ちょっとシュールなショートショート

白井京月

精神病院にご用心

朝起きると、部屋に怖そうな男が二人いた。男たちは寝ている俺の両脇を抱え、俺を家の外に運び出し、ワゴン車に乗せた。


「どうするつもりだ」


俺は男に言ったが、男たちは答えもしないし、表情を変えることもない。車は30分ほど走り、山の上の精神病院の前で止まった。俺は男たちに連れられ、病院の会議室に入った。そこには白衣を着た医者と看護師たちがいた。そして、驚くべきことに妻もいた。


俺は55歳。化粧品製造会社の社長だ。経営は順調で、それなりの資産もある。愛人もいれば趣味もある。悠々自適の生活をしていたのだ。そんな私に何が起こったのか。俺は状況を理解できなかった。


「あなたは山丸三角さんですね」

「そうです」

「あなたは幻覚を見て家で暴れるそうですね」

「は? そんなことはありません」

「なるほど。記憶がないのですね」

「いえ、記憶はあります」

「はい。ではやはり暴れるのですね」

「いえ、暴れません」


俺と医者は会話にならない会話をした。妻はニヤニヤと俺の方を見ている。


「奥様、ご主人は医療保護入院ということでよろしいですね」

「はい」


こうして俺は、豚小屋のような保護室という部屋に入れられた。四面がコンクリートの3畳ほどの部屋。トイレとベッドがある。食事もこの部屋の中。頑丈な鍵がかけられていて、外に出ることは出来ない。


精神病院に誘拐され、1週間が経った頃、部屋に山口という精神科医と、ソーシャル・ワーカーの女性が入って来た。


「ご気分はどうですか」

「はやく外に出してください」

「それはできませんよ」


そう言うと山口はニヤリと笑った。


「いえね、奥様に頼まれたんですよ。病院に入れて欲しいとね。あなたもう、一生ここから出られない。そして、あなたの財産はすべて奥様のものになる。どうですか。嬉しいでしょ。これで愛する奥様は幸せになれる」


「冗談じゃない。これは犯罪じゃないか」


「ふふふ。あなたは精神病で強制入院になった。それだけのことです。よくあることなんですよ。こちらも商売なんでね」


そして3週間後、俺は保護室から畳20畳ほどの大部屋に移された。今度はここで寝起きするのだ。そこにはやつれた薄汚い男たちがいた。


「あんた、どこの組や」


40前後の入れ墨をした男が俺に言う。


「私は社長です」


「おお。社長さんか。そういうの多いで。財産やられてんな。可哀想やな」


「こんな犯罪が許されるはずがない」


「おっさん。精神科は警察より怖いで。裁判もないからな。そこで寝てるおっさんなんて、思想犯やで。この病院に入院している患者は2種類で、病人と被害者や。被害者は一生病院から出られへん。まあ、食事に毒が入ってるから、けっこうすぐ死ぬで」


男はニヤニヤとそう言った。俺は吐き気がした。天国からいきなり地獄だ。脱出できる可能性はないのだろうか。しかし、通信手段もない。しかし、どこかにチャンスはある。俺はそう思った。


「食事が運ばれてくる時に逃げよう」


俺は男に言った。


「無理やわ。ここは閉鎖病棟や。厳重に鍵がかかってるし、見張りがいる。すぐつかまって、電気ショック行きやで」


「電気ショック?」


「そうやで。精神科医は、電気ショック療法いう名前つけて虐待して遊んでる。精神異常やで」


「どこの精神病院もこういう仕組みか?」


「ああ、単科病院はこんなもんやろ。人殺しは、儲かるからな」


俺はそれを聞くと男に背を向け、横になり、目を閉じた。


数ケ月が過ぎた頃、空爆が始まった。どうやら戦争が起きたらしい。俺はこの建物が爆破され、脱出できることを願った。しかし、この国、日本はどこと戦争になったのかもわからない。しかし、山奥の病院は爆撃されないだろう。爆撃されるのは市街地ではないのか。そう思った。


空爆はどんどん激しくなった。そして、病院の職員もいなくなり、病棟の鍵が開いた。俺は半年ぶりに病院の外に出ることができた。しかし、携帯電話もなければ、お金もない。足にはスリッパ。荷物も何もない。


家に帰るつもりはない。しかし、俺には会社がある。そこには俺を信頼している仲間や部下がいるはずだ。今も社長室があり、壁には金庫があるはずだ。何とかなる。俺はそう信じた。そして戦争に感謝した。


山道を降りていると、急に天気が変わった。夕立だ。傘はない。そこにバスが通りかかった。俺が手をあげるとバスが止まった。俺はバスに乗った。そのバスには忘れもしない、悪魔の病院の山口医師が乗っていた。向こう気がついていないようだ。俺は後ろから彼の首を絞めて殺した。俺は人殺しのプロだ。バスの乗客のだれにも気づかれずに、おれは一人殺した。


バスは山奥へと進んで行く。大きなダムが見えた。バスガイドが全員に小さな瓶のドリンクを配る。皆、感慨深げに瓶を眺めてから、それを一気に飲み干す。瓶にはラベルが貼られていない。俺も、一気に飲んだ。強い眠気が襲い、俺はバスを降りようとした。それを、バスガイドが制したが、俺はこの女も一瞬で殺した。おれは何とかバスを降りたが、そこで眠ってしまった。


夜になっていた。駐車場にバスは無かった。そこにヘリが降りてきた。敵軍のヘリだ。いったい日本はどこと戦争をしているのだ。ヘリからは軍服を来た3人の男が降りてきた。


「ハイ、殺し屋。俺たちの手下になるなら、殺さないでやるぞ」


3人とも、肩からマシンガンをさげていた。


「日本はどうなるんだ?」

「そんな国はもう消えたのさ」

「で、俺は何をすれば良いんだ」

「まだ逃げている奴らをピンポイントで消すんだ」

「どうして俺を知った?」

「特殊部隊の卒業生名簿を追いかけた」

「俺は殺したい奴だけを殺したい」

「そんな我儘は許されない」

「とにかく腹が減っている、飯を食いたい」

「わかった」


俺はヘリに乗り、彼らの基地へ行った。Tボーンステーキを食べた。赤ワインを1本あけた。


そこに突然、妻が現れた。


「あなたの標的は、こいつよ」


渡された写真は愛人のユカだった。


無理だ。俺は咄嗟に妻の首を絞めようとした。その瞬間、俺の身体はマシンガンで蜂の巣にされた。それから。それは死んでしまったので分からない。


愛とは恐ろしいものである。そして、精神病院の役割とは。

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