第41話 剣舞と血河

 砲弾と魔術が交錯した。

 単装の三十ミリ電磁加速機関砲レールマシンガンが一斉に火線を吐き出し、応じるように術式によって放たれた岩と矢が飛ぶ。

 強化された三十ミリ弾はそれぞれ正面と左右の斜面へ打撃を加える。

 正面へ飛んだ火線のほとんどは四足竜の死骸に阻まれるが、何か反撃しようとしたのか、うかつに腕や頭を出した数匹の竜人が吹き飛んだ。

 斜面の敵は木々の影や大岩に隠れたが、十分な強度を持つ障害物は少なく、初弾をしのいでも次弾で直撃を受ける個体も多くいた。

 対する竜人兵が放った岩は三十ミリ砲弾と激突し砕け散る。だが、矢のいくつかは背高バッタに命中した。

 貫通の術式で矢は複合軽装甲に突き刺さる。同時にもうひとつの術式が致死性の毒を生成し、装甲の内側へ注ぎ込む。

 だが、得られた結果は、

〈AZ‐A10:損傷軽微。行動継続に支障なし〉

 配線の数本を傷つけてバックアップ回路を動かし、生なき人形に神経毒を流し込むに終わった。



 三機の背高バッタは、携行していた三百発ほどを撃ちつくし、レールガン装備を丸ごと爆砕ボルトで排除パージ。その場に投棄し、突撃を再開する。

「B13、近接格闘モード、フルオート。突入!」

〈AZ-B13:了解。近接格闘モード・フルオート〉

 そのうち第二小隊を預かる戸田少尉が、まず自身の指揮下にある背高バッタを突入させた。

「二小隊、続いて突入! B13に敵を取り付かせるな!」

 続けて戸田少尉は自身の小隊の十六体の機械歩兵を突入させる。こちらも法官たちにより魔力を帯びた装備を揃えている新型装備だ。

 機械歩兵たちは、時速五十キロで駆けながら背高バッタB13に追従。電磁加速式の突撃小銃を発砲し、敵を物陰に釘付けにする。弓を構えたり、剣を持って飛び出すような敵が現れないよう、少しでも姿が見えた場所には銃弾を叩き込んでいく。

 そうして援護を受けながら、背高バッタB13は敵中のど真ん中へ飛び込んでいく。



『く……怯むな! 術を放ちつつ、こちらの間合いまで引き付けろ!』

 オベルムは剣を構えながら、魔獣を睨み付け指示を飛ばす。

 鉄塊の嵐を放ち終えたらしい魔獣は角を脱ぎ捨て、そのうちの一体が人間の兵士たちを従えて迫る。

 四体同時でないことは、オベルムたちにとっても好都合だった。あんな巨大な敵を、四体同時に相手になどできるはずもない。一体ずつ、慎重かつ確実に。全力を結集しなければ倒せないだろう。

 魔獣に追従する後方の人間もわずか十六と数は少ない。魔力は薄いようだが、補給源としても使えるはずだ。小石程度の鉄塊をしきりに飛ばしてくるが、そんなものに倒される竜人ではない。

『矢は鎧を抜けた! じきに毒が回るはずだ。粘れば倒せるぞ! キエラド、シブン! “竜の戒め”を放て!』

『『承知!』』

 瞬間、岩の腕が二本脚の魔獣の足下から、地面を突き破り伸び上がった。

 巨大な上級重竜すら大地の重さで抑え込む大技。魔術妨害が常に満ちるこの状況下では特に手練れの二人にしか為し得ない。まさに達人の技は、確かに想定通りの現象を引き起こした。

