満月よりも断然新月です

新月賽

第一話

 運命的な出会いというものを、馬鹿にしながらも時々思い焦がれていたのは、今日この時のためだったのかもしれません。

 否、運命的な再会、というべきでしょうか。

「……ファレイナ?」

 懐かしい声。いえ、以前の彼女の声質とは違いますが、しかしその息遣い、音の上下、凛と澄んだ響きは間違いようもなく彼女のものでした。

 抑える声で、微かに震える様に尋ねられた私の名前に、私は満面の笑みを返し、

「はい、ミリューネ様」、と深くお辞儀をしました。

「…………そう。貴方も今思い出したの?」

「はい、つい先程の運命的な出会いによって、思い出しました」

「何か引っ掛かる言い方ね」

 呆れながら溜め息を吐くミリューネ様。長く豊かな黒髪に、どう控え目に見ても傾国の美貌としか形容できない美しさで、今まで何人の男を……いえ、男女問わず何百人を虜にしてきたことでしょうか。まだ幼さの残る相貌はけれど、柔らかな表情に涼やかな視線が相俟って落ち着いた大人な印象を与えます。一目でミリューネ様だと分からせる深い深い黒目は、とても懐かしく、心が見えない静かなものでした。

 溜め息を吐く仕草も優美なミリューネ様は、すぐに涼やかな表情に戻り、どこか楽しむ様な色合いを瞳に乗せます。けれど私はと言えば、思い出したこと……前世の、否、ここに来る前の記憶を噛み締め、苦い表情を浮かべていました。

「……罠に掛かったのは私達の方だし、仕方が無いわよ」

 そんな私の表情を見て察したのかミリューネ様が諭すように言葉を掛けてくれますが、頷くことなど出来る筈もありません。

「仕方無いなんて馬鹿な話が通って堪りますか!!」

 ふつふつと沸き立つような怒りが込み上げ、胸中をぐらぐらと煮えたぎらせます。ミリューネ様にぶつける怒りなんてありませんが、だからこそ煮えたぎる怒りは空気へと当たり散らされました。

「相変わらず短気ね、ファレイナ。……まぁ良いわ、私はここでは新月美利にいつきみりだから、そのつもりでお願いね」

「……ミリューネ様が怒っていらっしゃらないのなら私も怒りません。後、私は黒羽怜那くろはれいなです」

 静かで落ち着いているように見えて、その実私以上に腸を煮え繰り返らせているだろう事は想像に難くないです。心が見えない黒い瞳はいつ見たって同じですが、その気配というか、匂いというかで、今怒っているのもぷんぷん伝わってきます。大体この人、黒いですから。

「全く、誰のために……まぁ良いわ。じゃあ黒羽さん、早く荷物を取って教室に向かわないと不味いのではないかしら」

「怜那でお願いします。ミリューネ様も級長になられたのですか?」

「そうよ、一応これでも入学時の成績は上位だったから、推薦でね。後、呼ぶなら新月か美利で呼びなさい、様付けなんかしたら口を利かないわよ」

 その脅迫は反則だと思います。恨む様な目で見つめる私を一切怯むことなく見返しながら、ミリューネ様はご自分のクラスの分の段ボールを、余裕を持って軽々と抱え……あ!

 己の主に仕事をさせる愚かな従者がいますか!!

「私に持たせて下さい!」

「あっ、ちょっとっ――――」

ドカ、バサバサッ

 慌ててミリューネ様の荷物を奪おうとした私でしたが、自分も結構な重量の段ボールを抱えていたことを思い出したのは、既に両者の荷物を手から落としてしまった後でした。床に段ボールの中身がぶちまけられ、丁寧に並べられていただろう数種類の書類が無情にもごちゃごちゃに散らばっていきます。

「……物凄く助かるわありがとう黒羽さん」

「…………だってミリューネ様が私の目の前で雑事をするなんて、耐えられなくて」

「それで雑事を増やしては意味無いでしょう」

 静かに諭すような口調がとても怖いです。でもめげずに、散らばった書類を手早く集め、私のクラスの人数分集めると残りを綺麗にまとめてミリューネ様の段ボールへ、とそういう作業を始めました。もちろん向こう……フォエラでこんな仕事は無かったですが、この世界へ来てからは学校でこういう役職をさせられた事も多いので(勿論散らばった書類でなく綺麗な書類をまとめる作業です)手慣れた物です。

