春の襲撃編 7

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 小高い山の上にある立派な木造建築の屋敷。木に囲まれていて、山の上から見ない限り、そこにあるのかもわからない不気味な屋敷。それは寺や神社とかそういうものではなく、別荘と言い換える方が妥当だろう。

 蒼翔達は入学の挨拶をしに、その屋敷へと向かっていた。


 蒼翔は『想力分子』で魔法陣を作り、移動加速魔法を発動しながら山を登る。

 一方緋里は『想力分子』で突風を作り、隣の蒼翔と同じスピードで山を登る。

 2人とも違う『想力分子』の使い方をしているが、速さは全く同じである。どちらも、大量の『想力分子』を使用している。一般人には到底不可能な保有量。蒼翔と緋里だからこそ持ちいるその保有量。『想力分子』によって優劣が決まるこの御時世で、その保有量というのは絶対的な存在である。そして、それによりその人間の価値が決まる。だから蒼翔は少しばかり《劣等生》になるのに抵抗はあったのだが。まぁそれで人間の価値を決めつけてああだこうだするやつは根っから腐ってるやつだから気にする必要はないと思うが。


 その屋敷まで5分程度で着いた。

 目の前に聳え立つ金属製の門。小高い壁に囲まれたなんとも不気味な屋敷。幽霊屋敷とか魔女の家、と言うとなんとなくしっくりくる。

 門の前に立って、門をマジマジと見つめる。

 すると、スピーカー越しに聞こえてくるような声が聞こえてくる。


『やぁ蒼翔君。入っていいよ』


 蒼翔は無言で頭を下げる。すると、門がドドドとゆっくりと開き出す。この門は電動式らしい。

 入ってすぐに見えるのはヤクザの組長が好きそうな庭園。玄関まで続く道を蒼翔は真っ直ぐ前を向いて歩き、緋里はキョロキョロしながら蒼翔の後ろを歩いた。緋里はこういう庭園に興味がある為、隅から隅までじっくりと見ているのだ。

 玄関から入り、入ってすぐに見える階段を上がる。最上階へと上がると、右に曲がってそのまま突き当たるまで進む。突き当たりの手前にある扉をノックすると、中から「入っていいよ」と先ほどと同じ声が聞こえてくる。


 男は数個あるモニターの前で、車椅子に座ってこちらを向いていた。

 白髪にスラッとした顔。優しそうでもなく、怖そうでもないよくわからない顔。


「先生。突然すみません」

「いやいいんだよ?僕はずっと1人だから、君達が来てくれると嬉しいのだよ」


 先生――阿武隈流浪あぶくまるろうは、格闘術の先生。多分、純粋な格闘術だと世界最強かもしれない。しかし、ある事件により左足を失くしてしまった為、今はほぼただのオッサンだ。

 だが、阿武隈流浪にはもう一つ特技があった。それは情報収集。

 流浪は《コンピューターの天才》とも呼ばれている。

 その2つ名の通り、流浪はコンピューターの扱いが日本国内ではトップだ。――言うならば『ハッカー』だろうが。

 つまり、流浪は知りたいことをちゃちゃっと調べれば簡単にわかるということ。


 蒼翔は流浪から格闘術を習っている。左足がないのにどうやって教えるのだろうか、と思うだろう。だが、流浪はコンピューターの天才だ。

 そんな格闘術に特化したロボットを作れるのはこの男しかいないだろう。

 つまり、蒼翔は流浪の作ったロボットと戦っているということだ。そんなの簡単ではないか、と思うだろう。だが、これは相当難しい。操作するのは流浪。つまり、ほとんど流浪と戦っているようなものである。


