エンドレスエイド

津軽あまに

第1章 エンドレスエイド

第1-1話 前置き代わりに

 人間自分が世界の中心だという言説はそれなりに説得力がある。それぞれの個人が頭蓋骨というちっぽけのスペースの中、電気信号のやりとりで情報処理している世界は結局自分中心でしか観測することができないわけで、結局のところそれは世界の中心が自分自身だという理屈はまあ、わからないでもないものだろう。


 とはいえ、それはあくまで理論上の話であり、人々誰もが世界で一つだけの特別ななんちゃら、なんていうお題目は絵に描いた和牛ステーキ程度の価値もなく、世の中の大多数の人間は常にその他大勢で、ドラマチックな物語の主人公になれる奴なんざ、本当に一人握りの選ばれたギフテッドなのだと、小学校を卒業する程度のガキであったところの自分は早々にして理解してしまっていた。ありていに言えば自分が世界の脇役だと、弁えてしまったのである。


 いやまあ、俺もそんなに賢しい子供じゃありゃしない。小学校も低学年の時分には、テレビや漫画の中で戦う正義の味方に憧れて、近所の悪ガキ連中とごっこ遊びに励んだものさ。ジャンケンで勝てばヒーロー、負ければ怪人。ヒーローは怪人に苦戦しつつ、最後には必殺技で大勝利の大団円。


 いや、本当に夢中になったね。空を飛んだり、謎の光の玉を飛ばしたり、光の剣で壁を一刀両断! 傷ついても傷ついても立ち上がる不屈のヒーロー! 男の子のロマンここに極まれりというやつだ。ある日突然そんな力に目覚めて、同じような力を持った仲間たちと出会い、正体を隠して世界の平和を守るとか。割と真剣に信じたものさ。なかったかい? そんな頃。


 恥ずかしがることじゃあない。空想に遊べるのは大事な通過儀礼だ。赤毛のかわいいアン・シャーリーだって、夢見がちな頃があったからこそサマーサイドの校長先生にまでなったのさ。世のお偉方を見る限り、子供の頃のはしかと同じで、空想への没入ってのはガキの頃にしておかないと、大人になってから現実の区別がつかなくなって危ないことになる気がするぜ。まあ、それにしたって本気にするのは小学生限定だと思うがな。


 まあ、閑話休題だ。とにかく世間並に空想の中のヒーローに憧れた俺も、色々あって、一気にその夢が覚めてしまった。昔々は自分もいつかなれると思って励んでいたごっこ遊びの主人公である正義の味方、それと戦うような宇宙人や未来人、幽霊や超能力者や世界征服を狙う悪の組織はいつの間にか、感情移入するものではなくストーリーを批評したり展開を笑ったり、作画や特撮のアラをあげつらうような、まあそんな可愛らしくない楽しみをする、文字通り次元違いの娯楽になりさがってしまったのである。


 だってそうだろう。どんなに励んだところで俺にある日超能力が覚醒することなんてありえないし、万が一億が一そんなことが今後あったとしても、本当にそれが必要だと願ったときに授からなかったのだから後の祭りだ。同じく「そのとき」に来てくれなかった以上、正義のヒーローなんてやつも俺にとってはもはや憧れの対象ではなくなった。世の中の悲劇の背景には絶対的な悪の組織も超能力者や宇宙人の影もなかったし、未来人の陰謀もなくて、ただ、たくさんの人間の臆病さと姑息さと正義感が絡まった結果でどうしようもなく腐ったバッドエンドは理不尽にやってくるものだと、十二年間の人生で俺は悟るはめになったのだ。


 まあ、今思うと、「うわ、俺こんな世界のろくでもない真実を悟ってしまったぜ」みたいな厭世的なこの感覚こそ、まあ思春期にありがちな成長過程であるところの中二病罹患であるという事実に当時の俺は気づいていなかったのだが、とにかくそんな精神状況を抱えながら逃げ出すように灰色の校舎を卒業し、新たな学び舎、新たな学友と顔を合わせ――、


 ――涼宮ハルヒと出会ったのだ。

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