第32話 狼煙が上がる
結城遼太は、巨大な鳥の中にいた。正確には、超大型全翼巡空母艦“おおとり”の格納庫内に。
「いやいやいやこれ落ちるでしょう!? 落ちませんか!?」
そこに固定された人型航空機“迅雷”のコックピットの中で、結城は恐怖を紛らわすように悲鳴じみた叫びを上げた。
母艦がどうやら本来の用途を離れた動きをしているらしいというのは、そこであっても明らかに身体に掛かる加速度で感じることができた。
データリンクでも、艦が“予定通り異常に降下している”との情報は閲覧できていた。つまり、端的に言って自分たちは地面に激突する寸前である、と。
《おいバカうるせぇぞちょっと黙れ》
そんな曲芸に付き合わされながら動揺する様子もなく、結城を諌めるのは速水直哉中尉。
《墜ちる墜ちるってな。そう言ってると墜ちるんだ。墜ちないと思え》
むしろサラッと非科学的なことを言い出してこの人は前世紀の呪術者か。
「いやだって高々度滞空が前提の超大型全翼艦で低空デモ飛行とか! しかも完成直後のものを無理やり持ってくるなんてVIP巻き添えにして自爆大会でもする気ですか!?」
結城自身も、事前のブリーフィングで一通りの話は聞いたし質問もした。
艦全体には大出力重力制御ユニットを組み込んであるから、多少の無茶は効くという理屈は解る。
それを賄うだけの大出力電源たる抽出炉は積んであるし、海上での事前実験も行ったと聞いた。
だが、コレはどう考えても多少の域を飛び出しているのではないか。
……
だが、上司である村瀬弓佳少佐は相変わらず涼しい笑みを浮かべたまま。
《心配いらないわ。旦那さまができると言ったことはできるのよ。大丈夫》
理屈も根拠もないよくわからないことを言っている。結城には時々この人が本当に人間かわからなくなる。今がそうだ。
上司と先輩にはまったく相手にしてもらえないので結城はもう心のなかで祈るしかなかった。
……落ちませんように落ちませんように落ちませんように。
祈りが通じたのか。あるいは取り越し苦労だったのか。
やがて、艦の揺れは収まり、ゆっくりと持ち上げられるような加速感。
まもなくブリーフィングで示された通りの時間に、予告された言葉が飛び込んできた。
《予定ポイント通過。周辺微風、
航空管制官からの通信。“おおとり”の展示が終わり、次は結城たちの番が回ってきたことを告げていた。
《展示飛行、行くわよ! ふたりとも?》
《了解!》
「……了解です!」
威勢のいい二人に置いていかれぬよう、結城も腹から声を出して応えた。
*
大きな翼を持った艦の胴体、その後部から次々に影が飛び立った。
ティルにとってはそろそろ見慣れた、鋼鉄の巨人たち。迅雷の影。
それらは整然と並び一列に発艦、飛行。自らの姿を誇示するように城のテラスをかすめてゆき、そこから一望できる平原へ順々に、着陸していく。
旗を持った機や、剣を携えた機がずらりと並ぶと、それらを背にして、ティルは改めて大神将への言葉を続けた。
「巨大飛行機械“ジンライ”も、閣下のために働きます。この他、I.D.E.A.から多数の兵力も閣下にご協力いただけるよう、確約を頂きました」
「これは……」
「重ねて、お願い申し上げます。どうか、大神将と謳われる閣下の指揮で、魔の者どもを打ち払ってはいただけませんか」
驚く大神将に、畳み掛けるように言葉を放つ。
「……なら、聞かせてもらおう。ここまでして、これだけの力を持ちながら、なぜ自分たちで戦わない。なぜ我を必要とする」
それはある意味、正しい問いだ。
ティルたちが――I.D.E.A.が全てやってしまえばいいと。だがそれではダメなのだ。
「閣下。帝国の安全は、帝国人が守らねばなりません。たとえ力を借りるとて、そこは変わらぬ鉄則と、私は考えております」
これは、カズキからも幾度も伝えられた言葉だ。
今は“
このまま永く定住するかもしれないし、もし何かが間違えばある日突然、帝国からすっかり引き払うこともありうるのだ、とも。
だからティルは改めて自分が、帝国が歩むべき道を見定めた。
カズキたちに力を借りずとも、立ち行ける帝国を造るため。
そのために今、借りられるだけの力を借りて困難を打ち払うのだと。
「帝国において最も魔の者どもと戦い、それらについての知見を持ちえているのは、閣下をおいて他に誰がおりましょうか」
「それが敗北ばかりの経験でもか?」
「書物にある建国戦争の記述も既に数百年前のもの。現代の彼らとの戦いに、閣下の生きた経験は何より欠かせぬものとなります」
なるほど、と静かに頷く大神将。ならば、と顔を上げティルを見据える。
小馬鹿にしていたような雰囲気の一切は既に消え去り、ティルを正しく政治家として射抜く目で。
「一つ聞かせてもらおう。ここまでして、貴殿は何がほしい? 一体何が目的だ」
「境界線の安定と、帝国臣民の平和と安寧です」
ティルは即答した。迷いなどない。一切の虚偽が交じる余地もない。ただの本心を。
「巫女であった私にとって、願うべきものは帝国臣民の幸福。目的はただそれだけです」
「……は、キレイ事を――」
子どもじみた理想に嘲笑を浮かべようとして、大神将はすぐにその笑いを消した。
「――では、ないのか。……ガキみたいに澄んだ目をしてやがって。本気だと、そういうのだな」
「はい」
「……これはとんだお子様がいたものだ」
ティルの頷きに大神将は再び笑みを浮かべる。しかしそれはもはや悪意を持たない、呆れと尊敬の入り混じったもの。
次いで大神将はI.D.E.A.の制服を着た、外交部へ顎を向けた。
「そこの狸どもは色々抱えてそうだが、どうなんだ。あれだけの兵を出して、貴様らは何が欲しい?」
それに対し、ミツバが頷き、即答する。
「食糧。それを得るための豊かな農地です。そのためには、ザッフェルバルの安定は必須。双方の利害関係は一致しております」
「……いいだろう。どのみち、ここまでされて引き下がれる将がいるものか」
「では……!」
「その話、乗らせていただこう」
不敵な笑みとともに、大神将はティルに向け、手を差し伸べた。
*
かくして、共同戦線の約定は成った。
地上では、ファドル・リフオン城塞の近郊に航空連絡船の発着場が建設され、大神将のI.D.E.A.指揮管制システムの習熟が進められた。
空中では、一部の艤装を中断して離陸したおおとりの最終艤装が始まった。
西方大陸から急ぎ飛んできた“おおとり”は、本体構造や主機などの動力系はほぼ完成していたものの、内装などの工程の多くを未了で飛び出してきた。
ゆえに、“一度入ったら出られない”帝国領内に飛び込んだおおとりは、必然的にそれらの作業を帝国上空で行うことになった。
月のファクトリーからの資材は、西方ではなく急遽帝国に投下。その資材を積んで離陸したあけぼしは、高々度の空中でおおとりと並走。資材の受け渡しと艤装を空中で行うという前代未聞の作業となった。
高い難度の作業が続く中、数件の作業用資材や無人機が落下する事故を経ながらも、当初の予定通り作業が進んでいく。
並行して境界線の監視情報網も部分的に運用が開始され始めた、そのさなかだった。低軌道ステーション“かきつばた”からの警告が飛び込んできたのは。
「報告! ……敵前線駐屯地より大隊規模の敵騎兵隊が帝国へ向け出発したとのことです!」
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