「それで?何か用があるのだろう?稽古なら少し待っててもらえばすぐできるよ」

「あ、いえ自分達は入学のご挨拶に来ただけです」

「私達は無事入学できました」

「おぉーそうかいそうかい。それはよかった。無論蒼翔君は首席入学のだろう?」

「……」


 蒼翔は返答に迷った。本当のことを言うべきか、嘘をつくか。

 だがこの流浪という男の情報収集能力がヤバイのだ。つまり、もうすでに知っている可能性が――


「――あぁ大丈夫だよ?僕は知っているからね。僕を誰だと思ってるんだい?」

「えぇそうですね。ならばその話はしなくて大丈夫ですね。実は調べて欲しいことがありまして」


「――『バダリスダン』かい。実は僕も気になっていてねぇ、調べていたところなのだよ」


 今日あった出来事を細かく話すと、流浪はカチャカチャと数個のモニターに繋がっているパソコンを弄り始めた。多分『バダリスダン』の資料を映し出そうとしているのだろう。

 蒼翔と緋里は後ろでそれを待っていた。


「出来れば知っている情報を教えてほしいのですが……」

「――犯罪組織『バダリスダン』。ターゲットは《剣魔士育成機関学校》の教師。今現在被害に遭っている教師は市内で8人で、そのうち3人が行方不明で3人が死んでいる。通勤・帰宅時間に襲われることが多く、最初から狙いをつけて襲っているのだろう。現場を見る限り計画性が疑えるからね。それに、狙われた教師は全員優等生教師だからねぇ」

「……」


 蒼翔は無言で無表情だ。だが、内心では怒りに怒っている。

 ただでさえ重要な教師が、市内で3人も死んで3人が行方不明だと言うのだ。絶対に許せない。


 現在、日本の首都は《名古屋》である。これは国が決めたことであり、蒼翔でもその理由を知らない。

 《優劣剣魔士育成機関学校『第1生』》はこの名古屋にある。

 《優劣剣魔士育成機関学校『第1生』》の中に《優等生剣魔士学校》と《劣等生剣魔士学校》がある。つまり、優等生と劣等生では教師が違う。また、教師の中でも優等生と劣等生が存在する。

『バダリスダン』の思考的には、《優等生》というレッテルが気にいらないのだろう。


「蒼翔君が本当に知りたいのはそのトップだろうねぇ」


 どうやら蒼翔の本当に知りたいことは流浪にはわかっているようだ。


「名前は大黒龍おおぐろりゅう。まぁ偽名だろうからどうでもいいんだけどね」

「……知っているのでは?」

「残念ながら僕にもわからなかったよ」

「えぇ!?先生でもわからないことがあるのですか!?」

「どうしてそんなに興奮しているのかわからないが少し落ち着きたまえ緋里君。僕は全知できるわけではないからね。あくまで、データにあることを知れるだけであって、データに記載されていないことは全くわからないのだよ」


 流浪は情報収集能力はとてつもない。だからと言って全て知れるわけではない。

 情報とはいうのは大体が、ネットだったりメモリーだったりとデータとして残るものだ。流浪はそのデータベースにハッキングしてそれを盗み見ることができるだけであり、データなない情報は流浪には全くわからないものだ。


 日本にいるハッカーは現在数少ない。かつていたハッカー達は全員処刑されたのだ。ハッカーは危険人物であり、すぐさま処分しなければならない存在。

 本当ならば阿武隈流浪も処刑しなければならない人物なのだが、流浪は未だに日本に敵意を見せていない。やること全てが日本に貢献していることだらけなのだ。だから蒼翔は流浪を警察に突き出しはしないし、流浪を情報屋として頼っている。無論、遼光には流浪の存在を伝えてある。遼光も隠した方がいいとの判断だった。


