小さな家臣たちの思い出『ヌイグルミ騎士団と少女の夢』

子どもは時に自分のぬいぐるみや人形を投げたり、叩いたり、傷つけたりすることがある。そうした時に激しく叱ったり、ましてやその子どもが異常だなどと恐怖してはならない。

ぬいぐるみたちは子どもたちの王国における最も忠実な家臣なのだから。

理不尽な状況に耐え、多くのことが自由にならない王のために彼ら家臣は喜びに満ちあふれて仕えているのだ。


いつか読んだ児童教育の本にこの様な下りがあった気がします。

ほかの部分は何一つ覚えていないのに、おもちゃが子どもの家臣というフレーズだけは強く心に残っています。

これには個人的な思い出が大きいのかもしれません。


子どもの頃、大事にしていたおもちゃを覚えていますか。

ミニカー、ソフビ人形、キャラクター消しゴム、ロボット、手作りの人形……

どれも私の手元には、ほとんど残っていません。


しまい込まれていたり、ほかの子どものもとに行ったものもわずかにありますが、大半は捨ててしまいました。

しかも結構得意げに、幼年期からの通過儀礼として、さほどのためらいもなく。

ですから子供の頃からの付き合いのぬいぐるみをずっとそばに置いている、成人してからもなんて人の話を聞くと正直うらやましさと共に罪悪感が頭をもたげてきます。


少々恥ずかしい自分語りから始めましたが、今回のタイトルは『ヌイグルミ騎士団と少女の夢』

夜になると自分の意志で動き回るぬいぐるみたちを主人公としたゲームです。

プレイ人数は2~4人の協力型。テキストが結構多くて、特殊ルールが突然出てきたりするので「元子ども」向けのゲームですね。

でもメンバーに一人くらい「現役子ども」が入っていると、また素晴らしい体験になるかもしれません。


クマ、ゾウ、ウサギ、ライオン、ブタ、ネコと揃ったぬいぐるみたちが夜の森を探索しているパッケージは何とも可愛らしい。

でもよく見るとこのぬいぐるみたちお肉を叩く小さなハンマーや、ホルダーつき鉛筆で武装していますよ。

さすがは小さくとも「騎士団」といったところですか。


タイトルの脇には「アドベンチャーブックゲーム」と書かれています。

これを「アドベンチャーゲームブック」と勘違いしてAmazon辺りのカートに入れたのは私だけ……でしょうか。


大きめの箱を開けると……いつものゲーム盤が見当たりません。

カラフルな7色のサイコロとそれを入れる布袋、カード類、そして結構たくさん入っているプラスチックフィギュアは目につくのですが。

あとなぜかボタンが入っていたりもします。

実は説明書と共に入っている大判のアルバムめいた厚い本。これこそがゲーム盤の代わりなんです。

この厚い本は挿絵の入った絵本ですが、ところどころに先ほどのフィギュアたちが置けるようなマス目が切られています。

この上で冒険を行う……なるほど確かに「アドベンチャーブックゲーム」でした。


ぬいぐるみたちの冒険は特別な夜に始まります。

それは彼らの主人である小さな女の子がベビーベッドを卒業し、初めて自分のベッドで一人だけで眠る夜。

両親が子ども部屋を離れ、女の子が眠りに落ちると、ぬいぐるみたちが動き始めます。

彼等ぬいぐるみ騎士団の最初の任務は眠った女の子の毛布を奪い、怖い夢をみせる悪夢の使いから小さな主君を守り抜くこと!


