昼下がりのハンティング


「焼き鳥ー、焼き鳥はいらんかねー……」


 じょーわじょーわじょーわ……

 止むことのない蝉時雨。

 景色の全てが陽炎の中に溶け込んで行くような錯覚を覚える、うだるような真夏の昼さがりだった。

 空を見れば、ウルトラマリンを流したような紺青に、まるでかき氷のような入道雲がくっきりとそそり立っていて、金色を爆発させたような灼熱の太陽が、地上の全てを突き刺すようにして空から睨みをきかせている。

 その、じらじら燃える夏の陽にあぶられた人影のない多摩市の住宅街。アスファルトに揺れたつ陽炎を割って、一台の車が走っていた。

 黄色い車体に、かわいらしいニワトリのイラストをあしらった、どうやら、『焼き鳥』の移動販売車だ。


「ほっこり美味しい焼き鳥ー。ハートフルな焼き鳥はいらんかねー……」

 車は、後部のキッチンを開け放して、スピーカーから響く、およそ夏の日中に似つかわしくない奇妙な呼び込み口上と共に、ゆっくりと街路を流していた。


 と、不意に、


「ピチュルルルッ!」

 路傍から、小鳥のような鳴き声が聞こえた。

 緑道の生け垣の中から、焼き鳥の匂いにつられたらしい、これまたニワトリほどの大きさのトカゲの様な生き物が一匹、二匹と顔をのぞかせたのだ。

 そして、次の瞬間、


 ガサアッ!


 急に、生け垣が、膨れ上がった・・・・・・

 生垣の中からワラワラと溢れ出て来るのは、先程辺りを伺っていた奇妙な二足歩行するトカゲである。

 緑道に潜んでいた白亜紀の小型恐竜『コンプソグナトゥス(愛称コンピー)』が、焼き鳥を目当てに何十匹と往来に沸いてきたのだ。


「ピチュルルルッ!」「ピチュルルルッ!」

 小鳥のように囀りながら路上を駆けて、コンピーの群れが移動屋台を追いかける。

 次いで、


「ギシャーッ!」

 街路に現れた、巨大な鉤爪を持った数匹の二足獣が、その一群を追いかけ始めた。

 興味に駆られた獰猛な捕食者『ヴェロキラプトル』が、路地裏から走り出てきたのだ。


「目標ヲ捕捉、破壊! 破壊!」

 パルスライフルを構えながら、恐竜をつけ狙う白銀のサイボーグ骸骨、T-900型もやってきた。


「ギャオーーーーン!!」

 そして見ろ。

 公園の側道を移動販売車が走り過ぎると、その公園の雑木林を、ブナやケヤキの幹をメリメリと薙ぎ倒しながら、巨大な影が現れたのだ。


 ズシーン。ズシーン。

 聞け。辺りに響き渡る、ティラノサウルスよりも更に巨大な捕食者の足音を。

 まるで帆船の三角帆ラテンセイルのような大きな背びれを揺らしながら、血に飢えた白亜紀の大型恐竜『スピノサウルス』までが追跡の列に加わったのだ。


「おいでなすったぞ! ほらこっちだ!」

 移動販売車の車中でハンドルを握った青年が、バックミラーに目をやって一人ごちた。

 日焼けした肌に精悍な顔だち、齢は二十半ばの自由業。

 名を鳳乱流おおとりらんるという。


 女の子でもなごめる、癒し系焼鳥屋を開業することが、長年の夢だった男だ。

 その乱流が今、ようやく手に入れた己が城、移動屋台『てば九郎』のアクセルを思い切り踏んだ。


 ギューーーーン! 


 移動屋台が、加速した。

 市街を時速120キロで疾走してゆく『てば九郎』。

 それを追いかける恐竜と鉄人兵団。


「見えてきたぞ! 『学園』だ!」

 乱流の向かう先には、高々とした鉄柵に囲われ、さながら要塞と化した、聖痕十文字学園があった。


  #


「今だ、門を開けろ!」

 校庭では、朝礼台に立った理事長が、風林火山の軍配を揚げて、そう叫んだ。


 ギギギギギギギギギギギ……。


 軋んだ音をたてながら、巨大な鉄製の校門がゆっくりと開いてゆく。


 ザザザーーー!