 瞬時に天へ伸びる岩の腕。

 しかし、オベルムが確信した勝利は、すぐに幻だと知らされる。

『まさか、避けただと……!』

『奴め、空に……っ!』

 キエラドとシブンの念話にオベルムも反射的に上を見る。

 いつの間にか、二本足の魔獣は青い炎を上げ、熱風を吹き下ろしながら、空へ飛び上がっていた。



「……っ……! よくやったB13!」

 ダメか、と思った直後。機体が敵の大技を回避しきった事を知り、戸田少尉は安堵の声を上げた。

 指示はできなかったが、AIは自律判断により緊急回避を選択。

 脚部のスラスターを吹かせ、同時に人工筋肉による脚部のしなりを最大限に活かし跳躍。機体はすんでのところで岩の大腕から逃れ切ったのだ。

「足下からの岩攻撃には第二中隊を星にされた前科がありますからね……。学習させていたとはいえ、AIもよく判断してくれたわ」

 感嘆したような玉川大尉の言葉に「いや星にはなってませんからね?」と第二中隊の隊長が何かを言ってくるが、第四中隊は揃って無視。

「中隊長、B13は機銃で牽制しつつ、後方に下げます」

 出鼻をくじかれた以上、突撃は無理だ。そう判断した戸田少尉の報告に、玉川大尉も頷く。

「仕方ないわね。川口少尉、代わって君のC17および第三小隊で突撃」

「りょーかい!」

「高戸中尉、君の第一小隊はB13の着地位置の確保を」

「了解」

「戸田少尉のB13は後退して待機。二小隊は中距離支援に切り替えて」

「了解です!」

 宙に逃れた背高バッタB13は空中から十二・六ミリ弾を撃ちながらスラスターを吹かせて後退。火薬式の小口径弾は竜人には通じないが、牽制くらいにはなる。

 同時にB13に随伴し前面に出ていた機械歩兵第二小隊は突撃銃を撃ちながら後退。敵の頭を抑えながら、背高バッタC17と前に出てきた第三小隊と戦線を交代する。

 そして、役者は前線に立つ。

「C17突撃! チャンバラの時間だ! 存分にやっちまえ……!」

 川口少尉の威勢のいい声に応えるように、敵を認識したAIがテキストを返す。

〈AZ-C17:近接格闘モード・フルオート。脅威目標確認。交戦距離まで五秒。ブレード展開〉

 後方から追随する第三小隊の援護射撃を受けながら、背高バッタC17が跳躍。同時に格納していたワイヤーアームを展開する。

 イソギンチャクの触腕にも見紛う黒い腕。その先端には、帝国の重鎮たる枢機卿により直々に儀式刻印を施された高周波ブレードが備えられていた。

 C17は四足竜の死骸を飛び越え、着地。

 触腕の届くエリア内に存在する十二の敵影。AIはそれらを最短距離で結ぶ四本の軌跡を弾き出し、

〈AZ-C17:脅威目標の排除を開始〉

 高周波ブレードは正確にその軌跡をなぞり、刃に撫でられた十二匹のトカゲ人間はその通りに斬り飛ばされた。



 ……斬魔の術だと!?

 オベルム分団長は耳障りな高音を発する剣を見て確信した。

 それに刻まれた術式刻印は、彼ら竜人たちが揃って手にする剣“刻印の牙”と同じもの。敵の魔力防護を切り裂き、同時にその力を吸い取りその身へ蓄える術式だ。

 人間どもがそれを理解し、複製したというならまだわかる。下等とは言え言葉と道具を扱う種族。そのまま真似をし簡単に魔力でも込めれば動く式だ。

 だが、

 人間ですらない、二本足の魔獣。快速竜や重竜と同系種らしい騎乗生物だとばかり思っていた。

 あの鉄塊を飛ばす角も、そういう特性を持つ生物だと考えればまだ筋は通っていた。だが、触手で剣を扱う魔獣など聞いたことがない。まさか、道具を扱う知能があるのか?