「つまり、先生でもわからない人物ですか……」

「すまないね重要なことがわからなくて」

「いえ、無理言ってすみません」


 まだカチャカチャ弄っている流浪に頭を下げる。


「……まぁそんなことは置いといて。とりあえず、入学お祝いパーティーでも開こうか」

「はいっ!」


 流浪の提案に嬉しそうに返事をする緋里。

 まぁ今は丁度お昼だし、こちらとしても有難いので先生の言葉に甘えることにした。


 蒼翔がいつも疑問に思っていることが1つ。

 この広い屋敷で、何故1人でこんな端っこの部屋に住んでいるのか。足が不自由なため、掃除とか食事とかの家事全般はロボットに任せているからそれはいいのだが、わざわざ3階のしかも端の部屋に居座っている理由がわからないのだ。それに、流浪はたまにデータにもない情報を知っていることがある。つまり、誰かから直接聞いている他ないのだ。

 阿武隈流浪という男は謎に包まれた人物である。

 しかし、それだけが理由で流浪と縁を切るわけにもいかない。しかも、蒼翔は流浪と切っても切れない縁だ。

 蒼翔は流浪に注意をしながらいつも流浪と会っているのだ。


 パーティーは大広間で行われた。

 3人と3機と寂しくてはあったのだがそれなりには楽しめたと思う。


 片付けはロボットと緋里がしてくれている。

 緋里はこういう家事はやりたい派なので自分から進んでやっている。流浪に止められてはいたが緋里は完璧に無視した。聞く耳も持たずに。


「まぁ困ったもんだねぇ緋里君も。これが反抗期とかいうやつかな?」

「双子にも関わらず自分はたまに緋里の思考がよくわかりません」


 双子だからといってわかるわけではないのだが。


「ははっ……ようやく君達も高校生か」

「はい。先生と出会ってもう2年ですね」

「この片足を失くしてもう2年」

「その際はすみませんでした」


 蒼翔が流浪と出会ったのは2年前に起こった事件の途中。たまたま通りかかった流浪を敵と勘違いして攻撃したのが始まりだ。

 それはもう接戦で。格闘術は流浪の方がはるかに強いのと流浪も『想力分子』の保有量が結構多かったため、蒼翔がいくら『想力分子』で動きを封じ込めようとしても無理だった。蒼翔は殺す気はなかったので、生きたまま捕らえようとしていた。だから奥の手も使えず苦戦したのだ。

 最終的には足を攻撃して動きを封じたのだが。

 その際、足が片足吹っ飛んでしまったのだ。

 そこのところは蒼翔は人並みに馬鹿である。


 蒼翔が流浪と縁を切れないのはここにある。

 関係ない人を攻撃して片足を失わせてしまったのだ。

 謝っても謝っても許されないことである。


「いやいいんだよ。僕もその時ムキになって反撃したからいけないんだ。どっちもどっちだよ」

「本当にすみませんでした」

「わかったわかった。……そういえば、今日学校の方はどうだったのかな?」

「いきなり戦闘を申し込まれましたよ」


 松田光喜のことだ。あの時は本当にわけがわからなかった。肩がぶつかっただけなのになぜ戦闘をしなければいけないのか。


「それは大変だったね。君の事だからわかっていると思うけど、本当の力を一般人に見せたらいけないよ?しかも今君は《劣等生》だ。そんな力見てしまったら学校が大騒ぎだ」

「わかっています。あの『剣』は今修理中でして、自分はあの『剣』がないと本当の力を発揮できないので心配することはありませんよ」

「ならいいんだけどね。君が世界最強の刀塚玄翔だと知られたら困るからね」

「格闘術においては先生の方が上ですが」

「君に格闘術なんてものは通用しないよ。その前に死んじゃう死んじゃう」


 2人は冗談のように笑っているが、これは紛れもない事実。

 蒼翔に格闘術なんてものは通用しない。その前に殺されてしまう。近づくことさえできないし、蒼翔の攻撃を防ぐこともできないだろう。

 結果的に言えば蒼翔は流浪よりも強い。


 とその時。

 ポケットに入れていた端末がプルプル鳴り出した。

 開いて届いたメールを見てみる。そこには、


『修理が完了したので取りに来て欲しい』


 と書かれていた。

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