 ミリューネ様が隣にしゃがんできました。間違いなく手伝おうとしています。恐らくこのままでは教室で待つ皆に不審に思われてしまうからでしょうが、しかしだからと言って手伝わせるわけにはいきません。

 ミリューネ様が手を伸ばす書類を、あくまで自然にかつ手早く回収していき、やがて段ボールが再び一杯になりました。笑顔でミリューネ様に段ボールを差し出すと、ミリューネ様は「過度な世話焼きは失礼に当たるわよ」と注意してきました。……ちょっと反省です。私がしゅんとした顔で俯いたのを見て、深いため息が降ってきます。

「……はぁ。貴方が人前でも敬語で喋ってきそうで怖いわ」

「大丈夫です、その辺りは心得てます!」

 顔を上げて元気に微笑んでみせました。幸い、入学したてで更に名門の為、私を知っている人間はいませんので。

 再び溜め息をつくミリューネ様でしたが、一先ず先を急ぐことにして、二人で教室に向かいます。

「……隣同士で歩きなさい。不自然でしょう」

 従者は主の後を歩くもの。しかし疲れたようなミリューネ様の言葉で、胸が一息に高まります。そのお隣にそっと並びましたが、もちろんミリューネ様のお隣で平静を保てるわけもなく。

 あまりに心臓がうるさいので、ミリューネ様のお顔をそっと窺いました。

「…………い、良いのですか?」

 そんな私に心底面倒くさそうな目を向けたミリューネ様は、半ば諦めたような顔で頷かれます。

「良いわ」

「うわぁあああああ」

 ……このような幸せが有っても良いものでしょうか。ミリューネ様と感動的な再開を果たせたこともそうですが、まさか従者である私が、こんな近くに寄り添える機会が来るとは。すぐ隣に感じられる、十数年ぶりのミリューネ様の感覚……。

「…………はぁ」

 頬を染めて全身で幸せを感じている私の隣で深い溜息が聞こえて来ましたが、もちろんのこと、聞こえないフリをすることにしました。





 元々、私とミリューネ様……ミリューネ・セレン様はこの世界には居ませんでした。フォエラという世界で静かに慎ましく暮らしていただけの、美しく優しく気高い新月の精、ミリューネ様と彼女に忠誠を誓った一匹の蛾でした。

 ミリューネ様は新月の精ですから、月の昇らない夜に蔓延る獣や悪意の味方でもあります。ですが、それ以上に彼女は、ただ静かな夜をおとしてくれる、優しい御方だったのです。それを満月や半月の連中と来たら、闇の精だ、などと罵ったり、また新月が昼間しか出ないことを示しては、お前など月の精では無いと言ったり……何度その口を縫ってやりたいと思ったことか。

 ミリューネ様はお優しいのでそんな愚かな連中に手出しすることを禁じていました。けれど或る時、満月の精が私を含めたミリューネ様に仕える者達を罵った時に、いつもの静かな物腰のまま、満月の精を『太陽の光を浴びて己が輝いていると勘違いした愚か者』と評し(これでも丁寧に表現しています)、そんな者が私の大事な者達に何を言う、と仰って下さったのです。勿論私を含めた皆はミリューネ様の言葉とそのお怒りに体を震わせるばかりでしたが、満月の精も同じく体を震わせていました。いや勿論怒ってたのです。いつも何を言っても言い返しもせず淡々としているミリューネ様でしたから、その度に満月の精は怒っていたようですが、淡々と、しかしはっきりとやり返された事によっていつもの何倍もキレてるみたいでした。

 その時を境に満月の嫌がらせは度を増し、やがては向こうはこちらを憎むようになり、そしてある日満月の精によって仕掛けられた……先程ミリューネ様が仰った『罠』に嵌められ、私達は見も知らないこの世界に流れ着いた、いえ、生まれ着いたのでした。

