第二章 ガールズストライク(The girl struck all members.)

s/第9話/008/g;

 そして、翌日の大学で。

 谷中は水面に続いてキャンパスを歩いていた。いつもの芝生で落ち合い、学生会館や学食のある方へと。目的地は、学生会館に隣接している、文化系サークルの共用棟だ。

 そこには、段田大悟だんだだいご——つまり、谷中の部屋の隣で、遺体になって発見された男子学生の所属していた、現代ミステリ研究会の部屋があるのだった。


「その……現ミ研ってのは、やっぱりあれか? 推理小説とかを読む——」

「そうみたいだねー。詳しくは聞いてないけど、この大学にはミス研が幾つかあるみたい」


 水面の説明を聞きながら、谷中は唸った。

 まだ入学してから短い谷中には、大学に関して知らないことのほうが多い。


「結局、機さんとは会えないんだな……」


 水面の頼みに応じて、情報を提供してくれたという人物——機八美はたはつみはもっと謎の存在だった。


「あれ、会いたかったの?」

「昨夜に変人だとか気になることだけ聞いてたからな」


 それだけだ、と谷中は言い訳めいた返事をする。


「ふうん。まあいいけれどー」


 なぜか納得していない様子なのが引っかかったが、さらに何か言うとわざとらしくなると思い、控えることにする。

 すいすい歩く水面の後を追って、共用棟に踏み込むと、そこは混沌とした空間だった。大学当局の指示なのか、最低限の整理はされているようだったが。


「あの……巨大でずんぐりしたクチバシのある置物はなんなんだ?」

「ペンギンの着ぐるみみたいだねー」

「あれは……剥製か何かか?」

「馬の首から上のマスクだろうねー」


 モノ自体がなんなのか、理解できない物体は少ないが、用途の想像は全くできないオブジェが現代美術的に放置されている。


「とゆーか、谷中くん、ここ始めて?」

「ああ……新入生向けのサークル勧誘は外でやってたからな」

「上の階に行くと、もっともーっと凄くなるよ?」


 強調が気になったが、詳細を聞き出そうとは思わない。まずは、一階の奥にあるという現ミ研とミス研が共用しているクラブ室——部屋を共用までできる関係なのに、サークルとして別扱いの理由は水面にも分からないらしい——に辿り着こう。

 棟内に入ってから、歩いた時間は短かった。

 視覚的な不自然さを除くと、特に障害があるわけでもなく、現ミ研の部屋の前、つまり廊下の一番奥に着いた。


「あー、すみませーん。現ミ研の方ですか?」


 水面が声を掛ける。ちょうど、一人の女が、部屋のドアを開けて出てきたからだ。


「はい? そですけど?」


 小さい。

 それが、谷中の第一印象だった。そして……。

 ……大きい。

 顔から視線を下に滑らせたときの、第二印象がそれだ。


「えーと、ひょっとして、笹目さんですか?」

「ですよ? あなたは……」


 水面の声が少し高めのメゾソプラノなら、彼女から笹目と呼ばれた女——いや、胸の発育をのぞけば少女というべきか——は、少し低めのコントラルトだった。


「機さんの紹介でー」

「あー。聞いてます、聞いてます。ちょうど良かったですね。私、買い出しにいくところだったんですよ。ああ、そうでした、笹目早希ささめさきと申します」


 ぺこりと礼をすると、笹目の左右でまとめた髪が揺れた。茶色がかっているが、いわゆる地味目のお下げ髪だった。水色のワンピースのスカート部分が同時にひるがえる。


「ああ……えーと、どうも、水南水面です」

「水面さん……。ですね。んー……あ、そちらは?」


 顔を記憶しようとしたのか、つぶらな瞳がじっと水面を見つめていた。

 呼吸二つぐらいの間の後、ようやく谷中に視線が飛んでくる。


「山下谷中です……えっと、俺は、水面の友——」

「恋人ですか?」

「いや……違います」


 鋭く切り込まれたのを受け流す。


「……そうですか。分かりました」


 笹目は、小動物のように、視線をきょろきょろと谷中と水面の間を行き交わせた後で、そう言った。そして、体ごと水面に向き直る。


「ええと、現ミ研のメンバーを紹介すればいいんですよね、水面さん」

「まー、そうです。お願いします」

「……じゃあ、とりあえず入ってください」


 言いつつ、笹目がドアを開ける。

 室内に入っていく笹目の背中を見て、次に視線を水面に投げた。水面は、その視線には気づかなかったのだろう、顔の向きは部屋の方向に定められている。


「どうぞ、水面さん」


 声が掛けられて、水面が足を進めた。

 谷中もその後に着いていく。自分の名がさっぱり呼ばれないのは、さっき胸に目を凝らしていたのが気づかれたせいだろうか、などと思いながら。


「……」


 部屋に足を踏み入れると、二つの視線が谷中たちを迎えた。

 両方とも男だ。

 一人は、背が高く、肩幅もある。髪も短くしていて、スポーツマン風に見えた。オレンジのプリント入りのTシャツに、ジーンズという組み合わせだった。ミステリー研究会という場所にはあまりそぐわない感じがするのは、谷中の偏見だろうか……。

 もう一人は、背の高さは谷中とあまり変わらず、体つきは水面のほうに似ているぐらいに細い。襟付きの黒いシャツに、ほっそりしたシルエットで木綿の、これまた黒いパンツを穿いているので、細さがいっそう際立っている。髪は長く、癖髪なのかパーマなのかウェーブがかかっていた。不気味、という単語を連想してしまう。


「来客には、挨拶ぐらいしましょうよ」


 笹目が言って、ようやく闖入者に動きを止めていた二人が、思い思いの行動をみせる。


「っていうか、そいつら、だれだよ?」


 肩をそびやかして、笹目に聞いたのは大柄な男。


「……どうも」


 雰囲気に違わぬ、最小限の挨拶をぼそりと返したのは黒ずくめの男。


「ああもう……非コミュなんだから……こちらは、水面さんと、……やま……えっと、谷中くんよ」


 下の名前だけ覚えられてる。

 喜ぶべきなのかどうなのか、複雑な気持ちだった。


「で、水面さん……こっちのデカいのが、本田方史郎ほんだほうしろうで、向こうの暗いのが影中景夫かげなかかげおです」


 容赦のない評だったが、同じサークルにいるとそうなってくるものなのかも知れない、と谷中は思った。とりあえず、挨拶と共に頭を下げる。

 水面もそれに続いた。


「——お二人は、大悟くんについて聞きたいことがあるんですって」


 その笹目の一言で、空気が凍る。 

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