 その校門から、『てば九郎』が、命からがら校庭に突入してくる。


「ピチュルルルッ!」「ピチュルルルッ!」

 次いで、車を追うコンピーの一群がなだれ込んできた。



「ピチュル?」

 だが、これは一体どうしたことか。

 コンピーたちの動きが、一瞬止まった。

 そして、焼き鳥の芳わしい香を放った移動屋台から、その眼先を変えて校庭に四散していく。


 見ろ。校庭には、百個以上もの『ばね式捕鼠器』が用意されていたのだ。

 そして捕鼠器の中には、もも、ボンジリ、鶏皮、軟骨、ハラミ、レバー、砂肝、せせり、ハツ、つくね、手羽先、軟骨、おたふく、さえずり、ささみ、かんむりといった、幾種類もの焼き鳥が仕込まれている。

 中には、スズメやウズラといった珍しいタネまで仕込まれたものもある。

 茉莉歌と雨が、鳳乱流の指示のもと、前日から頑張って用意しておいた物だ。


 パチン! パチン! パチン!


「ピチュルーーーー!」

 次々とネズミ捕りにハサかって、身動きがとれなくなるコンピーたち。


「いいねえ。茉莉歌ちゃん、雨ちゃん! 何事も最初の仕込しこみが肝要だぜ!」

 乱流は『てば九郎』から顔を出すと、そう言って、満足そうに笑った。


 だが、喜ぶのはまだ早かった。

 次いで学園になだれ込んだヴェロキラプトルとT-900型が、停車したてば九郎を一斉に取り囲んだのだ。


「ギシャー!」

 鋭い鉤爪で車体を引っ掻き、頭突きで小突きまわすラプトルども。


「目標ヲ捕捉、破壊! 破壊!」

 ガチャリ! サイボーグ骸骨がパルスライフルを構えた。

 狙いは恐竜に違いないが、この距離では『てば九郎』と中の乱流も、銃弾の餌食になることを免れないだろう。


 絶体絶命か、鳳乱流。なす術なしか、『てば九郎』。


 だが、その時だ。


「てば九郎! モード『ローダー』!」

 そう叫んで乱流は、車のハンドルを大きく手前に引いたのだ。


 すると見ろ。

 ギ☆ガ☆ゴ☆ゴ☆ギ……


 金属の擦り合わさる奇怪な駆動音が、あたりに響いた。

 移動販売車のボンネットが、フロントドアが、バンパーが、そのボディ全体が、まるで寄木細工か何かの様にガチャガチャと展開しながら、姿形を……変えていく!


 ウィーーーン……


 そして、『てば九郎』が、自らの二本の脚で、立ち上がった・・・・・・

 焼き鳥の移動販売車の形態を解き、いまや人型汎用作業機械、『パワーローダー』へと変形トランスフォームを果たしたのだ。


「ブチかませ! てば九郎!」

 乗りこんで操縦しているのは、もちろん鳳乱流だ。


 ギュイーン、ボコッ! ギュイーン、ボコッ!


「ギシャー!」

 その金属の剛腕で、飛びかかって来たラプトルを次々に叩きのめしていくパワーローダー。

 『てば九郎』は土木作業や貨物の運搬、さらにはモンスターとの格闘にも役に立ち、平時には焼き鳥も焼けるすぐれものなのである。


「目標ヲ変更、コレヲ排除スル!」

 恐竜を全て倒されてしまったT-900型が、次の目標を『てば九郎』と定めて、


 ドドドドドド!

 

