第?次選考(間章) 嶋井鳴子

 三年ぐらい前になる。


 書鬼官としてデビューし、幼いながらスランプにあえでいた私のもとに、ソロモン出版の神海が訪ねてきた。原稿の催促かと思いきや、大きなサングラスをかけた編集長は、にべもなく告げた。


文色あいろ先生に少し雑事をお願いしたいのですが」


 若いとはいえ、スランプで遅々として筆が進まない作家に雑事を押しつけるとは何事かと思ったが、今思えば彼女なりの気遣いだっただろう。


 つまり、気晴らしでもしろ、という事だった。


「実は、最近一般の出版社の下読みの人間が謎の意識不明に襲われるという事件が起こってまして。おそらく魔導書が絡んでいる――もしくは無意識のうちに魔導書を書いてしまっている一般人がいると我々は推測しています」


 珍しい事件だが、数年に一度ぐらいの割合であることらしい。そのためにわざわざ魔導書出版の編集員が、下読みに派遣されてチェックを行う例もある。


 魔導に精通した人間や3代までに遡って魔術師だった人間には、魔導書は何の害もない代物だ。だが、耐性がない一般人が見ると頭痛、吐き気、最悪意識不明という事態もあり得る。


 かと言って、一般書でも読んでいて頭が痛くなってくる未熟な作品もあると聞く。その辺りの判断は慎重に行わなければならない。


「当事者を見つけたらどうするんだ?」


 編集長の御前だというのに、不遜な態度で言い放った。自分で言うのもなんだが、当時から私はかわいげのない書鬼官だった。


「お任せします。書鬼官としてスカウトするのもよし。作品を回収し続けるのもよし。事情を説明して、作家を諦めてもらうのもよし。……文色先生の判断にお任せしますよ」


 おいおい。若干十四歳の少女にそんな大事を任せていいのか、と思った。


 が、神海こうみ律子りつこという女は業界でも有名な変人で、こういった如何にもめんどくさそうな事は平気で他人に押しつけてくるのだ。

 すでに私も骨身にしみてそう理解していたし、この時は「またか」という思いがあった。


 気乗りしなかったが、部屋の中で原稿に向かっているよりはいい。

 気晴らしに、私は仕事を受けてみることにした。


 原因は呆気ないぐらい簡単に判明した。神海が予想していた通り、無意識に魔導書を書いている一般人がいたのだ。


 名前は秋月あきづき勇斗ゆうと。なんとも厨二っぽい名前だが、ペンネームではないところが気に入った。


 ソロモン出版伝いで、一般出版社に交渉してもらい、彼の作品はすべて私のところに集めることにした。神海が言った三つの選択。判断を任されたからには、ちゃんと作品を見極めたかった。


 それが運の尽きだった。


 学生だから時間があるのだろうが、秋月勇斗の執筆量はハンパない。ライトノベルと謳っている出版社の新人賞に片っ端から応募している。公募を大々的に宣伝していない電子書籍を主とする出版社にもだ。


 ペースでいえば、月に長編三編ぐらいの割合で書いているだろう。プロでも珍しいほどの速筆の持ち主だった。


 内容は――といえば、当然ながら拙い。文章に関しては壊滅的だ。小学1年生でももっとマシな文章を書くかもしれない。しかしアイディアのレパートリーは凄い。テンプレートなキャラクターとストーリーなのに、手を変え品を変え読者に飽きさせないような工夫がされている。

 よくもまあ、次から次へと量産できるものだ、と感心するどころか、呆れて物も言えなかった。


 それからしばらく、秋月勇斗の小説を読み漁るはめになった。


 自分の忠節と使命感に、涙すら浮かんでくるほどだったが、いつの間にかこの拙い小説を読むことが、自分の日課になってしまったのだ。


「フフ……」


 ある時、私は声を上げて笑っている自分に気付いた。他愛もない。ヒロイン同士が主人公を奪い合っている――ライトノベルにはありがちなシーンでだった。


 いつの間にか、秋月のファンになっていた。


 そして気付いた。

 自分の作品も、こうして人が笑ってくれるような作品なのだろうか、と。


 程なくして一般文芸の賞に応募した。魔力をこめないで書く作業は骨が折れたが、思ったより面白かった。そうして幸運にも作家としてデビューする事になったのだ。


 一般文芸の中でも先生と呼ばれる存在になっても、ふと思う時がある。


 文色冥の作品は、嶋井鳴子を笑わせた秋月の作品に勝っているのだろうか――と。


 そんな事を考えているうちに、私は判断を下せず、三年が経っていた。

 まさかその秋月が、自分が所属する文芸部にやってくるとは思わなかった。


「俺! ラノベ作家を志望しています。だから、先生のもとでもっともっと上手くなって、面白い小説を書いて、デビューしたいです!」


 始業式が始まってすぐの頃、文芸部部室前で秋月は入部届けと原稿を渡してきた。


 デビューと聞いて、私は心が痛んだ。

 それを阻んでいる最大の障壁は私なのだ。


 見慣れた原稿の文字を見ながら、動揺を顔に出さなかった自分が誇らしくさえ思う。


 ふと秋月と視線があった。


 小説家に必ずなれると信じている瞳。一片の迷いすら伺うことができない。


 はっきり言って、馬鹿だ。現実はそんなに甘くない。特に場合は――。


 そう――秋月勇斗の第一印象は“馬鹿”だ。いやこの場合、第二印象と言うべきだろう。


 とんでもなく馬鹿だ。目に余る馬鹿。



 しかし、想像通りの“馬鹿”だった。

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