モンスターカーニバル

「コータ! 大丈夫か!?」

「もう限界だ! 弾切れだよ!」

「行き止まりだよ! リュウジおじさん!」

 旧甲州街道を経て新宿に到着した一同を見舞ったのは、想像を絶する苦難とカオスだった。

 

 ザワザワザワ………


 無人の市街を疾走する『てば九郎』のあとを追って、黒々とした攻殻に夕日を反射させながら、道路を埋め尽くした無数のおぞましい『何か』が迫って来る。

 銀河の向こうからやってきた巨大昆虫、『アラクニドウォリアー』が何百匹もの軍団を成して『てば九郎』を追いかけてきたのだ。

「ギシャーーーーー!」

 昆虫軍団の中には、人間に擬態した巨大ゴキブリや、蟻の様な大顎の完全生物、シリコンを主食にする宇宙大群獣も混じっていた。


 ピュン! ピュン! ピュン!

 コータが、懸命に『てば九郎』の後部から、両手の熱戦砲パルスレイで昆虫たちを狙い撃つ。

 だが、数が多すぎる。


「このっ! このっ!」

 茉莉歌は『てば九郎』をよじ登ってくる巨大フナムシを、銃剣でこづきまわしていた。

 必死の形相のリュウジが、バックミラーに映るおぞましい軍団レギオンを睨みながら運転席でアクセルを踏んでいた。


 だが、次の瞬間。


 ドーン!


 突如、三人の頭上から轟音。

 ビルを掠めて街灯をへし折り、直径10メートルはありそうな石塊が飛んで来た。

 巨大な『高崎観音』の首が、明治通りを疾走する彼らの前に落下してきたのだ。


 ドガガガガガガ!

 道路に転がる観音の頭部。


「うわー!」

 ハンドルを取られるリュウジ。

 路上には、濛々たる黒煙が立ち込めた。


 次いで、


 ドシーン。

 轟く地響き。

 煙の向こうから、20階建てのビルほどもある、巨大な何者かが立ち現われたのだ。


「今度はなんなんだよ……」

 危機また危機に、半ば現実感の麻痺したリュウジが力なく呟いた。


「ウオーーーーーーン」

 辺りに轟く奇怪な呻き声。

 崩れたビルの谷間から姿を現したのは、節くれだった長い手足に巨大な鉤爪を生やした灰褐色の巨大魚人だった。

 右手には、鋭い槍を携えている。

 

 現れたのは、東京湾から上陸してきた深海怪獣。『クローバー』だった。


 ガリガリガリガリ!

 邪悪な一族の末裔が『てば九郎』を見下ろすと、巨大な鉤爪を振り回し、周囲のビルを引っ掻いた。


 ガチャン。ガチャン。ガチャン。ガチャン。

 落下する瓦礫と硝子の破片が『てば九郎』に襲いかかる。


「まずい! モード、『ローダー』!」

 リュウジが力いっぱいハンドルを引いた。


 ギガゴゴギ……

 咄嗟にパワーローダーに変形して瓦礫をかわす『てば九郎』。

 機敏な動きで瓦礫とガラスの合間をかすめていく人型作業機械の小脇には、茉莉歌が抱えられていた。


 ヒュン。


 コータが『てば九郎』からテイクオフして宙に舞った。


 不気味な咆哮を上げながら、怒り狂ってリュウジ達を叩き潰そうとするクローバー。


 ザワザワザワザワ……

 後方からは昆虫軍団が迫ってくる。


 絶体絶命! だが、その時だ。


 バッチーーーーン!

 突如、土煙の中から振われた、何者かの巨大な尻尾の一撃が、深海怪獣をはじき飛ばした!


「ウオーーーーーーン」

 たまらず体勢を崩して、近くのビルに叩きつけられるクローバー。


「あ……! あれは!」

 ビルの合間から、突如現れた黒い影の正体を知って、リュウジは唖然とした。


「ギャオーーーーーーーーン!」

 クローバーよりも更に二回り程も大きい、まるで黒山のような巨体。

 溶岩のような体表、剣の切っ先の如くそそり立った背びれ。図太い尾。ワニのような顎。鋭い眼光。獰猛な面魂。

 漆黒の怪獣王、『ゴシ"ラ』がやってきたのだ。


「ウオーーーーーーン」

 なんとか体勢を立て直したクローバーが、ゴシ"ラを向いた。


 そして、


 ガシッ! ガシッ!

 まるで蜘蛛の様な長い腕でゴシ"ラに掴みかかった深海怪獣が、鋭い爪先を怪獣王の両肩に食い込ませながら、全体重をかけて彼を組み伏せようとする。


 だが、


 ドガッ!