 まさかあの魔法陣がホントに異世界へ繋がっている物だとは。完全に油断していました。

 ともかくも、それら全てを今しがた漸く思い出した私は、ミリューネ様ともう一度出会えた喜びを噛み締めながらその隣をおっかなびっくり歩くのでした。

 ああ、この学校が全寮制で良かった。




「遅かったな、黒羽。入学したてで迷ったか?」

「いえ、荷物を落として散らばらせてしまって。集めるのに手間取ってたんです」

 嘘は吐かないに限ります。ひょっとするとプリントに順番が有ったかも知れませんし、集める時に少し皺が寄ったプリントも有りますから、面倒は避けるが吉です。

「見掛けと成績に依らずドジもするんだな」

 失礼なセリフを吐くこいつは、私のクラスの担当教員である木村なんとかです。名前は忘れました。爽やかなイケメンでクラスの女子の半数は色めきたっていましたが、ミリューネ様に比べれば灰燼も同然です。吹けば飛ぶような軽い雰囲気しか感じられません。

 なんて貰ったセリフの何十倍も失礼なことを考えながら、私は木村なんとかの横に控えました。

「それじゃ、今からプリントを何枚か配るんだが、何分入学したてで事務が張り切って大量に有るんだ。手伝える奴は前に来てくれ」

 段ボールから厚いプリントの束を取り出し、机に小分けして並べていきます。配るプリントの種類は9種類で、まぁ3人で3種類ずつ配れたら良いかな、とか思っていたのですが。

「………………」

「………………」

「………………」

 しーんとした教室からは、互いを窺うような雰囲気が感じられます。なるほど、団結力のあるクラスのようですね。若干の苛立ちを募らせていると、ようやく二つ程手が上がりました。

「俺やりますよ」

「あ、私もやります」

 この雰囲気で出て来れるとは中々見所がありますね。手伝いを申し出て下さったのは一人の男子生徒と、可愛らしい女の子でした。男子生徒はともかく、女の子の方はとても好みな……いえ、失礼、忘れてください。

「白紙が無いかチェックしろよー。今回の奴は割と重要なのとそうでも無いのとどうでも良いのが有るから、重要なのは無くすな」

 配り終わった後は席に戻り話を聞く態勢になった私ですが、しかしどうでも良い物って言っちゃって良いんですか先生。クラスにも失笑が広がってます。いえその、確かに素晴らしき校風がどうのこうのは流し読みする気にもなれませんが、しかしこれも事務員の方がお給料のためにせっせと作成したものでしょう。

 プリントには木村なんとかの言った重要な奴が4枚あって、それの説明を10分程度でちゃちゃっと終わらせてしまうと、木村なんとかが時計を眺めました。ちなみに現在時刻は10:23です。

「んー、やる事無いな。講堂で集会が有るのは11時半からだからなー」

 自分からさっさと説明を終わらせてしまったクセに、随分な言い草です。面倒臭そうに頭の後ろを掻いた木村なんとかは、「んー」と小さく唸ってから一つ頷きました。

「ホントは午後にやれって言われてんだが、今のうちに自己紹介を済ませるか」

 いえ、私たちは良いんですが、先生は大丈夫なんですかね。

 そんな風にどこか適当に、クラスでの自己紹介が始まりました。

 自己紹介の前に、学校紹介を済ませてしまうことにします。

 この学校……灯清ひすま学園は世間一般に名門と呼ばれるもので、有名大学への進学率が高い事、部活動が盛んである事、また金の掛かることで有名な学園です。中等部、高等部、そして大学もきちんと用意されていますが、中等部、大学の許容人数に比べて圧倒的に高等部の人数が多く、その為私の今いるクラスの半数以上は新規入学者です。その中に私も含まれますが。

 中等部からの持ち上がり組は見知った仲でしょうが、新規の場合はそれぞれの学校の出来る人が来るため、大抵は知り合いなどいないようです。勿論昔の私を知る者もおらず、またここへ来てまだ誰とも話していないので、イメージを固めるのはこの自己紹介の内容でしょう。

 皆にとってもそれは同じなようで、自己紹介をしようと前に立った皆は、貼り付けただけの自己紹介ではなく、どこか捻った部分も用意しているものが殆どでした。というわけであ行が終り、か行の4人目、黒羽で私の番です。

「出席番号8番、黒羽怜那です。 普段から敬語なのであまり驚かないで頂けると助かります。好きなものは……」

 来ました。言えました。勝ちました。どうですかミリューネ様!これで人前で堂々と敬語で話せますよ!ちなみに好きなものでミリューネ様と言いたかったのですが、しかし何とか堪えて新月と言っておきました。皆変な顔をしてました。