『だとしても……!』

 どのような生物であろうと、脚は弱点だ。鎧をまとってはいるが、関節は弱いはず。そこを潰せば。

 オベルムは剣を鞘へ戻し、斃れた重竜の荷物から予備の弓と矢を取り出す。

『弓だ! 鎧抜きの術で脚、関節を狙え!』

 号令をかけながらオベルムは重竜の陰から弓を構え、狙う。

 図体のわりに恐ろしいほどその動きは俊敏だ。近くの兵を片端からなで切りにしながらも、ある瞬間には跳躍。着地と同時に目にもとまらぬ早業で的確に兵を斬殺していく。

 ……急がねば……!

 こんなバケモノを正面から相手にしていては瞬く間にこの場は屍山血河と化す。

 だが敵の魔術妨害による頭痛は一向に治まらない。術式を構築し魔力を込めるのにも通常の倍近い時間がかかる。

 どうにか狙いを定め、動きが止まったわずかな一瞬を狙って、オベルムは矢を放った。

 ……行け!

 術式の補助を得て矢は真っ直ぐ敵へ飛んだ。しかし関節には当たらず、脚の鎧に

 ……遅かったか!

 兵を斬り、その血を吸った魔獣の魔力が増している。鎧に刻まれた耐術式防御の刻印が既にオベルムの術すら弾く力を得たのだ。

 ……なら、どうする!?

 オベルムの矢がダメなら、もう他の兵の矢は通じまい。やはり剣をもって制するほかない。

 しかし、近付こうにもあの四本の腕は生半可な数では太刀打ちできない。

『答えよ! この声が聞こえるものよ!』

 自分の近くに絞って念を飛ばす。答えたのは五十三人。

 オベルムは念で手早く策を伝える。その間にも魔獣は飛び跳ね、五人が断末魔と共に斬り刻まれた。

 残った者たちのちょうど中間地点へ、四人の兵を囮として飛び出させる。

 囮に釣られた魔獣は一目散に飛びかかってくる。四人は宙へ跳んだ魔獣に凍結魔術を仕掛けるが、短時間では強化された敵の術式防御を突破することも叶わない。

『後は頼みます!』

『どうか勝利を!』

『武運を!』

『分団長!』

 着地した魔獣の四本腕が剣を振るい、四方へ回避を試みた四人の身体はあえなく両断され鮮血をまき散らした。

 ……すまん!

 だが、着地させ、剣を四本とも振らせた。その瞬間に魔獣がわずかに動きを止めることを、オベルムは見抜いていた。

『今だ! かかれ!』

 念令とともに、残った四十六人で一斉に飛びかかる。

 ある者は跳躍し、ある者は身体を低くし、ある者は真っ直ぐ剣を構えて。

 一度に全員が刈り取られることのないよう、わずかに高さや速さを変えての突撃。

 例え四本の腕があろうと、捌ききるのは不可能だ。

 どれだけの死者が出ようとも、

 ……生き残ったものが取り付き、手傷の一つでも負わせられれば。

 いかに御されていようと、生物であるならば、攻撃から回避に転じるには一拍の遅れが生じるはず。

 狩猟生物を調教したのであれば、パニックから強引に包囲を突き抜けようとするかもしれない。だが、一点突破を狙ったとしてもどこかに誰かが取りつけば状況を打開する鍵になるはず。

