s/第34話/033/g;

 水面は、事情の説明中にやってきた。

 谷中と御堂以外に二人も部屋にいたことに、水面は戸惑う素振りを見せつつも、谷中の話を遮ることはなく、むしろ幾つかの補足をした。

 御堂が、絵崎先生と呼んだ初老の男性のことは知っていたようで、水面も彼に先生と敬称を付けて呼んでいた。

 微妙な話に差し掛かったところで、谷中は友人に席を外してもらうように頼んだ。後でお礼をするから、と約束して。

 そうして。


「……みちるさん、自首してくれる?」


 全ての説明の後、水面がそう言うと。

 御堂はきっぱりと頭を振った。


「どーして!」


 合点がいかない、と水面は頭を抱える。


「私は、まだ認めていませんよ」


 説明の途中から、再び椅子に座って顔を伏せていた御堂は、そのままの姿勢で呟いた。


「みちるさん……無理だってば。みちるさんの経緯いきさつには同情するけど……もう、逃れる術はないよ? ボクだって、警察に黙っているわけにはいかないから」


 水面が谷中をちらりと見た。

 谷中は頷き、進み出る。


「御堂さん自身も……それが分かっているから、さっきの……その、自殺しようとしたんじゃないですか? その、動機のところの事情は、俺は詳しくは分からないですけど、情状酌量とかあるって水面から聞いたし、別に、その、死んだりしなくてもいいと思うんです」

「な……にが」


 声が揺らいでいた。


「あ、貴方たちには、わ、分からない……」


 上げた顔の、頬を伝う涙。


「私が、情状酌量を乞うとして、何をすればいいか分かっているのですか。分かっていて、その言葉を口にしているのですか」


 止まらない涙が、次から次へと、白衣に覆われた膝の上を濡らしていく。

 水面と谷中が顔を見合わせた。


「供述調書、あるいは、裁判での喚問……私が、何人の人に、私の屈辱を話して、説明する必要があると思っているのですか。証拠として、ビ……ビデオっ映っ像、……映像を見られるなんて。私は——その前に死にたい」


 最後の一言は虚ろに響いた。

 谷中と水面は黙り込み、室内には、人の想いを解さないコンピュータのファンが回り続ける音だけが鳴り響く。


「そりゃあ……思い違いじゃあないかね」


 するりと。

 重く沈んだ空気を崩した一言は、絵崎によるものだった。

 三人の視線が、彼に集まる。


「御堂くんや」


 呼びかけに応えない御堂に、絵崎は再度呼びかけた。


「……はい……」


 おぼつかない声。


「君はあれだよ、なんだ、この二人の話を信じるなら……そして、君自身の言葉から総合的に判断するなら、ただの殺人者じゃあないか」


 水面が息を止め。

 谷中は、目を見開いた。

 御堂は……泣き顔のまま、表情が凍り付いている。


「被害者のように振る舞ってはいるが、圧倒的に加害者なのは君だよ。人は、死んでしまえばもう何もできなくなるのだからね」

「そ、んな……」

「ま——待ってください」


 声を上げた谷中を、絵崎がぎろりと睨む。


「君は黙っていなさい」


 決して威圧的とは呼べない声色なのに、何故か気圧されてしまった。


「どうだね? 御堂くん。。それに、何か異論があるだろうか?」

「わ、私は……私は……でも」

「絵崎先生」


 水面も声を上げたが、絵崎は無視して御堂を見つめている。


「でも……」


 御堂は再び涙を流した。

 やるせない気持ちが、谷中にも伝わってくるような、そんな錯覚を覚えた。

 絵崎も、それ以上問い詰めることはなかった。

 しばらくの間、誰もが二の句を継がず、黙り込む。

 沈黙を破ったのは、絵崎の咳払いだった。


「——そう、それが答えだよ、御堂くん」


 御堂はもちろん、三人の視線を集めた絵崎が続けた。


「君は、問題の解法に殺人を選んだ。そのことの是非はさておき、問題を解いてしまった人間は、自分が示した解法について一定の責任は負うべきだからね。つまり……最終的に自殺という選択肢を選ぶなら、そもそも殺人という選択をすべきではなかった」


 谷中は、水面を見た。

 だが、その視線に水面は気づいてくれない。


「露骨に表現するならだね。人を殺してまで自分を守ろうとした君が、このような行動を取るのは本末転倒というものだよ。私は、そういうは好きではないな」

「は、はあ……?」


 御堂の上げた声に、谷中はほっとした。

 絵崎が発言した内容が理解できていないのは、自分だけではなかったらしい。


「自分が大切だから、その……なんとかいう男を殺したんだろう?」

「え……ええ」


 躊躇いがちに頷く、御堂。


「なのに自分が死んだら意味が無いじゃないか。死体が二つに増えるだけで……そりゃまあはあるかも知れんがね」


 絵崎は、そう言い切ると首を捻った。


「……あの」

「そもそも密室殺人なのに、犯人が死亡して事件が迷宮入りだとか、


 口を挟んだ御堂を放って、彼は、うんうんと頷いていた。

 水面がため息を吐いた。


「そのですねー。絵崎先生、ちょっと誤解をしてるんじゃないかと思うんだけどー」

「ん、何がかね?」

「作り話じゃないんですけど、これ」


 半眼の水面の冷たい声。


「……何?」


 きょとんと、絵崎が目を丸くした。


「みちるさんが現ミ研だからって、冗談や余興でこんなことをするはずがないでしょ」

「何? しかし……さっき、君、そう君だ。君と御堂くんが話しているときに、これは冗句だと言ったじゃあないか」


 指さされた谷中も、とうとうため息を吐いた。

 ひどい、ひどすぎる……。

 空気読めてないにも、程がある。


「ぷっ」


 そこで、吹き出したのは。


「ふふふっ……」


 御堂だった。

 涙が流れたままの顔に、笑みを浮かべて。彼女は笑う。朗らかに。

 そんな彼女を見つめる谷中の視界の隅で、水面が首を振り。


「な、なんだってー!」


 絵崎が頭を抱えるのが見えた。

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