「この度級長を任されることになりましたので、これから1年間宜しくお願いします」

 ペコリ、と頭を下げて席に戻り、また皆の自己紹介をぼんやりと聞きます。

 やけにカチコチな自己紹介、慣れた調子でペラペラ喋る人、すらすらと話しつつも恐らく持ち上がり組でしょう、ちらちらと数人の生徒と目線を合わせる者、笑いを取る男子とその反対の男子、色んな自己紹介を聞き流して、やがて私の手伝いをしてくれたあの子の番になりました。

「出席番号29番、夏川実なつかわみのりです。ネコが好きで、うちのリバちゃんとよく遊んでます。もう寮に入ってしまうのでリバちゃんと遊べなくなるのは残念ですけど、新しい環境に少しでも慣れることが出来る様に頑張ります。中学校では演劇部に所属していて、よく意外だと言われるんですが、主に男性の役をやっていました。勿論ここでも演劇部に所属する予定なので、興味がある人は声を掛けて下さい」

 ……まさか。

 いえその、今の自己紹介を聞いていると……いやまぁ、確証の無い事は言うべきではないでしょう。大体私がそう言う類のものが好きな理由ももう分かったことですし、私がそうだからと言って、周りもそういう目で見るのは間違いですね。

「これから宜しくお願いします」

 ぺこり、と可愛らしくお辞儀をする彼女は、先程手伝いを申し出た時と同じく明るく無邪気な笑顔で、全くそういう気配を感じさせません。……いえ、気にしないで下さい。

 今度は夏川さんについて考えながら自己紹介を聞き流していると、夏川さんと共にプリント配布を手伝ってくれた、剛の者こと水野直也みずのしんやが自己紹介を始めました。直也と読むのですか、なおやと読んでしまいました。

 彼が前に出ると、自然と女子の視線が上がります。イケメンなんですね、彼。先程手伝いを申し出たところから見ても、中身まできっとイケメン色に染まっているのでしょう。まぁ木村なんとかにも好感は持てるのですが、今のところこの水野とやらの方が好印象です。

「出席番号は36番、水野直也です。好きなものは満月――」

 訂正。好印象など崩れ去りました。こちらを見てにこっとかやられるだけで苛立ちます。私の新月への当て付けでしょうか。きっと彼と関わる事などないでしょう。

「――と、それから怪談、オカルトチックなことです。オカ研に所属する予定で、この学園には怪談も多いと聞いているので、凄く楽しみです。ホラーが好きな人、幽霊の怖さを知りたい人、それと夏に暑くて仕方が無い人は、是非とも声を掛けて下さい。色んな話を知っているので、多分満足させられると思います」

 ……訂正。オカルト研究会ですか。それって魔法陣とかも研究しているのでしょうかね。ひょっとすると関わるかも知れません。そんな風に彼の評価を二転三転させた私のように、教室のあちこちで女子の雰囲気が変わっていました。オカルト好きと聞いて肩を落とす者、少数派ですが顔を輝かせる者、変わらずさり気無い視線を送り続ける者……あんなイケメンのどこが良いのでしょうか。ミリューネ様に比べれば塵芥に等しいです。

 あ、いえ……他人の評価をミリューネ様を基準に考えてしまうと、皆同じ様な無価値な存在になってしまうので不味いですね。私は私自身の意志でミリューネ様を尊び、愛していますが、それを他人に押し付けるのは流石に不味いです。ミリューネ様に比べれば灰燼も同然な木村なんとかだって、塵芥に等しい水野とやらだって、どちらも一般人を基準に取ればプラスな人物でしょう。価値基準をミリューネ様を思い出す前の基準にしなくてはいけませんね。あ、後大事な事なので二度言いますが、私はミリューネ様を愛しています。異論は認めません。

 無難にまとまって終わった自己紹介でしたが、それでもまだ20分近く時間が余ってしまいました。木村なんとかは少しの間思案顔をした後、思い付いたように明るい笑顔でこう提案してきました。

「お前達も早く仲良くなった方が良いだろ? 席を立って誰と話しても良いから、自分の知らない奴に声を掛けろ。自己紹介で気になった奴とかな。他のクラスに迷惑にならない程度にお喋りして良いぜ、なんなら俺とでも」