 両手に構えたパルスライフルを一斉に発射する。


 だが、


「シェード!」

 鳳乱流が『てば九郎』の左手をかざしてそう叫ぶと、

 グニャリ。パワーローダーの正面の空気が波紋のように揺らいで、金属骸骨の放ったライフルの弾丸が空中で……停止した。

 これが、てば九郎の『盾』。

 僅か数秒の間だが、左手から空間を湾曲させ反発作用を持つ障壁を形成することが可能なのだ。

 そして次の瞬間、ギュン。てば九郎が、その鈍重そうな外観からは信じられないような脚力で跳躍し、宙に舞った。


「エルボーロケット!」

 鳳乱流が『てば九郎』の右腕をかざしてそう叫ぶと、

 ボン。パワーローダーの右肘の推進器スラスターから迸ったジェットの奔流。

 空中で加速したてば九郎の拳がT-900型の胸部を直撃。金属骸骨を瞬く間にスクラップに変えた。

 これが、てば九郎の『鉾』。右ひじの推進器で拳速を時速300キロまで加速させた、必殺の噴射拳ロケットパンチだった。


 恐竜と鉄人をのしてしまった『てば九郎』だったが、最後に大物が現れた。


「ギャオーーーーン!」

 校門を悠々とくぐって姿を現したスピノサウルスの身長は、『てば九郎』のおよそ三倍。


「ぐぬうぅ!」

 巨竜を見上げて乱流が呻く。

 いかに『てば九郎』が攻守のバランスに優れた高性能ロボといえど、この体格差。とても敵わない。


 ズシーン。ズシーン。


 獲物をいたぶるかのように、ゆっくりと巨大肉食竜が『てば九郎』に迫ってきた。

 今度こそ万事休すか鳳乱流。

 だが……その時だった。


 ドゴン!


 耳を圧する轟音とともに、スピノサウルスの右足首に、突然、大穴があいた。


「ギャオーーーーン」

 堪らずに土煙をあげて地響きをたて、スピノサウルスは校庭に転倒する。


 おお見ろ。朝礼台の下に身を潜めて、虎視眈々と恐竜狩りのチャンスを狙っていた者がいたのだ。

 狩猟者ハンターは、猟銃を構えた、齢七十を超えているだろう隻眼の老人。

 多摩市猟友会の最年長、物部豪毅もののべごうき老人の放った乾坤一擲。

 ゾウ撃ち銃の一撃が、恐竜の足首に命中したのだ!


「勝負あり! そこまで!」

 理事長が、軍配を上げた。

 そして朝礼台から飛び下りて、校庭の真ん中でダウンした恐竜と鉄人兵団に走り寄っていく。


「理事長、『仕上げ』をお願い致します!」

 そう言って『てば九郎』から降りた乱流らんるが理事長に一礼した。


「うむ……! くまがや!」

 頷いた理事長が、恐竜どもに手をかざす。


 すると、


 ピカッ!


 緑色の光に包まれて、瞬く間に煉獄くまがやに飛ばされていく恐竜と鉄人たち。


「これで五戦目か。みんな、だいぶ手慣れてきたな!」

 理事長が、そう言って校庭を見渡し、満足そうに頷いた。


  #


 『あれ』が起きてから、既に五日が経過していた。

 テレビとネットは相変わらず、各地で多発する怪奇現象や災害を報じていた。


 自衛隊は、どこからともなく現われる怪獣やロボットを追い払うのに手一杯で、状況が好転する気配はまるでなかった。

 政府の発表も支離滅裂だった。

 肝心の阿部総理にしてからが、つい昨日、


「疲れた……」

 一言そう言い残して、魔法の箒に乗って、どこかに飛んで行ってしまったのだ。


 米軍第七艦隊は、佐世保に出現した巨大烏賊、巨大蟹、巨大亀と交戦中だった。


 長野県の諏訪湖上空には、『円盤型』、『アダムスキー型』、『葉巻型』、『ピラミッド型』、『ラミエル型』、『ドーナツ型』、『人型』、『螺旋型』、『雲竜型』と、ありとあらゆるUFOの大群が飛来してバサーを誘拐しまくっている。


 愛知県の中部国際空港セントレアには、『栃まる』『勝家くん』『いずもん』『多摩ニャン』『あたまがかながわちゃん』『パリィさん』『甲賀くん』『せこいーな』『イタコちゃん』『クマもん』『るなっしー』etc etc……、日本全国から各地の『ゆるキャラ』が集結して、中の人・・・もいないのに、勝手に血みどろのバトルロワイヤルを繰りひろげていた。


 両国では、強すぎるモンゴル人力士に対抗心を燃やした隅田川の河童軍団が、角界に殴り込んでいた。


 千葉のマザー牧場には、夜な夜なチュパカブラが出没して羊やカピバラを襲って血を吸っていて、見かねた牧場に用心棒として雇われた人面羊ゴートマンが巨大な斧を振ってこれを退治した。


