惑星アナナブ

第19話とある惑星系の大食い王決定戦

 宇宙暦1億2016年4月22日。

 宇宙船コメットは現在惑星IK-GA84187-7、通称アナナブの宇宙港に停泊していた。


 ……実は二日前には到着していたのだが、シュウトは到着したその日に体調に異変を感じ、昨日は船内の某所にて終日、触手状の寄生体と死闘を繰り広げていた。その結果、シュウトは下半身後部と自らの精神に少なからぬダメージを負いながらも、見事寄生体の封印に成功する。もう二度と出会うことは無いかもしれないが、彼がこの死闘を忘れることは生涯無いだろう……。


  シュウトは今日も外に観光には行かずに宇宙船にこもっていた。まだ心身ともに万全の状態とは言いがたいためだ。どうせ観光に行くなら楽しみたい。あと一日様子を見よう、といったところである。

 シュウトはリビングのソファーに座りテレビのチャンネルを回していた。すると面白そうな番組を見つける。


「4年に一度の食の祭典。第877回惑星系大食い王決定戦。さぁいよいよ決勝戦の日がやってまいりました!この番組は現在アナナブのナナバ広場より生中継されております。今回決勝に残ったのはこの三名です!」

 ナナバ広場と呼ばれた場所の屋外に設置された特設のステージ。そこには撮影用に装飾をほどこされた横長のテーブルと三つの椅子があり、その三つの椅子には三人の人間が座っていた。いや……正確には二人と一匹だが。その手前で一人立っている司会進行役と思われる小さめの中年のおじさんが話を続けた。

「一人目はバラエティ番組でもおなじみ。今大会も本戦から決勝戦まで生き残ってきた紅一点。ギャルホネ!」

 大食い選手とは思えないほどやせ細ったギャルメイクをした女性が朗らかな顔で「頑張ります」と手をふった。パチパチパチパチっと拍手が沸き起こる。

「二人目は今大会のダークホース。どうやって大会に応募したのか。それがなぜ許可されたのか。考えだしたらきりがない!そのもっさりとした愛くるしい姿で竹を食べ続け、気付いたら決勝戦まで残っていたこの生物。ジャイアントパンダ!」

 ジャイアントパンダは両手で竹をこねくり回しながらバリバリと食べていた。こぼれだした笑いとともにパチパチパチパチっと拍手が沸き起こる。

「三人目は前回の覇者。今大会も今までの全戦いを圧倒的な強さで勝ち上がってきた最強の胃袋を持つ男。カバヤ氏君!」

 まるで侍か何かのように強い意志を持った眼差しをした青年が頭を下げた。バチバチバチバチバチっとひときは大きな拍手が沸き起こった。やはり前回の覇者は人気があるようだ。

 座っている順番は左から、ギャルホネ、ジャイアントパンダ、カバヤ氏君の順番だ。


「それでは決勝戦の料理はこちら!つい先日宇宙港に運ばれて来たばかりの珍味中の珍味!レインボーオクトパスの釜茹でです!」

 ――……!!

 シュウトはもう出会うことも無いだろうと思っていたレインボーオクトパスとさっそく再会してしまった。思わずチャンネルを変えそうになったが、番組自体に興味があったためなんとか踏みとどまった。

 会場ではレインボーオクトパスについての説明がされている。加熱されてからも三日間は動き続ける……という説明の場面では会場から小さな悲鳴がいくつか漏れ出していた。やはり現在進行形で動いているものを食べるということは生理的に受け付けない人も少なくないみたいだ。……この番組視聴率とれるのかな?怖いもの見たさで観る人も少なくないかもしれないが。

 それにしても数日前に宇宙港に運ばれてきたばかりって……たぶん違うよな……。シュウトは心に一抹の不安を覚えたが、たとえ誰が運び込んだ物にしてもその人が責められるのは間違っているだろう……と自分に言い聞かせた。

 ――何も起きないといいけど……。


 選手たちの前にレインボーオクトパスの釜茹でが運び込まれる。透明のガラスのボールに一杯1kg程の大きさのタコが5匹ずつまるまる入っているようだ。もちろんみんな元気いっぱいである。……その瞳が虚空を見つめている事以外は。

 準備が整ったようだ。ギャルホネはニコニコと微笑み続け、カバヤ氏くんは険しい顔で腕まくりをし、ジャイアントパンダは竹をバリバリと噛み砕いている。会場は竹が弾ける音以外は静寂に包まれた。