この『ヌイグルミ騎士団と少女の夢』は、ボードゲームとして販売されています。

でも実際遊んでみると極めてTRPG(テーブルトークRPG)に近いゲームです。

いえマス目にフィギュアを配置して戦闘するのがD&Dを思い出すとかそういう話ではなくて。


物語(シナリオ)は複数のページで成り立っており、分岐と収束を繰り返します。

あるページでのゲームの成果や、行った選択によって次に向かうページが変わる。

それによってゲーム全体の難易度が上下したり、物語のディテールが変わったりしていきます。

例えば一つ目の物語は女の子の赤い毛布を取り返す旅ですが、目的地への行き方が変わったり、毛布に変化があったりする訳です。


其々のページの中では、悪夢の使いとの戦いあり、ランダムイベントあり、追跡劇あり、協力しての技能ロールチャレンジありと、文字通り何が起きるかページをめくるまで分からない冒険が待っています。


協力・熟考してシステムに立ち向かう、と言うよりはみんなで目まぐるしく変化する冒険の旅を楽しむタイプのゲームです。

このゲームがシステムよりも物語優先にデザインされているのは、ランダムイベントの進行ルールにも表れています。


例えば「『爆発しちゃう~』と叫びながら暴走したロボット(のおもちゃ)が走ってくる」

なんてイベントに遭遇したとします。

取れる選択は二つ、何とか暴走を止めてあげるのか、間一髪飛びのいて逃げるのか。

普通のゲームでしたら、それぞれの選択肢のリスクとリターン(判定方法とか報酬とか)を検討してから決められるはずです。

ところが『ヌイグルミ騎士団』では厳密にルールを適用すると、選択肢の先を読む事は許されていません。

「かわいそう!」「ひえー危ない」「綿が足りない~」なんて叫びながらフィーリングで選択し、物語を作っていくことになります。


物語ゲームの割に悪夢の使いたちとの戦闘はけっこう危険だったりします……黒いダイスだけを袋から引いちゃう超能力者がメンバーにいたりすると特に。

(『ヌイグルミ騎士団』は布袋からダイスを引き出して、その色と出目で判定するシステムですが黒いダイスだけは災厄をもたらすのです。)


まあ戦いは英雄物語やTRPGの重要な要素ですから多少の危険は仕方ないですよね。

それに戦闘がデッドリーと言っても『ウォーハンマーRPG』なんかとは違います。

なにせぬいぐるみたちのお腹からあふれ出すのはフワフワの白い綿ですから。

(ゲーム的に言う所のヒットポイントは【綿】で表して、縫い目が裂けちゃったら【ボタン】で縫い付けたりします)


もうひとつ、ロールプレイ(役割演技)を盛り上げるためには、主人公たちのキャラクターが立っている必要があります。

その点でもぬいぐるみ騎士団のメンバーはとっても可愛く、魅力的。


耳が延びちゃった(小さな主君が持って遊ぶから)ウサギのフロップス。

主君のお添い寝役!女の子テディベアのセアドラ(お腹の縫い跡がヒロイック)

大きなお耳で空は飛ばないけど主君のないしょ話のお相手、優しいゾウのランピィ。

母親から貰った母娘二代にわたる友達、ネコのスティッチじいさん(頭のピンがチャームポイント)

ああ、みんな可愛い!私はセアドラとスティッチが特にお気に入りです。

さらに物語が進むにつれて、まだまだ新しい騎士団員が加わってきます。

間違っても彼らを【アーチャー】【アタッカー】とか【タンク】なんて呼ばないように。


別の意味でキャラクターが「立って」いると言えば駒になるフィギュアを忘れてはいけません。

ぬいぐるみ騎士団の仲間たちや悪夢の手先、大きなボスキャラまでもがフィギュアで同封されてますから、かなりお買い得感があるゲームです。

フィギュアが灰色なのは寂しい気がしますが、これはあれです。古代のメタルフィギュアよろしくキャラクターカードを参照して自分で塗るべきなんだと。


『ヌイグルミ騎士団と少女の夢』を紹介してきました。

このゲームは懐かしく優しい世界での冒険はせかせかせず、じっくりと絵本のテキストをみんなで読めるそんな日に遊びたいものです。


ぬいぐるみの家臣たちの冒険は続きます。

大人になった主君が自分の心の王国……大きな喜びと、かすかな不安に包まれた故郷をなつかしく思い出すその日まで。








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