 だが、その魔獣は欠片もパニックに陥る様子を見せなかった。ただ、脚を折り曲げ、

『跳んだ!?』

 誰の手が、誰の剣が届くよりも早く、

『……逃げられた!?』

 天高く、飛び上がった。



「さすがにアレは無理だろ!」

 川口少尉が緊急待避の指示を出したのと、AIが自己判断で対処不能と判断し回避挙動に入ったのはほぼ同時だった。

 C17はスラスターを噴かせながら斜面に着地。

〈AZ-C17:緊急待避を完了。周囲に対処不能事象なし。付近に脅威目標を確認。戦闘を再開します〉

 だが、その周辺にも敵はいる。攻撃へ移ろうとしたC17を、玉川中隊長が止めた。

「C17は指定ポイントへ移動、待機しなさい」

〈AZ-C17:了解。指定ポイントへ移動開始〉

「えっちょっ」

 狼狽する川口少尉の抗議を無視し、玉川中隊長は高戸中尉へ向かい、

「高戸中尉。A10を出して。今ならまとめてやれるわ」

「了解。A10突撃。第一小隊は随伴援護」

〈AZ-A10:近接格闘モード・フルオート。ブレード展開〉

 高戸中尉が待機していた背高バッタA10を突撃させる。跳躍と同時に触腕を展開し、高周波ブレードが振動を開始。

 C17に一斉に飛びかかったトカゲもどきたちは、目標を失って同じ場所に固まっている。一度に数を減らすチャンスだ。

〈AZ-A10:目標、交戦距離。脅威目標の排除開始〉

 着地。触腕がうねり、高周波ブレードが体勢が整わないままのトカゲの群れを一度に薙ぎ払う。モニターの向こうで、バケツをひっくり返したように鮮血がぶちまけられた。

 一方的な虐殺のように見えるが、それだけ敵の数が多いということだ。リスクの高い近接戦闘では、少しでも気を抜けば瞬く間にこちらが食われかねない。

 今の一瞬も、AIの判断が遅ければ貴重な機体を一つ失いかねなかったところだ。

 そんな状況で、

「……川口少尉。今のアレは明らかに囮だったでしょう。どうしてAIを止めなかったのかな」

「いや、多分魔力も溜まってた感じだったし、罠でも行けるかなって」

「わかりました。後で報告書ですね」

「げっ……!?」

〈AZ-C17:待機モードへ移行。指示を願います〉

 オペレーターの悲鳴もどこ吹く風。背高バッタC17は安全域まで待避し、随伴の第三小隊を連れて待機状態に移行した旨を報告した。



 部下の血を全身に浴びながら、オベルムは薄々その存在の正体に感づきはじめていた。

 魔力を持ち、術式刻印に正しく魔力を注ぐ存在。

 誰に御されることもなく、本能のままでもなく、本能を喪ったような狂気の片鱗もなく、ただ淡々と敵を殺す、怪物。

 あれだけの大型で、手当たり次第に殺戮するような存在であるにも関わらず、包囲にまったく動揺することなく逃走を選択し、あまつさえ即座に交代するように別の個体が飛び込んでくる、この動き。

 ……まさか、魔術人形ゴーレムか……?

 少なくとも生物ではないと、オベルムは確信した。あれは獣とはまったく異なる存在だ。

 事実、初めに撃ち込んだ毒矢がまるで効果を現す気配がない。術式自体は解呪された様子もなく、その気配は健在であるのにもかかわらずだ。

 だが、敵自身が魔力の気配をかき乱している中で、正確に動く魔術人形などあるのだろうか。いや、おそらくは操作する何らかの手段があるのか……。

『くそが……!』

『導きの龍の加護を……!』

『仲間の仇――!』

 精鋭と言われたはずの兵たちも、魔術妨害で万全とは言えない状態で飛びかかり、次々に斬り刻まれていく。

 おおよそ常識的な動きを拒絶したような、鞭のような四本の腕。それが振るう剣は、鱗の加護はおろか、同時に魔力を込めた剣『刻印の牙』すら容易く両断する。

 そして、何より厄介なのが、敵が交代する、ということ。

 追い詰めたと思えばその脚で即座に跳んで逃げ、たたみかけるように遠くに控えていた別の個体が飛び込んでくる。

 この、大半の生物ではおおよそあり得ない動きを見せられた時点で『数を活かして近づきさえすれば』という目論見が全く外れたことを、オベルムは認めざるを得なかった。

『くそ……皆、いったん下がれ! あの腕の届かぬ場所まで下がるんだ!』

 念を飛ばし、自身もあの化け物から距離を取る。

『こっちだ!』

 ある小隊長がとっさの判断で斜面へ駆け上がる。彼の仲間が続き、斜面に登っていく。

 だが、慌てたのか、これまでの訓練が染みついていたのか、部下たちはまとまってその後へ続いていき、

『よせ! 固まって動くな……!』

 オベルムの呼びかけの直後。小隊長から答えが返る間もなく、三十人ほどがまとめて鉄塊の嵐に叩き潰された。

 見れば、オベルムたちに加勢しようと斜面から降りてきた兵たちも次々と叩き潰されている。空からだけでなく、それは遠方の人間や、角を残した魔獣からも放たれているようだ。

