生ける屍

戦況は、南朝に不利に動いていた。

しかし、その状況が変化する。帝の重臣である北畠親房の嫡男、顕家がついに上洛の途に着いたのだ。

顕家は、尊氏にとっては鬼門中の鬼門だ。事実、彼は足利軍の猛攻撃を次々と蹴散らし、確実に歩を進めていた。

しかしそれでも足利軍の大軍に兵力を削られ、一時撤退していた。

次に彼が考えるのは、もちろん身近な味方である義貞との連携だ。幸い、北畠軍には義貞の次男である義興もいる。

「まだか?まだ義助殿からの連絡は無いか?」

「来ましたが、また断られました」

「何!?何を考えているのだあの人は!!孤立するのは互いの利に合わないはずだ!!」

顕家もかなり焦っている。少しでも判断を誤ると帝さえも危ない状況なのは、彼も百も承知だ。

「いえ、今回はどうやら今までと少し様相が違うようでございます。少しばかり信じ難いのですが……」

「……何?」

急いで手紙を開く。途端、顕家は目を見開いた。

『このたび書状を戴いた援軍の件、大変感謝している。しかし、誠に遺憾ながらお断りさせてもらう事にした。

もちろん、顕家殿の実力があれば戦況は好転出来ると考えている。ただ、顕家殿を我が軍に迎えられないのには度し難い事情がある。どうやら納得してもらえてないようなので、嘘だと笑われる覚悟で理由を書く事にする。

まず、貴殿は、昨今都周辺で歩く死体が人間を襲うという事例が少なからず報告されている事をご存知であろうか。こちらにも今まで特別情報は入っていなかったのだが、どうやら情報操作が行われているようで、死人の目撃情報は多数存在する。

死人はただの歩く死体ではない。人を食べようととし、噛まれたり襲われた人間は傷の深さに関わらず人を死人と変える病に感染するようで、たとえ生き残ろうともいずれ死人となり人を食らう存在と成り果てるようだ。

――私と義顕は、死人に襲われ、どうやらこの人を死人と変える病に冒されててしまったようだ。

今の所は私も義顕も理性を保っている。しかし義顕のは進行が早く、人肉への飢えは当人に止められない程に膨れ上がっており、時折、不死身となったらしき私の体を食わせて何とか正気を保たせている状況だ。

そこで、不用意に貴殿を迎えて、貴殿にまでこの病をうつすのは不適当だと判断し、援軍の件はお断りさせてもらった。ただ、都周辺での異変という事で、帝が危険に晒されている可能性は大いにある。もちろん、貴殿が赴くであろう戦場でもだ。どうか、道中気を付けてもらえるようお願いしたい。

最後に。

どうやら私は長くないようだ。

死人より受けた傷が私を蝕んでいるようだ。私の亡――』

義貞とは思えない弱々しくかすれた筆跡。意識を失いながら書いたような歪な文字。力尽きたのか、「亡」の後には筆を引きずったような線が伸びている。――どれをとっても、義貞の精神が危機的状況にあるのは一目瞭然だった。

「……どうなさいますか?顕家殿……」

「……この状況では、義貞殿は自らの事で精一杯だろう。私が何とかしよう」

「死人の件は……」

「義貞殿は嘘をつけないお人だ。信じられない話ではあるが、警告には従った方が良いだろう。わざわざ法螺を吹いて私を避ける意義など無いだろうしな」

「……承知致しました」

義興が下がった後、顕家は物憂げに脇息にもたれかかり頬杖をついた。

「一体、何が起こっている……?」

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