五月十九日 したためた手紙
一筆申し上げます。
もうお手紙をちょうだいすることもないのかと淋しく思っておりました。
このたびは、静御前の絵を添えていただき、ありがとうございました。やはり絵を描かれる方の筆は――水茎は、文字よりも絵の方が雄弁のように思います。とても繊細で美しい絵ではありますが、残念ながらその絵のもとになった身であまりお褒めするわけにはまいりません。
あなたはずっとアキとなって私のお相手をしてくださっていたのですね。責めているのではありません。感謝申し上げたいのです。
あなたは私に新たな色を塗り重ねるようおっしゃいました。気付けば私はとうに新たに筆を落としているのかもしれません。あなたからのお手紙によって。
たしか義経は兄頼朝による追っ手が届こうかというその時、静御前の機転によって逃げおおせたことがあったような気がします。
かつて私はアキに襲い掛かる手をかわすどころか、招き寄せてしまいました。ですから私には静御前のように別れた人を思い続ける資格はないのかもしれません。
それでもかつてたしかにあった想いは私の奥深くまで沁み込んで、私を更に私らしく形作っていくのだと思えるようになりました。
アキを忘れることなどできません。忘れたくはありません。
けれどもその想いを抱えたまま、新たな先へと向かいたいと思います。あなたのおっしゃるように色を塗り重ねていく心持ちになれたのです。お手紙をしたため、そしてお返事をいただいたおかげで。
ひとつ、ご報告しなければなりません。
申し込まれていた結婚はお断りいたしました。あなたは重ねて願って下さったのに申し訳ありません。しかしながら、これは過去の幻影に捉われてのことではないのです。
ご迷惑でしたら、今後はお手紙をお送りするのは控えます。
でも、もし、ほんのわずかでも、私に色を重ねてくださるのなら――。いいえ。身の丈に合わないお願いになってしまいますね。
やはりこれを最後にいたします。
ただ一言お伝えしたくて。
ありがとうございました。私と出会ってくださって。
かしこ
五月十九日
杉村美鈴
水茎の君
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