 逃げ場は塞がれ、隘路に舞うのは剣と血の嵐。

 陣形の建て直しもできないまま、残された兵たちはみるみるうちに刈り取られていく。

『まさか、闇龍の使い……』

 誰かが、断末魔の念を遺して散っていった。

 神話にのみ生きる冥府を司る神龍。闇龍。その使いとされている、膜翼の生えた首なしの子竜。

 絵画とは似つかない姿だが、この絶望的状況でそれを連想するのは仕方のないことだろう。

 言われてみれば、まさにその通りだ。寿命の迫った竜人を迎えに来ると言う、首なしの竜。

 奴を狩るためには、いったいどうすればいいのか。

 オベルムが答えに至るには、あまりに時間が足りなかった。



「異常高熱源反応複数! 熱エネルギー魔法です!」

「了解! A10、熱源へ射撃しつつ後退!」

「第二小隊、熱源へ射撃開始! 一発も撃たせるな!」

「D26照準、優先射撃目標を変更。残弾全て叩き込め……!」

 おっかなびっくり進めていた戦術がようやく軌道に乗り、第四中隊はもはや中隊長の指揮なしで状況を回せるようになっていた。

 圧倒的な数の差を、その連携と機体性能でひっくり返し、敵ベータ群本隊は、すでに第四中隊との交戦開始からその数を半分以下にまで減らしていた。

 川口少尉が引っかかったような囮戦術や統制された攻撃行動を取ることもなくなり、抵抗も散発化している。このあたりが幕の引きどころか、と玉川大尉は判断。

「大隊長。ベータ群本隊へ降伏勧告を行っても?」

 玉川大尉の提案に大隊長は戦況を確認。わずかに時間をおいて、

「そうだな。許可する。総督代行へは私から連絡を取ろう」

 大隊長も頷く。

 ……あの敵は、乗ってくるでしょうか。

 徐々に疲弊の色を見せ始め、睨み合いの様相を呈してきた戦場を前に、玉川大尉は静かに待つ。結論が下されるその瞬間を。



「降伏勧告、ですか」

 ティルが見せられた羊皮紙には、カズキの筆跡で帝国語の文章が綴られていた。

 降伏を呼びかける文章と、それに対する想定される敵の応答、そして返すべき答え。

「わかりました。注意するべきことはありますか?」

「想定される問答も多少走り書きしてありますが、時間がないので説明は省いてあります。疑問があれば僕が口頭で補助します。多少時間をかけても冷静な受け答えをお願いできますか」

「……やってみます」

 カズキが羊皮紙に書いた帝国語の文案を改めて読み直しながら、ティルは念を飛ばす。

 先ほどとさほど変わらぬ場所に立つ、魔の者どもの軍隊へ。

「聞こえていますか。あなた方にもう勝ち目はありません。武器を捨て、投降してください。そうすれば、生命の安全は保障します」

 意識を言葉に集中させるべく、肉声を発しながら飛ばした念。

 わずかな沈黙を挟み、返答が来る。

 先ほどと変わらない。ぶっきらぼうで強く鋭い念だ。

『投降だと?』

「そうです。捕虜として、私たちの保護下に降りなさい。もはや大勢は決しました。これ以上の殺し合いは無意味です」

『無意味か。無意味というならば、貴様らの捕虜になることこそ、この戦いを無意味とするところであろうな』

「それは、どういう……」

『ならば、逆に問おう。我々がこのまま逃げ帰るとして、貴様らはそれを認めてくれるのだったな?』

「それは――」

 もちろんそうだ、とティルは反射的に答えようとした。けれど、手にした羊皮紙の中身は全くそうではなかったことに気がついた。

 ……これって……!?

