第3話 短い安らぎの時間

 朝の空気を吸い込んだ清々しい教室。

「相田ー」

「はい」

 ふざけた家族とふざけた毎日を続ける俺にとって、安らぎの空間。

「飯田ー」

「はい」

 教師の島中田ひろみ(28歳独身)が、朝のホームルームで出席を確認している。

「上田ー」

「はい」

 教室中に響く生徒たちの元気な声。

「江田ー」

「ういっす」

 あの騒がしい連中とは無縁の、当たり障りの無い良い人間関係を築けるクラスメイト。

 ゆったりとしたこの時間が、人生で唯一のオアシスだった。

 ここに唯一の不満があるとすれば、

「蟹江田ー」

「はい」

 なんで「お」を抜かしたのかということだ。

 いや、もう聞いてはいる。校長曰く、

『「お」が、入学してくれなくて』

 バカか。

 一つのクラスにこういうアホな編成をする意味が何処にあるのかと小一時間問い詰めた。

 すると校長は涙目で、

『だって、面白かったからつい』

 ついじゃねぇ。

 ここでハゲ頭で小太りの中年校長だったらPTAにでも投書すればいい話だ。

 しかし事はそうはいかない。

『わ、私だってこんな面白くなるなんて思ってないもん!』

 幼女にしか見えない18歳という、実に微妙かつ「社会人出来る年齢」という合法……いや、別にもっと若くても社会人はいるだろうが。

 それにしても訴えづらいキャラにしてくれたものだ。

 っていうかウチの学校の卒業生で母親が経営者なんだから、いいのかもしれない。

 ちなみに口癖は『私は完璧ちょーじんだからいいのだ!』だ。

 取りあえずスリッパで叩いておいた。

「木梨ー」

「はい、先生。朝ご飯は食べてきました!」

 ゆうこ。朝ご飯の話は聞いていない。

「そっかー。木梨は今日も元気だなー。で、何を食べてきた?」

「はい、先生。しなにょんです!」

 それも聞いていないし食べさせてねぇ!

「そっかー。ついにしなのんも卒業かー。おめでとー」

「んなわけねぇだろ! さっさと先に進めろよ!」

「教師に向かってなんて口の利き方だコラ」

 教師――ひろみちゃんのキッツい熱視線が飛んでくる。

 人を殺れるレベルの。

「まぁいい。後でしなのんにはハンコを押してもらう罰を与える。竹下ー」

「って待てコラ。何にハンコを押せって言うんだ!」

「あれ、お前いつから竹下になったんだっけ?」

 再びの熱視線。

 俺はしばらくの間、クラス中の「もう、解ってるくせにー」という視線と空気に耐え、

「波戸ー」

「で、何にハンコを押せって言うんだ!」

「婚姻届。日宮ー」

「はい」

 意を決して発言したらサラッと流された。

 仕方が無いな。ココは大人しくハンコをって、

「いや、俺未成年!」

 こうして俺の短い安息は終わりを告げるのだった。

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