第3章 学園戦記

理事長、モヤモヤする

 『あれ』が起きてから六日が過ぎようとしていた。


「おかしい……! こんな筈では……!」

 学園の執務室の書斎机に乱暴に腰掛けて、理事長が呟いた。

 理事長は、苛立っていた。

 確かに彼と、彼の募った自警団の「活躍」によって、怪物たちはその数を減じ、近隣の地域は平静を取り戻しつつあった。

 SNSを通じた理事長の呼びかけ(ネットも、これまた絶対にダウンしなかった)や、Podcastでの演説も功を奏した。

 今では日本、いや世界の各地で、聖痕十文字学園のような「自警団」が活動を始めていたのだ。

 滋賀県甲賀市甲南中学校では、忍び装束の謎の五人組『甲賀戦隊ドロロンジャー』が、京都府京都市京都大学アニメ研究会では式神を使役する『陰陽戦隊セーメーマン』が、大阪府大阪市東淀川商店街ではコナモノを武器に戦う『たこ焼き戦隊コロロンジャー』が、和歌山県和歌山市紀之川中学校では蜜柑ごはんが大好きな『オレンジ戦隊アリタミカン』が、北海道函館市はこだて未来大学ではストイックな塩味を追及する『ラーメン戦隊シオメンジャー』が、茨城県常陸太田市常陸納豆博物館では関西人には理解できない『納豆戦隊ネバルンジャー』が、長崎県長崎市思案橋横丁では皿うどんも美味しい『ばってん戦隊メガチャンポン』が、それぞれご当地の平和をかき乱す不逞の輩と戦っていた。


 理事長の目論見は、一見順調のように思えた。


 だがなぜだ? 理事長は眉を寄せる。

 新宿などの都心部の混乱は一向に収まる様子がなく、逆に悪化の一途を辿っているのだ。


 どういうことだ? 理事長は再び考えを巡らせた。

 すでに、経験者へのリサーチや、理事長らの実験によって、『願い事』によって生じる事象の特徴、法則は、かなり正確に分かってきているのだ。


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1.「一万円ほしい」「iPhone7がほしい」「牛丼が食べたい」といった、具体的で即物的な願いは即座に実現する。


2.逆に「宇宙の根源的な悪のエネルギーを潰したい」とか「地上に神の国を作りたい」とか「全ての不幸を、生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全ての不幸を、この手で」いった、言ってる本人もよく意味がわからないような願い事は『ここでは』実現しない。


3.「○○氏んでください」「○○人根絶」「○○人は日本から出てけ」「椎茸をこの世から消し去りたい」といった、デスノート系の下劣な願いも、相手の同意がない限り成立しない。


4.「○○は俺の嫁」「きみはペット」「全員攻略してハーレムエンド」といった身勝手な願いも項番3と同様。対象が二次元の場合は、願った本人が二次元に飛ばされる。


5.2~4のような願い事を無理に願うと、願った本人が消滅する。(理事長の仮説では、別の世界に移動するのだ)


6.物理法則は容易にねじ曲がる(でないと理事長の能力や、ゴシ"ラも成立しない)


7.「○○を抹殺する殺人サイボーグが欲しい」とか「渋谷を襲う蝙蝠怪獣を出してほしい」といった、非現実的な『ガジェット』を介した凶悪な願い事、これは実現する。


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「要は『項番7』が最大の問題なのだ! ここを我々理性ある大人が、地道に潰していけば、正常な世界に戻るはずだ!」

 『項番6』もかなり問題な気がしたが、理事長は自分のことを棚に上げた。


 だがまてよ?

 理事長はふと、ある疑念に駆られた。


「もしかして……。元々は『同じ事』なのではないか? 新宿で起きていることも、多摩市ここで起きていることも……!」

 そう思い至った彼は、うなじの毛がゾワゾワと逆立つのを感じた。

 理事長たちは、市街に溢れた恐竜や怪人に対する抑止力、怪奇現象に対する対抗勢力カウンターパワーとして、『くまがや』や『てば九郎』を作り出した。

 それと同じことが新宿では、大きさやベクトルを変えて行われた、ただ、それだけのことだったのではないだろうか?