「レインボーオクトパスの釜茹で!三十分勝負!よぉーい……」ボンッ!っと小太鼓が叩かれる。その直後歓声と拍手が鳴り響いた。

 まず先行を取ったのはカバヤ氏君だ。八本足の足の一本を両手で手づかみし、その先端を口に放り込むと一気に噛みちぎった。そしてすばやくあごを動かし咀嚼する。それを四回程繰り返すと足が一本無くなった。一本の足を食べる速さは約二十秒程だ。それを八本分繰り返す。最後に残った頭をガツガツを噛みちぎりながら一気に飲み込んだ。動き回り食べづらいタコを一匹を食べるのに四分弱だ。さすがチャンピオン。

 その後を追ったのはギャルホネだ。初めは動きまわるタコに若干戸惑った顔をしていたが、いざ食べ始めるとまくまくと食べ進んだ。見た感じカバヤ氏君よりも噛んでる回数が少なく見える。全てを噛みしだくのを諦め、ある程度のところで妥協をしている感じだ。

 シュウトはそれを見ながら昨日のことを思い出して、おしりをもぞもぞさせた。

 ――ちゃんと噛んだほうがいいと思うけど……。

 だがこれは大食い大会であると同時に、早食いの要素も必要になってくる。いつまでも噛んでいたらライバルとは差が開く一方なのだ。彼らもプロだからその辺の見極めは重要なのだろう。

 ギャルホネは一匹を5分弱で食べきる。

 ジャイアントパンダはというと……竹を食べ続けていた。おかわりまでしている。彼はここに何をしにきたのだろう?当然食べた数はゼロ杯だ。

 

 司会者のおじさんが各選手にマイクを向けた。

 カバヤ氏君:「これあごが疲れますね」

 ギャルホネ:「食べづらいけどおいしいですぅ」

 ジャイアントパンダ:バリバリバリバリ……。


 開始から二十分が経過し依然トップはカバヤ氏君。既に四杯のタコを食べ終え五杯目のタコも既に足を六本近く食べ終えていた。そこでこのままでは追いつけないと思ったギャルホネがスパートをかける。四杯目のタコの頭を口の中に放り込むと数回しか咀嚼をせずに飲み込む。そして五杯目のタコを鷲掴みにし、その足もほとんど咀嚼をせずに飲み込み始めたのだ。

 テレビカメラや観客の視線が一気にギャルホネに集中する。

 その直後まさかの事態が起こった。ジャイアントパンダがお代わりの手を上げたのだ。完全にノーマークだったため、会場の空気が一瞬固まる。彼の前にあるガラスのボールは既に空になっていた。そして相変わらず竹を食べ続けている。

 「じゃ、ジャイアントパンダ!おかわりです!」

 会場はまだ何が起きたのか理解できていなかった。それはテレビの前の誰もが同じであろう。確かに少し前までは彼は一杯もタコを食べていなかったのだ。それがほんの僅かな時間ギャルホネにカメラと視線が集中したその一瞬にもう目の前のボールが空になっていたのである。

 あっけに取られたのは何も視聴者だけではなかった。むしろ一番ショックを受けたのは彼だろう。カバヤ氏君だ。彼は大きく目を見開いてジャイアントパンダを眺めていたが、不意に口元がほころぶ。そして次の瞬間、オモチャを手にした少年のような表情でタコにかじりついていた。もう先程までのロジックはない。目に入った箇所にかぶりつき豪快に咀嚼をし飲み込む。そんな感じだ。

 ギャルホネもなんとかついていこうと必死に食べる。


 ……そしてギャルホネが六杯目のタコを食べている時に……それはおきてしまった。

 最初に気がついたのは司会者のおじさんだった。

 「おっと。ギャルホネの腹に……なにか異変がおきているぞ」

 カメラがギャルホネの腹にズームアップする。

 元々やせ細っていたギャルホネの腹に物を詰め込んだためパンパンになっているのは分かる。だがその腹が何もしていないのにうねうねと動いているのだ。ギャルホネが驚いて服の裾をまくりあげた。するとそこには……パンパンの腹の一部がグイッと内側から押されたり横っ腹が突き出したり……まるで体内をエイリアンに食い荒らされているかのような悲惨な光景が広がる。

 ギャルホネは自分の腹を見た直後、泡を吹いて気絶した。会場中に悲鳴が響き渡る。カメラがブレ、スタッフ達がギャルホネに駆け寄る。

 

 シュウトはテレビをそっと消した……。


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