* * * * * *

 赤い少年兵たちのまだ温かな死体だ。その傍らには木と鉄の残骸。当然ながら、銃器はほとんどが使えなくなるよう処理されている。敵勢力による回収と鹵獲を防ぐためだ。雨上がりの葉の上にしずくは星明りに煌めいていた。

カンプチア民族統一戦線FUNK……クメール・ルージュの少年兵だ」

二年前にロン・ノルがシハヌーク王政を追放してから、カンボジア全域に米軍の空爆が開始された。北ベトナムはクメール・ルージュを支援し、FUNKは反米を掲げ諸勢力と連帯するが、実際は北ベトナムと共産カンプチアの睨み合いでもあり、親中のカンプチアと親ソの北ベトナムの代理戦争の様相でもあった。しかしこの時点では米軍・南ベトナム軍・カンボジア軍(ロン・ノル政権)は北ベトナム・共産カンプチア(クメール・ルージュ)勢力と交戦しており、結局のところ、外部の敵を失った時ひとは自らの内部に敵を求めるということでもあった。

 粛清はまた別の話。連帯ブントは失敗に終わり、あさま山荘でも山岳ベースでも総括が行われた。赤軍派と革命左派の統一、連合赤軍。その生き残りの一部が、アラブ赤軍(のちの日本赤軍)に合流する。イスラムの夜空に星がひとつ流れた。

「まだ状態のよさそうなものを集めろ。弾薬もだ。罠が仕掛けられているかもしれないから、警戒しろ」

華子はそう命令を下した。銃器は分解ストリップされ、爆薬や白リン弾などで荒っぽく破損されたままだった。華子配下の少年兵たちが言葉も発さずにのろのろと動きだした。有栖が提案した。

「空薬莢も集めたら?」

「なに?」

「空薬莢があれば再利用リロードできるよ。火薬と雷管を詰め直して、銃弾を嵌めこむ。手品の道具じゃ、いつもそうしてるんだ」

設備ツールがあるんだな?」

「帽子屋のところにね」

「奴は、銃を直せると言ったな」

無料タダじゃあやらないと思うけどね……」

「金ならある。匪賊だからな」

「随分と自分の悪事に自覚的な物言いなんだね?」

「ここじゃ、をしない奴らから、死んでいくからな」

「この子たちは? 大きくてもまだ五、六才かそこらに見えるけど」

華子は空薬莢も集めるように班を分けると、それから言った。

「こいつらは、多くが𤳆大韓ライダイハンやアメラジアンの戦災孤児だ。西側の兵隊に母親を殺されたと思っているし、かといって共産政権にも居場所はない。敵国の血が入っているからな。障害や欠損を持って生まれたやつは、皆で世話をしている。掠奪や強盗には参加させない……だからな」

米軍の散布した虹色レインボウ枯葉剤の影響で奇形児が多く産まれ落ちる。韓国は、先の朝鮮戦争で自らの国が北と南に分断された共鳴シンパシーから、ベトナムに多くの兵士を送り込んだ。…………ゴダイ。タイヴィン。ハミ。フォンニィ・フォンニャット…………それにソンミ。古くはミーチャックも。有栖はたまらず、「僕にも朝鮮とフランスの血が入ってるよ」と叫んだ。被害者である事の表明が、集団への参加コミットメントの条件だと思ったからだ。華子は、「お前には帰る家があるんだろう」と冷たく言っただけだった。

「街には来ないの?」

有栖は尋ねた。華子は、「おれの白い髪と肌は市街地では目立ちすぎる」とだけ言った。有栖は、(そうだね、君は俗世界には美しすぎるもの)と思ったが、口には出さなかった。