 ティルは自分の言葉を呑み込み、カズキへ視線で問いかける。

 自分は何を語るべきか。何を告げるべきなのかを。

 カズキは静かに頷き、答えを示す。

「降伏は認める。でも、彼らを逃がすことはできない」

 それが、今ここでティルが敵へ伝えるべき言葉。

 だが、理由も解らぬまま敵へそのまま伝えることはできない。考えずに操り人形にはならない。ティルは総督代行としてずっとそうしてきた。

 カズキもそれを知ってか、言葉を続ける。

「この敵の狙いは、おそらくは侵攻ではなく情報収集だ。そして、敵の数を前に僕らは多くの手札を、情報の断片を晒した。晒さざるを得なくなった」

 ティルは必死でカズキの言葉をかみ砕く。

 敵は自分たちのことを調べに来た。そして、カズキたちは帝国を守るためにその情報を提供してしまった。


 ――無意味というならば、貴様らの捕虜になることこそ、この戦いを無意味とするところであろうな。


 敵の言葉からも明らかだ。彼らは命を賭しても情報を取りに来て、そして生きて帰ることを任務としている。

 それに対して、自分たちがすべきことは。

「このまま奴らに戦訓を持ち帰らせば、いずれ僕らの兵器すら打ち破るような魔術を、敵が生み出すことになるかもしれない。そうなれば僕らですら帝国を守ることは危うくなる」

「…………!」

「敵の情報は武器であり、自分たちの情報は弱点だ。部隊を、兵器を晒すことになったのは僕らの力不足ゆえだけど、流れる情報をここで少しでも減らすことはできる。だから、彼らは一兵たりとも帰すわけにはいかない」

 ……敵の生命の有無は関係ない。ことこそが、カズキさんたちの狙い。

 はじめに撤退を勧告したのは、重要な情報を持たない状態だったからに過ぎない。そして今の敵は、もはやそうではない。

 だから、ティルが告げるべき言葉は、

「――降伏は認めます。ですが、もはやあなた方を逃がすわけにはいきません」

 それに対して、敵の将軍は無言。次いでどこかティルをあざ笑うような感情が飛んできた。

『貴様は、まったく愚かだな』

「何を……!」

『念を隠すこともできぬとは。人間とは、まったく理解に苦しむ生物だな』

 その一言で、ティルは今のやりとりが、自分の思考がそのまま敵に漏れ伝わっていたことを察した。屈辱と情けなさに思わず赤面する。

『……だが、貴様の背に隠れた者に伝えるといい。我々は貴様らを侮っていた。だが、二度と侮ることはないと。我々は命を賭して貴様らの卑劣な策謀に抗おう。最期の最期までな』

 おそらくはカズキを指したであろう将軍の言葉に、カズキはわずかに眉をひそめた。

『繰り返す。降伏はしない。我々は必ず帰り着く。我々の故郷へ。さらばだ。愚かなエサの代表よ』

 その言葉を最後に念は途絶えた。

 降伏勧告は拒絶された。それ以上に続けるべき言葉を、ティルも持っていなかった。

「カズキ、さん……」

「仕方ありません。守るべきは帝国の人たちだ。彼らではない」

 おそらくは誰も間違ってはいない。この決断は、きっと正しかった。

「1LMHQ。こちらクイーン00。――敵は降伏勧告を拒絶しました。おそらくこの後、逃走に移ります。引き続き処理を願います」

 カズキが上空のかげつと交わす言葉を聞きながら、

 ……そう。正しかった。絶対に。

 ティルはただ、自身にそう言い聞かせ、静かに舞を再開する。

 彼らの魔術をただ一つも許さぬように祈り、もはや誰一人とてここから帰さぬとの決意を秘めて。

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