 和歌山原野農芸博物館の人魚のミイラ、佐賀県脊振神社の河童のミイラ、大分県大乗院の鬼のミイラ、東京都豪徳寺の招き猫のミイラ、埼玉県稲荷木伊奈利神社のチュパカブラのミイラ、姫路県県立歴史博物館の人魚のミイラ、京都府産土神社のウブメのミイラ、奈良県春日神社のサスカッチのミイラ、大阪府瑞龍寺の河太郎のミイラ、新潟県西生寺の雷獣のミイラ、愛知県桃太郎神社の鬼のミイラ、和歌山県御坊市歴史民族資料館のカラス天狗のミイラたちが、次々とお湯で戻されて暴れ始めた。


 兵庫県六甲山には空飛ぶ『アノマロカリス』の大群が押し寄せて、スカイフィッシュを喰い荒らしていた。


 屈斜路湖の怪物クッシー芦ノ湖の怪物アッシー池田湖の怪物イッシー本栖湖の怪物モッシー精進湖の怪物ショッシー西湖の怪物サッシー河口湖の怪物グッシー山中湖の怪物ヤマナッシー宮ヶ瀬湖の怪物ミヤッシー奥多摩湖の怪物タマッシー……各地で人気の湖からは、人食い首長竜が出現して、ボートに乗ったカップルを食い殺しまくっていた。


 長野県皆神山、秋田県黒又山、岐阜県位山、青森県靄山、富山県尖山、島根県三瓶山、徳島県剣山、岩手県五葉山 etc etc……、

 日本各地の、少しでも三角形っぽく見える山は、全てその山肌を崩して日本の超古代巨石文明イズモismoの建造した黒いピラミッドの全容を晒し、周囲に謎の怪電波をユンユンとまき散らしていた。

 

  #


 だが、リュウジと茉莉歌の周辺、聖痕十文字学園せいこんじゅもんじがくえんに身を寄せている人々の間には、何故かある種の、奇妙に弛緩した空気が流れ始めていた。

 まず、電気、水道、ガスといったライフラインが、当初の危惧に反して全く断たれる気配がないのだ。

 学園に非常食の備蓄が豊富だったこと、また、そうでなくても、『願い事』によって食料の調達が容易であると、みんなが気付いたのも原因の一つだった。

 (とりわけ、聖痕十文字初等部六年生、印弩神兵いんどじんぺいくんの悲願である『無限にカレーの湧いてくる鍋(甘口)』および『よそってよそってもご飯の減らない炊飯ジャー(炊き立て)』は、まさに、皆の垂涎の的だった。)


 もちろん、往来を危険な怪物や怪人が闊歩している状況は変わらなかったし、それを良しとする理事長ではなかった。

 連日のように彼の募った『義士』で組織された自警団が市街に繰り出しては、怪物たちを着実に煉獄送りにしていった。


 しかし、『討伐』とは、また違った兆候も見られ始めた。

 学園に避難していない近隣住民の間では、各々の願い事で以って、怪奇現象に対する護身と、共存を図る人々が出てきたのだ。

 例えば、近所に住む七十歳無職、百田楼一ももたろういちさんは、自家製の特殊な『きび団子』を恐竜たちに食べさせて彼らを飼い慣らしていたし、三十歳の会社員、栗栖くりすロイさんは、愛車を空飛ぶデロリアンに改造してスーパーに買い物に行っていた。


「先行きは全く見えないけど、今すぐどうこう・・・・なることは無さそうだ……」

 ……そんな、なんだか投げやりだけど、妙に楽観的な雰囲気が学園に漂い始めたのだ。


 そんなわけで聖痕十文字学園の日常は、理事長の自警団の軍事教練や、避難者自治会での生活向上に関する各種課題を巡る丁々発止、『てば九郎』等の重機を用いたインフラ整備やバリケードの増設計画などが錯綜狂騒する、一種『終らない学園祭』の様相を呈していた。


 学校の友達に再会した茉莉歌と雨も、一時は家族の事が頭から離れて、学園での共同生活に慣れるのに精一杯になった。

 リュウジは、何故か学園の自治会の食糧担当相を押し付けられてしまい、日毎の食事のメニューに頭を悩ませていた。


「このまま、ここで頑張ってれば、どうにかなるんじゃないだろうか……」

 リュウジも茉莉歌も、そんな気分になり始めていたのだ。


 その日が来るまでは。

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