 まるで丸太のようなゴシ"ラの腕から放たれた強烈な右フックが、深海怪獣の脇腹を直撃。

 クローバーは堪らず怪獣王から弾き飛ばされて、再び廃墟に倒れこんだ。


「ウウウウウーーー!」

 格闘戦では敵わないと知ったか、再び立ち上がったクローバーが、深海魚のような頭部の口吻から不気味に光る砲門の様なものを露出させた。


 ビュビュビュビュビュビュビュビュビュ……

 そして、クローバーの口吻を円形に囲んだ鋭い牙が不規則に脈動をはじめ、口内の砲門から眩い金色の光が漏れ始めた。

 光は徐々にその強さを増していき、次の瞬間、


 ピカッ!


 ゴシ"ラの頭部に突き刺さったクローバーの必殺技。

 金色の破壊光線、クローバー粒子砲スマッシャーの一閃!


 だが……!


「ギャオーーーン!」

 見ろ。深海怪獣の放った金色の光の奔流の下から現れた怪獣王の頭部は、全くの無傷だった。

 はっきり言って役者が違うのだ。


 ジジジジジジジ……

 今度は、怪獣王の背ビレが、青白く光った。

 ゴシ"ラの瞳が深海怪獣を厳しく見据え、逞しい胸部が何かで満たされてゆくように大きく膨れ上がり、背ビレの輝きが徐々に頭部に向かって収束してゆく。


 そして、


 ゴオオオオオオオオオ!

 おお。ゴシ"ラの口腔から深海怪獣にむかって放たれた、青白い熱戦の大奔流!

 ゴシ"ラ必殺の『放射火炎』が深海怪獣の半身を直撃して……

 ボッ! 瞬く間にクローバーの下半身を焼き尽くし、消し飛ばした!


「ウオーーーーーーン!」

 ドドーン!


 さしもの深海怪獣も、怪獣王の必殺技の前には成す術なし。

 クローバーは一敗地に塗れ、その巨体は見る間にドロドロと崩れ去り、汚らしい泥土と化してゆく。


「ギャオーーーン!」

 そして勝ち誇ったゴシ"ラが、今度はリュウジ達を睨みつけた。

 怪獣王の背びれが青白く光る。再び放射火炎を放つつもりなのだ。


「やはり、今か!」

 リュウジは覚悟した。

 この場まで温存していた『願い事』だが、命には替えられない。

 三人で、安全な場所まで移動するのだ。


「願い事を言う、俺達を……」


 と、その時だった。

 

 トンッ!

 パワーローダーに変形した『てば九郎』の肩部デッキに突然、緑色の光と共に空中から何者かが降り立った。


「ああ!」

 コータが、驚きの声を上げた。

 光の中にいたのは、浅黄のワンピースを風に揺らし、口元を厳しく結んだ、紅い髪留めの少女。


 エナだった。


「エナ! どうしてここに!?」

 驚きを隠せないリュウジに、


「待っていて。ここは、私が何とかする!」

 エナがそう言って、ゴシ"ラの方を向いた。


 ゴオオオオオオオ!

 地上の四人と『てば九郎』むかって、放射火炎を浴びせかけるゴシ"ラ。


 だが……見ろ!


 シュン。


 エナのかざした手の先に現れた、金色の光の衝角。


 シュラン。


 衝角が、真っ二つに熱線を切り裂いた。

 拡散した熱線は、彼らの後方から迫ってくる昆虫軍団に襲いかかった。


「ギシャ―――――――――!」

 燃える昆虫軍団。

 ゴキブリやレギオン達が、焼き海老のように真っ赤に変色して果てていく。


「ギャ、ギャオ?」

 戸惑ったゴシ"ラが、三度熱線を吐かんとしていた。

 と、同時に、


「ミラー!」

 エナが叫んだ。

 すると見ろ。

 彼女の正面に突如出現したのは、六角格子の合成ダイヤモンドで造られた、銀色の巨大な鏡だ。


 ゴオオオオオオオ!


 『ミラー』が、ゴシ"ラの放った放射火炎を反射した。


 ビカアアアアアアア!

 一万倍に威力を増した熱線が、ゴシ"ラの胸部を直撃する!


「ギャオーーーーン!」

 さしもの怪獣王もこれは効いたようだった。


 ズズーン……。

 ゴシ"ラは体制を崩してビルの合間に倒れこむと、やがて彼らに背を向けて、その姿を消した。


「エナ! やっぱり君だったのか!ありがとう!」

 コータがうれしそうに言う。


 新宿への道中、三人は何度も危機に陥った。

 だがその度に、姿を見せない誰かが、三人を助け、導いてくれていたのだ。


「話している時間はないわ。急いで!」

 エナが言った。


「あ……!」

 エナの視線の先を見てリュウジが息を飲む。

 昆虫の生き残りたちが、再び彼らに迫ってきたのだ。


「わかったエナ! 目指すは、聖痕十文字大学だ!」

 リュウジはコータと茉莉歌を『てば九郎』に乗せて、再びアクセルを踏んだ。

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