赤色と九官鳥2


 駅の南口の端で待っていたくれちゃんと合流する。ごめんごめんといいながら駆け寄ると、ぺちっとデコピンを受けた。

「時間前に着いて時間に遅れるってどういうことだよ」

「いやあ、寄り道が思いのほか楽しくて」

「しょうがない子だな」

 二人でショッピングモールへと歩き出す。送迎バスも出ていたが、せっかくのいい天気なので、徒歩で行くことにした。

「で、何を買うって?」半分こしたチューブ型のアイスを吸いながら、くれちゃんが聞いた。

「スポーツ店で、トレッキングウェアとかいろいろ。今後のためにもあったほうがいいかなって」答えてから、一口アイスを食べる。口の中のしゃりしゃりとした氷の粒が心地いい。

「ごめんねくれちゃん。合宿の買い物に付き合わせちゃって」

「いいよ。私もついでにいろいろ見たかったし。服とかアクセとか」

 おしゃれな装飾品集めは、彼女の趣味だ。学校にも堂々と付けて登校してくるため、教師たちを悩ませる原因となっている。

「私もアクセサリーつけてみようかな」くれちゃんが身につけている、かっこいいネックレスやイヤーカフを眺めながら呟く。

「そうしたら、クールで大人な女になれそうじゃない」

クールで大人、な私を想像しようとしているのか、一瞬、彼女の目が宙に浮く。

「......緑、それは諦めた方がよさそうだ」

「えっ」

「いや、きっと私の想像力が足らないのが原因なんだ。緑の幼児体型のせいでは......」

「なれるよ! なれるからきっと!」



 線路沿いに進むこと数分。ショッピングモール前の道路は、駐車場に入るための車で渋滞していた。駅前同様、人はずいぶん多そうだ。

 実は私たちが住んでいる地域にも、似たような施設はある。自転車でも行ける距離にあるのにもかかわらず、わざわざ電車を使ってここまでやってきたのには理由がある。

「ふふふ。ここのスポーツ店、今セール中なんだよね」数日前に広告のチラシを見つけ、マークしていたのだ。連休直前の大セール。おまけにトレッキング用品大売出しときた。

「これは行かない手はないでしょ」

「......緑は、いい主婦になりそうだな」

「褒め言葉として聞いておこう」

「満更でもないのか」

 少し歩くと、中央広場に出た。子供向けの工作のイベントが行われており、長机に座った子供たちが一所懸命に手を動かしている。

「にしても、なんか懐かしいな」

 アイスの入れ物をゴミ箱に捨てると、くれちゃんはそう呟いた。

「懐かしい? へえ、久しく来てなかったんだ」

「いや、そうじゃなくて」

 ゆっくり、私に振り向く。

「実はここはさ」そこまで言うと、くれちゃんはわざと怖い顔をして、不敵な笑みを浮かべる。血の気の多い猛獣のような雰囲気を醸し出して、こう続けた。


「昔、私のだったんだ......」

「自分の見た目を最大限に活かした冗談言うのやめて!? 冗談に聞こえないから!」




 くれちゃんは小学生の頃、今住んでいる所とは違う場所に住んでいた、という話は聞いていた。卒業と同時に引っ越して、私と同じ中学に入学。そこで、私と出会った。

「四年くらいじゃ、あんまり店も変わってないんだな。お、あの英会話教室もまだある」

 ここに住んでいた頃に通っていたらしい。そういえば、英語はくれちゃんの得意科目だった。

 時折指をさしながら、どこにどんな店があったのかを紹介してくれる。ここに通いつめていた当時の思い出が、彼女の中に湧き上がっているのだろう。


 でも、それは同時に、別の記憶も掘り起こしてしまっているのではないか。ここに住んでいた当時の、たぶん彼女にとって、思い出したくない記憶。


「くれちゃん。買い物、ここじゃない方が良かったよね。」そう思うと、申し訳なくなる。

 くれちゃんは、立ち止まった私の顔を見て、少しため息をつく。

「別に気にしてないよ。というか、緑があれこれ気にすることでもないし」私のほっぺたをふにふに引っ張りながら、お前は人の心配しすぎ、と注意する。

「うー、でもさ......」

「確かに当時の人間関係とかにいい思い出はないけど、場所自体は結構好きだったし。本当に懐かしんでるだけだから」

「......本当?」

「本当だって。もう、しつこいと昼ごはん奢ってもらうからね」

 さっさとスポーツ店行くよ、と促され、私たちはまた歩き始める。


 私は、だから。


 中学校の保健室で、くれちゃんが言ったその一言。そのときの声色も、消毒液のにおいも、窓の外の景色も、私は今でも覚えている。

 彼女からその話を聞いたときから、もっと早く彼女と知り合っていたかったと思っている。私ごときが支えになれたかというと、多分、なれなかっただろう。それでも、そう思わずにはいられない。




「おーい、何してんの」

 エスカレーターの手前で、彼女が手招きする。

 でも、今のくれちゃんを支えられるのは、今こうして知り合っている私なんだ。大きな支えになれなくても、少しでも力にならなければ。

 そこまで考えて、思う。


 当時のくれちゃん、ここに住んでいた頃のくれちゃんには、支えだった人はいないのだろうか。


「ごめん、ちょっと考え事」慌てて駆け寄る。

「ちゃんとついてこないと。アナウンスをかけてもらわないといけなくなるから」

「いや待って。もう高校生だから。迷子になんてならないからね?」


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