第22話 ピーマンと温泉と雅楽先輩

 その後、私と先輩は、料理について話し合った。どうやったらこの作物が受け入れられるか。この国の人たちの好む味に近づけるには、どういったレシピがいいのか、額に汗して話し合った。

 ……畑の雑草を抜きながら。

 よもやの草取りである。雑草がなくなれば、水やりと収穫。採りたてのトマトやピーマンはぴかぴかしておいしそうだが、そういう問題ではない。


「ピーマンって、採りたてを生で食べるとおいしいよ」

「ピーマンを生で食べるのはおいといて、うーたん先輩、ここ試験農場だって言ってましたよね。ディオシアの土で、向こうの作物を育てる。味はともかく、毒性とかのチェックもしてるんですか? 土壌や水や肥料が変われば、人体に影響がでるかもしれませんよね。ディオシアの人たちと人間わたしたちが同じだっていう前提もないんですし」


 獣人の身体がどういう構造になっているかわからないので、私は心配になった。

 たとえば犬にはネギ類は不可だが、アウィラさんは食べて平気なのか。また、ウィ族とクィ族で変わるのか。そういったことがわからない状態で、向こうの食べ物を食べさせていいのか、私には躊躇われた。けして自分が食べたくないからではない。野菜は好きな方だ。


「アウィラたちが食べてくれてるけど、特に問題はないよ。僕が食べても平気だったから、きみも大丈夫じゃないかな」

「アバウト! よもやのアバウト宣言! 先輩、知ってますか? ジャガイモの芽やトマトの葉っぱとかも毒性あるんですよ? ナスなんて、植えた近くの作物にも影響あるっていうのに」

「詳しいね?」

「母が家庭菜園をやってるんです」


 おいしいからと言って、丸ごと口にしてはいけないと、私は母から習った。小さな頃公園で口にしたツツジの花だって、実は毒があったというじゃないか。知らないだけで、毒を含有する植物は身近にあるのだ。


「ハーブだって、一つ間違えば逆効果ですよ」

「そうか……そういうことは考えてなかったな」


 おいしいんだけどな、と先輩は残念そうにするが、今先輩が手にしているカブだって、見た目はむくむくと太っておいしそうだが、口にしていいのかなんて見た目ではわからないのだ。


鬼畜女神ディオシア様に訊けないんですか、そこんところ」

「香香比売様にはいつでも会えるわけじゃないんだよね。言葉を交わせるのは、いつもこの世界へ来るときなんだけど」

「でも、この世界を発展させたいわけでしょう? 訊いたら答えてくれるかもですよ!」


 心配性な私を宥めながら、先輩は腕組みをした。「呼び掛けて応えがあるかな」と不安げにするので、とりあえずやってみようと提案する。


「香香比売様、植物の毒性についてはどうですか? こちらの世界の人たちに影響はありませんか?」


 なにもない中空を仰いで先輩は尋ねるが──まぁ、当然のことなれど、返答はなかった。

 ただ、返事の代わりに、空からすぅっと一筋の光が差し込んできた。光が地面に落ちると、瞬間、あたりに光が奔る。それはけしてまぶしくはなく、どちらかというとあたたかい光だった。


「これが……答えなんですかね?」

「そうかも」


 空からの光を受けた大地は、うっすらと金色に光っていた。それは、空から奔った光が消えた後も、まだ輝き続けている。

 ほんわりと光る土に手を触れて、私は雅楽先輩を仰いだ。


「ここで作った作物は平気ってこと?」

「多分、次にこの世界へ来るときに説明があるんじゃないかな」

「そういえば、年一で呼ばれるって言ってましたもんね」


 先輩のオマケで異世界トリップした私と違って、雅楽先輩は毎年この世界に連れてこられる。来年来るときにでも確認ができるのだろう。


「世界を発展させるって、大変ですね」


 しみじみと言うと、雅楽先輩が頷いた。


          ◆


 しばらく農作業に励んだのち、私たちは収穫した作物を籠に入れて、先程の部屋に戻った。


「いい汗かきましたね。お風呂入りた~い」

「お風呂なら、そっちのドアの向こうにあるけど……」


 泥だらけの手を洗おうと台所へ向かう私に、雅楽先輩はお風呂の所在を教えてくれた。部屋に台所だけでなくお風呂まであるとか、この部屋はどれだけいたれりつくせりなのだ。相当な特別室だ。誰の部屋だ。

 お風呂場を覗いた私は、不意にその部屋の持ち主に思い当った。


「──先輩」

「なに?」


 玉ねぎを吊るす作業をしていた雅楽先輩に、私は自分の推測をぶつけてみた。


「ここって、もしかしなくても先輩の部屋だったりします?」

「っ!」


 私の指摘に、先輩は手にしていた玉ねぎを豪快に床にぶちまけた。この反応は間違いないだろう。


「あのっ、やまし……」

「先輩いいなぁ!」


 台所だけでなく、お風呂までついた豪華な作りなのだ。わからないはずがない。

 私は部屋の中にあった木製の浴槽と、その外に設えてある石造りの浴槽を指さして先輩を非難した。旅館にあるようなかけ流しのお風呂は、どう見ても異世界風ではなく日本風だ。ヒノキのような香りもするし、石造りの方はどうみても露天風呂だし、自室にいて温泉気分とか、なにそれ最高。


「入っていいなら入っちゃいますよ~? ひとりで温泉気分堪能するとかずる~い!」

「…………きみがいいなら、別に使ってくれても構わないけれど」

「ホントですか? やった~! あ、これ温泉ですか? それとも普通のお湯?」

「一応、温泉。ていうか、ホントに入るの?」

「入りますよ? あ、先輩覗いちゃダメですからね!」


 昨日のお風呂のようなおかしな壁画はなかったが、冗談で先輩に絡むと、雅楽先輩は珍しいことに赤面した。取り乱す先輩とか、新鮮である。


「覗くわけがないだろう!」

「昨日のお風呂、先輩の壁画があって驚いたんですよ」

「は? 僕の壁画?」

「多分先輩だと思うんですよね。女神と少年の絵だったし」


 どうやら先輩はあちらのお風呂についてはなにも知らされていなかったらしい。ひどく驚いた顔をした後、聞き取れないくらいに小さな声で、なにかブツブツ言っていた。多分文句とかそういう類だろう。

 しかし、ぼやく雅楽先輩をよそに、そのときの私の意識は完全に温泉に持っていかれていた。

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