 薬莢を拾い集めていた子供たちがどよめく。何か見つけたようだ。華子は小走りで向かった。有栖もそれに続く。

「こいつ、まだ息がある」

華子が言った。斃れた少年兵は息も絶え絶えに呟いた。

「... យើងនឹងយកវាមកវិញ។ ...... យើងនឹងមិនបាត់បង់ទៅឱ្យវៀតណាម។ ...」

「なんだ?」

「クメール語だよ。……【取り返す】……【ベトナムには負けない】……とか、なんとか」

「分かるのか」

「少しくらいならね」

「…យូរមករស់ ស្តេច។……យូរមករស់ សាឡុត ស។……វីវ៉ាឡាបដិវត្ដន៍…」

有栖は翻訳がこの場の自分の役割だと理解した。またゆえに優位性イニシアチブを保てるのだと判断した。有栖は通訳解釈を続けた。

「【国王シハヌーク万歳】……【ポル・ポトサロット・サル万歳】……【革命万歳】……」

「死に際まで――よくも信心深い事だ」

華子は少年兵を武装解除(ふところの手榴弾を奪い自爆を防いだ)すると、踵を返した。子供たちは不思議そうな顔で足元に横たわる(そしてまだ息をしている)死にかけの動物いきものを見下ろした。今際の際の呼吸はやがて嗚咽が混じり、いているのと同じになった。

「... ម៉ាក់... ម៉ាក់... ម៉ាក់... ម៉ាក់... 」


 一発の銃声が響いて、春野華子は音の方向に対峙した。

 日向有栖は暁の空に逆光となりその表情は影に落ちていた。眼だけがはっきりと見開かれて虚空死体を見つめていた。


 日向有栖はゆっくりと煙り立つ回転式をホルスターにしまうと、無意識に張り付いた笑顔を引き攣らせていた。華子が訊ねた。

「何と言っていた?」

「言わなくても分かるでしょ?」

兵士が最期に呟く言葉なんてさ。無名戦士アンノウン・ソルジャーの戦争はここで終わったんだ。有栖は蝶のナイフでそいつの耳を切り取った。そして彼の墓標を用意してやるがいい。――ああ、でも、僕らはこれからを抱えて生きて行かなくちゃあならないんだ。


<calmato>

――煙草を? と有栖がマルボロの箱を差し出しながら訊いた。

 華子は黙ってそれを受け取った。

 ジッポーライターを取り出しながら、箱から煙草【丁寧に小分けされた用法・用量のない自殺用内服薬】を一本取り出すと、小さな酢酸セルロースのフィルムがひらひらと宙を舞った。

 マイクロフィルム? それを拾いながら華子が言った。

 顕微鏡なら見れるかな? 有栖が答えた。

 そうこうしているうちに集まった使えそうな銃は六挺くらい。

 ステン、ブルーノ、レイジング、カルカノ、シモノフ、アリサカ。

 どれも先の大戦のばかり。使う弾薬もバラバラときた。

 壊れた部品も集めておけ、と華子は指示を出した。

 あとでこいつらにお前のところまで運ばせる。修理が出来るかどうか【帽子屋】と交渉しようじゃないか。華子はそう言った。

 僕は運び屋ポリネーター

 そうだ。お前は言わば、虹色のミツバチだ。

 なぜ虹色?

 虹蛇にじへびはこの世とあの世の架け橋だ。こちら側と向こう側を繋ぐ。虹色のミツバチは花粉媒介者ポリネーターであり、また死の商人ともなる。

 僕はミツバチよりも蝶が好きだな。

 それなら、虹色の蝶で構わない。

――。いいね。気に入った。


 役割ロールを与えられた有栖はすっかり笑顔になって、太陽が昇るのを眺めた。はたと気付いて言った。

「夜が明けきる前に戻らなきゃ。お姉ちゃんの仕事が終わる前に僕が居ないと、酷く心配されるから」

吸殻を地面に捨てると、有栖は半ば踊るようにして駆け出した。周りでもヒメアカタテハやタイワンスジグロチョウ、それにツマムラサキマダラが羽ばたき出していた。

 蝶やミツバチは美しい花と花の間を飛び回って受粉させる。花は狡猾な生き物で、生まれつき愛される術を知っている。

 有栖は知る由も無かったが、彼女は死んだ母親と今でも共依存関係にあった。そしてそれは死ぬまで続くように思われた。

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