第二章「東雲、部員を集める」

~そうして僕は、先輩を呪うことにした~

「えー、相撲部ー。相撲部はいかがっすかー」

「ごめんな、崎田。部員じゃないのに付き合わせて」

 翌朝、僕と崎田は、校門前で相撲部員勧誘のビラを配っていた。

 連絡したら、即飛んできて、しかもビラ作りまで協力してくれた崎田には、本当に感謝してもし足りない。持つべきものは、良き友である。

「いんや。俺もまさか相撲部が廃部寸前だなんて知らなくてさ。もう陸上部入っちゃったんだよな。ごめんなー、掛け持ちできたら良かったんだけど」

「気持ちだけもらっとくよ」

 とはいえ、朝の七時から大声を出してビラを配っているけど、ほとんど受け取ってもらえない。奇妙な目を向けられて、通り過ぎていかれるのは、予想していたけど、実際切ないものがある。

 けれど、開始から三十分ほどして、僕はある人を見つけた。

「あ!」

 以前、部室から飛び出して行った人だ。僕は、顔を伏せてそそくさと校門を抜けていこうとする彼の後を追う。

「あの! 前、相撲部にいらした方ですよね!」

「な、なに」

 僕の呼びかけに、その人は明らかにおびえていた。

 なぜだろう。だが、一度声をかけてしまった以上、僕も簡単には引き下がれない。

「お願いします! 部に戻ってきてもらえませんか。このままじゃ、相撲部は廃部になってしまうんです……!」

「は、廃部……」

 その言葉を聴いて、彼は少し申し訳なさそうな顔をする。

「相撲が嫌いになって、辞めたわけじゃないんですよね。だったら、もう一度考え直してもらえませんか? 僕、相撲部を続けたいんです!」

「う。その、お前には申し訳ないと思うが……その、まだいるんだろう、アレが」

「アレって……三上先輩ですか?」

「やめろ! その名を呼ぶな! アレはどこからわいて出てくるか、わかったもんじゃないんだ!」

 顔色を一気に青ざめて、震えだす。

 そのおびえようは、なかなかのものだった、

「思い出したくもない……お、俺はもうデブはやめるんだ! 超スリムになって、女の子といちゃいちゃデートするんだあっ!」

 そして止めるまもなく、一目散に走り去ってしまった。

 いったいどんな目にあわされたんだろう。考えたくもない。


***


「このthatは、He madeからlast yearまでを示す、関係代名詞で――」

 うーん。困った。まさか入部早々、廃部目前とは。

 朝からずっと考えているせいで、授業にもまるで身が入らない。せっかく比較的好きな英語の授業だというのに。

 本来、僕は勉強とか、考えるのは嫌いじゃないのだ。知らないことを知るのは楽しいし、努力した分だけ結果が見える形で出るのは嬉しい。ノートを自分なりにまとめて取るのも、なんだか地図を描いてるみたいでわくわくする。

 けれど、今は眠い。眠すぎる。ビラ作りの疲労が一気にきたのかもしれない。

 机に突っ伏して居眠りをすることも考えたけれど、それはちょっと癪な気がするし、授業をしてくれてる先生にも失礼な話だ。

 ……まあ、話をろくに聞いていない時点で、充分失礼なのだけれど。

 眠気と、意地の妥協案として、僕はぼんやりと窓の外を眺めることにした。

 空に浮かぶ雲がクロワッサンに見えて美味しそうだった。

 グラウンドでは、サッカーの授業をしている。

 やけに歓声が聞こえると思って、下を覗き込むと、男子生徒の一人が後ろ向きでゴールを決めていた。すげえ、誰だ、あれ。

 男子生徒のもとに、同じチームのメンバーが駆け寄っていく。中心の男子生徒がこちらを振り返った。――三上先輩だ。

「へえ」

 あの人、運動できるんだ。

 僕は素直に感心してしまった。初対面の印象が最悪だったせいで、先輩イコール変態の図式しかないけれど、そういえば、その他のことを一切知らないんだと今更思う。

 かといって、これ以上知りたいわけでもないけれど。

 授業を見学していたらしき女子の一人が、先輩にタオルを持っていく。

 若干、彼女を止めたい衝動に駆られた。あの変態がいつ、暴走するかわかったものじゃないのだ。野郎ならともかく、女の子に抱きついたりなどしたら、セクハラで訴えられても仕方ない。

 けれど、先輩は彼女からあっさりタオルを受け取ると、優しく微笑んで、口を動かしていた。

 ここからだと良く聞こえないけれど、様子からして、たぶん礼を言っているのだろう。すごく慣れた感じのする対応だった。

「……なんか、ちょっとムカつく」

 思わず、小さくつぶやいてしまった。これが世に言う、モテない男のひがみというやつだろうか。

 というか、僕への対応とずいぶん違うんじゃないか。

 いや、決してあの子に抱きついて、贅肉をもんだりなどして欲しいわけではないけれど、ああいう対応もできるのだと知ると、なんで僕はあんなぞんざいな扱いを……ん?

 違う、僕は何を考えているんだ。別に先輩に、あんな丁寧に扱って欲しいわけでもないんだし。

 なんだか、さっきとは違う意味で悶々とし始めてしまった。結局僕は、怒ってるのか? 何に対して?

 眉根を寄せて、考え込んでいると、ふと顔を上げた先輩が僕に気づいた。

 すると、一気に目を輝かせて、子供のように僕に手を振る。

「東雲ー!」

 げ。先輩と目が合ってしまった。

 あわててそらそうとする前に、先輩がいきなり挙動不審になる。手旗信号みたいに両手を動かしているけれど、あれはいったい何なんだ?

「LOVE、し・の・の・め!」

 まさかの熱愛コールだった。死にたい。こんな公衆の面前でなんて羞恥プレイだ。しかもセンスが古い。

 いやいや待て、東雲昭弘。何も、律儀に反応してやる必要なんてないのだ。知らん振りしていれば、先輩が恥をかくだけである。

「尻をもませてくれー!」

「アホかあああああああっ!」

 衝撃的な発言で、反射的に消しゴムを投げつけてしまう。おでこにワンヒットだ。

 即座に後悔したがもう遅い。グラウンドにいる人間が、僕を哀れむような目で見ていた。ああ、これで僕は変態に尻を狙われている東雲として、名が広まってしまう……!

 先輩はそんな僕の憂鬱など露知らず、ニコニコしている。本当に幸せそうなのが、さっき以上に腹が立つ。まったく、何考えてるんだ、あの人。

「東雲……お前、大丈夫か?」

「え?」

 僕の背後に、英語教師が立っていた。

 叱られるのならまだしも、教師まで僕を哀れむような目で見ていた。

「……すいません、大丈夫です……」

 そして僕は、三上先輩に呪うことに決めた。

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