 折しもTVは、自衛隊が秋葉原に投入した『13式巨大機械龍』が暴走し始めたニュースを報じていた。


「ひょっとして、『荒らし』に反応するのも『荒らし』と同じだったのでは……いや、そもそも……!」

 理事長は、恐怖した。


「私は、願い事で荒らされたこの世界を元の姿に戻そうと躍起になっていた。だが、もともと『ここ』自体が『特撮・アニメ』枠で隔離された別世界だったのではないか? 私は、英雄気取りで別スレッドに隔離された大馬鹿三太郎だったのか……? いや、いや!」

 理事長は必死で自分に言い聞かせた。


「気をしっかり持て大牙だいが! 願い事を果たした『私』と、そうでない『水無月くん』や『如月くん』が同時に存在する……! それこそがこの世界が『オリジナル』であることの証しではないか。それに……」

 理事長は奮い立った。


「私は、学園の生徒とご家族、そして近隣の人々の身の安全を守っている! 世界がどうであろうと、この一点だけは、曇りない真実だ!」

 理事長の瞳に燃えた、揺るがぬ決意の炎。


「大変です理事長!」

 鳳乱流おおとりらんるが、血相を変えて理事長室に駆け込んできた。


「『第9地区』で怪物が発生したとの報告です! 今日の相手は桁外れ・・・です!」


「よし!!!」

 理事長は立ち上がって叫んだ。


「ギャラクシーフォース、緊急出動スクランブルだ!!」


  #


「こいつはまずい! まじでやばい!」

 ブーーーンン……

 多摩市の街中を、風を切って疾走する白銀のエア・バイク。

 そのバイクに、ヘルメットも被らずに跨った三十半ばの男が、しきりに後方を窺いながら一人動揺した様子でそう呟いている。

 ライフル銃を携えて、恐竜狩りに出ていた聖痕十文字学園学生食堂の管理栄養士、タニタさんは、思わぬ『獲物』との邂逅に、ほうほうのていで逃げ出してきたのだ。

 

 ガチャン、ガチャン。


 バイクの後方から、金属の擦り合わさる不気味な足音が迫って来る。


「ぶおーーーーーん!」

 恐ろしい咆哮が辺りに響き渡った。

 そして、ガチャリ。

 民家の屋根を、まるで足長蜘蛛のような金属製の脚部で跨いで、七階建のビルほどもある、黒銀色の巨大な鉄塊が姿を現した。

 猛スピードでエア・バイクを駆るタニタさんの後を追ってくるのは、突如地底から出現した三本脚の宇宙戦車、『トライポッド』だったのだ。


 シュバッ!

 空気をつんざく不気味な音と共に、戦車の両の腕から一瞬、青白い光が迸ると、


 ドガーーーーーーン!

 トライポッドから放たれた破壊光線が、周囲の家屋を次々になぎ払っていく!


「ひいいいい!」

 タニタさんの顔が、恐怖でこわばった。

 これまでハントしてきた怪物どもとは、比較にならないサイズと強さなのだ。


「タニタさん、こっちです早く!」

 現場に、学園の『隊員』たちが駆けつけて来た。

 『てば九郎』に乗った鳳乱流が、エア・バイクを誘導していく。

 異常を察知した学園の『隊員』たちが、タニタさんに合流したのだ。


 鉄脚をきしませながら悠然と進行してゆく宇宙戦車の後方では、生協の黒石さん、救急救命士の薔薇十字綺羅々ばらじゅうじきららさん達が、消火活動や被災者の救護に走り回っていた。

 そして、

 スタン。


 見ろ。ここに一人、てば九郎の後部ワゴンから降り立つと、その隻眼で宇宙戦車を鋭く睨めあげる男がいる。

 小柄な体躯に漲る気力。日焼けした精悍な顔。

 対戦車擲弾発射器を構えた、多摩市猟友会の物部老人だ。


「木偶人形め、ここで仕留めてやる!」

 老人が一言、そう吐き捨てると、ワゴンから取り出した対戦車擲弾発射器RPGを構え、宇宙戦車に狙いを定めた。

 

 バシュ!

 耳をつんざく発射音とともに、RPGのロケット弾がトライポッドに放たれた。


 ドカーーーーーン!

 爆音とともに宇宙戦車にロケット弾が直撃……! したかに見えた、だが、


「ぶおーーーーーん!」

 黒煙の中から姿を現した宇宙戦車は、傷一つ付いていない。

 戦車の全身が、チラチラと瞬いた半透明の水色の光の被膜のようなものに覆われていた。

 トライポッドに着弾する直前、砲弾は不思議な光の障壁に阻まれて、爆発四散していたのだ。


「『バリヤー』だと……! 小癪なマネを!」

 物部老人が忌々しげに舌打ちした。


「物部さん、やはり此処では無理です。学園に退きましょう!」

 鳳乱流がそう呼びかけて、物部老人を乗せ発車するてば九郎。

 トライポッドを誘導し、学園に入り込む寸前で何とか足止め、理事長の『必殺技』で煉獄に消し去る。

 それが、彼らに考え得る唯一の勝算だった。

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