 その言葉を真に受けた女生徒が8人、木村なんとかを取り囲み、「やっぱなし」と早速取り消しの言葉を言う羽目になったのは、まぁ予想の範囲内でしょう。

 私が声を掛けたいのは勿論のことミリューネ様――こちらでは新月美利というそうですね、なんてそのままな名前でしょうか――ですが、しかし他のクラスの迷惑どころかミリューネ様の機嫌を損ねるのは間違いないので、大人しくクラスメイトとお話しすることにしました。

 さて、早速席に近付いてきた子が一人。窺うように近付いてくるのは、夏川さんでした。……その控え目な目線に、どこか探る様な色が混じっていると思ってしまうのは先程の疑念がまだ晴れていないからでしょう。

「黒羽さん、だよね。ちょっとお話しても良いかな?」

「はい、大丈夫ですよ」

「……あ、そうか、敬語だっけ」

 あはは、と照れた様に笑う彼女に苦笑を返しながら、けれど私は注意深い目を向けます。

 クラスをさっと見渡せば、ところどころでグループが形成されつつあるようで、持ち上がり組も新規入学組もあまり区別できない状態になっていました。皆結構順応性が高いのですね。そして、こちらに目をちらちらと向けられている気がしないでもありません。……流石にこんな場所では無いと思いますが。

「黒羽さんって、ネコは好き?」

「えっ!?」

 何気ない調子で第一問目。周りから聞けば何気ない質問も、今の私にとっては爆弾発言も同然です。ですからそれはもう既に周知の事実と言っても良い単語ですし、下手を打つとバレる……ああいや、そうか。当然の流れで考えれば私はミリューネ様に付き纏うでしょうし、それがどういう目で見られるかを考えれば今更どうという事もありません。むしろ堂々としていた方が良いでしょう、色々的に。

 ありふれた質問をした筈の夏川さんは、不安と期待の入り混じった目でこちらを密かに窺っています。そんな彼女に目を合わせて、私は頷いてみせました。

「ええ、好きですね。私はネコ派です」

「……そっか」

 イヌ派ネコ派論争をしてたわけでも無いのに「派」を付けた理由は誤解されないためです。私の言葉に嬉しそうな彼女は、満面の笑みで少しだけ頬を染めました。いえあの、そんな顔されると、きっと今朝までの私なら完全に胸を射抜かれていたでしょうから、出来ればお控え願いたいです。

「……ねぇ、黒羽さんって誰かと付き合ってるでしょ」

「え、いえ……どうしてですか?」

 さっきの質問からの流れでも、また初対面だからというにも不自然な質問。夏川さんは更に嬉しそうな顔をして、「黒羽さん綺麗だから」と言いました。これは不味い。

「……その、私は心に決めた人と付き合うと決めてるので、そういうことはまだ無いんです」

 牽制の意味も込めてそう言うと、夏川さんはぱちぱちと目を瞬かせます。そうしてしばらく私の目をじっと見た後、「……そっか」と頷いてくれました。けれど悪戯っぽく、こうも付け加えてきました。

「でも黒羽さんのかの……彼氏になる人は大変だね。色んな人から妬まれると思うよ」

「それは大丈夫です。間違いなく私が妬まれます」

 あと夏川さん、危ないですから言葉を間違えないで下さい。

 私の言葉に驚いた顔をした夏川さんは、しばらく固まって、やがてうんうん、と頷いた後、一転晴れやかな笑顔で演劇のお話を始めました。成る程、ネコ好きも演劇の話も全くの嘘などではなく、どうにも本当に心の底から好きな様で、集会の始まるしばらくの間、彼女の語る演劇論を楽しく聞かせて頂いてました。

「じゃあ……黒羽さん、じゃあちょっと硬いから、怜那ちゃんって呼んでも良い?」

「はい。私も、実さんと呼ばせて頂きますね」

「うん!」

 嬉しそうな笑顔の実さん。勿論ですとも、友達ならば大歓迎です。

 こうして、私には少し個性的なお友達が出来たのでした。入学初日にしては上出来ですね。彼女とはやがて表で出来ない色んな話をしたりする仲になるのですが、それはまた別の話ですね。

ともかくも、出来たばかりの友達と共に、講堂へと向かうのでした。

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