と無事合流することが出来たんだよな。当時の俺には凄く大人に映って見えた。

その日から高校生ぐらいの年齢は大人なんだと感じるようになった。だけど実際になってみればこの様...... 

 

 幼い頃は何もしないでも成長すれば自然に、年齢と共に外見――もとい身長や考え方が大人になれると思っていた自分が笑える。

何よりこの歳になってもヒーロー番組や少年ジャップを卒業できないあたり思考が子どものそれだ。が、いくら子ども向け番組と言えど好きなものは仕方がなしだ。

今となってはどうでもいいことだけど、俺はあの時のお兄さんと同じくらいの歳になったのか、そう思うと少し感情深いな。


 だけどせめて身長があと少し伸びていたらな......

 おとぎ話に出てくる小槌でもあれば伸びるかもしれないが所詮空想だ、ある筈がない。

 けどまだ望みを捨てるのは早いか、そう遠くない未来では背が伸びる薬が開発されてるかもしれない、それこそ青色の狸(たぬき)がお腹のポケットから出してくれるような身長を大きく出来るライトとか――でも一時的に伸びた所でか。

だけど最近の技術の発展はめざましいものがある、きっと開発されてると信じよう。生きている内に開発されるとは限らないけど。


 背か、親を恨んでいないと言えば嘘になるけど不規則な生活を送っていた自分も悪いんだろう、もっと牛乳を飲んどくべきだったかな......




 ――――



 早いことに入学式が終わってから既に三週間が過ぎ去った。

新しい友人、親しくなった人、初めてのクラスメイト、皆そろそろ新しい環境に慣れ始める頃合いだろう。けど中にはまだまだ慣れない者もいる。

現(げん)に俺はその一人だ、そもそも慣れる気がしない。

そしてさらに慣れないのが――



「すみません、遅刻しました」


 一階にある教室の扉を開け放つとみんな一斉にこちらを見入ってきた。

わずかに静まり返った教室はまるで一瞬、時が止まったかのようで。

黒板に字を書いていた教師は手を止め、先生の話を聞きながらノートをとっていた生徒も書く手を止め俺に視線を向ける。


 またやってしまった...... こうなることは分かっていたことなのに。

昔から朝は苦手で起きられないせいか、毎回のごとくこの非常に気まずい空気を味わってしまう。

こればかりはいくら経験しても慣れるものじゃない。


 視線の嵐を受けながらも教室内を見渡す。

やはりザッ高校生というか、明らかに中学とは違う感じがひしひしと伝わってくる。高校生にもなると皆外見、雰囲気が大人びているせいなのか、遅刻してる自分が恥ずかしいという思いが一層に強まってきてるように思える。

これからはなるべく遅刻しないようにしたいなと思っていても無理な話だ。


「黒沼乃(くろぬまの)、お前また遅刻か」


 ギクッ、と視線を教卓に向けると眉を少し下げ、怪訝(けげん)そうな表情をしてる男の先生と目が合う。

見た感じは短髪で少し歳端(としは)がいってそうだ。

なんて名前だったかな...... 入学して間もないせいか名前が出てこない。別に教師の名前は覚えなくても困らない気はするけど。

それにいざ忘れても教師は先生と統一しとけば問題はないはず......


「すみません」


 朝は苦手で、とは言えない。

ならきっかりと登校してる生徒はどうなるって話なんだよな。


 俺は一言謝ってから職員室で貰った遅刻表を教卓の上に置き、自分の席へと向かう。

最中に少数の含み笑いが耳に入ってくるが聴こえていない不利をする。

席は教室の後ろ隅の窓際...... だったら良かったのに、残念ながら左列の一番前になってしまった。

一応窓際ではある分ましか。某レーベルの小説では教室の一番後ろの窓際の席と相場が決まってるのに、 現実はそう甘くはない。 


 着席すると授業を再開しだした先生。つらつらと黒板に字を書き足していく様子を見た俺は慌てて鞄から教科書とノート、それから筆箱からシャーペンを取り出すが恰好だけだ。すぐにシャーペンを置く。

 勉強道具を出したものの全然頭に入らず早くもやる気スイッチが消滅した、もともとやる気スイッチなんてものはないけど。


早く終わらないかなぁ、そう思いぼんやりと時計を見る。

嫌いな授業ほど長く感じるのは俺だけかな......


 数字を見ていると頭が痛くなる、計算を解く為には式の法則を覚えないといけないし。

法則を覚えても別の計算で応用出来ないと解けないような仕組みになっていてとてもじゃないが俺の頭では覚えられそうもない。

それに加え、物覚えが悪い為、頭がパンクしてしまわないか心配になる。

俺の記憶のキャパシティーどんだけ少ないんだろ......

そのくせ漫画やゲームに出てくる空想上の呪文やルールは時間をかければ大体は把握出来てしまうから俺の頭は悪い意味で良く出来ているっって――


「...... おい」


「えっ? ...... あ」


 不意に声が聞こえ、とっさに顔を後ろに向けてみると女子生徒がこちらに左手を伸ばしていた。


「あぁっ! ごめん」


 一瞬何なのか分からなかったが、机に何枚かの紙が置かれていたことに気づいた

俺は謝りながら慌てて紙を受け渡した。だが彼女の目は少し細められており若干イラついた様子だ。絶対遅かったせいだ。

別のことに集中していたせいか全然気づかなかった......

ごめん、ともう一回声には出さず心の中で謝っておこう。



「今日の授業はここまで、各自今配ったプリントをやってくるように、期限は一週間までだ」


 そこでちょうど授業終了のチャイムが鳴り、教師が最後の言葉を言い渡すと生徒の一人が礼と言い授業が終わった。

 


「ん......ああっ」


 授業が終わったからか安堵のため息を漏らす声が所々から聞こえてくる。

俺も少し小さめに肩を上下左右に動かしほぐす。


 二時間目の数学の授業は遅刻してしまい途中にに来てしまった為、早めに終わりあっという間に休み時間が回ってきた。

休み時間といっても俺は仲がいい人や話す相手もいない。特にやることもないので机に肘(ひじ)を折り、顔を下げつっぷくす。

 いつからだっけ、こんな風になってしまったのは、昔はまだ人の輪の中にいたはずなのに...... 


「宿題だりぃよな」


「だなぁ、めんどくせ」


 宿題...... そうだ! 忘れてた。


 声が聞こえ俺は机にうずくまろうと下げようとした顔を止め、先ほど配られたプリントに目を落とす。

書かれてる内容は今日やった授業の復習に関してのことだ。俺は途中で来てしまいさらに授業中に上の空だったため書かれてる内容が、マズったぁ......


嫌だなぁ、式や解きかたが全然分からない。

こういうとき普通は誰かに聞くものなんだろうけど......

 

プリントから目を離し誰にも気づかれないように横目でそおっと教室内を見渡す。

友達と喋っている者、教室を出ていく者、はたまた俺がどうしようか押し悩んでるプリントを早々に解いている人もいた。ちょっと早くないか? 

まぁいつ宿題をやろうかは個人の自由だけど。

それより聞きたい! 聞けば教えてくれるかもしれない。

けど無理だ諦めよう...... 俺は諦めた。


人が少ないならまだしもこんな大勢がいる教室で教えてくれと頼むなんてとてもじゃないが言えない。恥ずかしいと思う気持ちの方が勝ってしまう。

ましてや、親しくもないので気軽に聞ける訳がない。


 マジでどうしよう......



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