ハック・プロパガンダ

TKFIRE

第一章 リーン・スタートアップ

第0話: パーリー・ナイト

外套が擦れる音。


咳払い。


扉の開閉音。


二千席を有するコンサートホールに、三千人を超える人間が押し寄せた。


皆、席には座らず、話もせず、肩を寄せ合い、"分厚い本"を片手に携え、異様な熱を滾らせている。


閉じた幕の中。


舞台の中央には、男が一人、マイクを握りしめて立っている。男はポケットからハンカチを取り出し、額に浮かんだ汗を拭った。


教祖メンター、そろそろ開演です。準備は?」


「OK。いつでも」


「了解。パーリースタート」


ピアノのメロディーがホールに響き渡る。同時に、三千人が"分厚い本"を天井に突き上げ、歓声をあげた。いや、怒号を放ったという表現のほうが正しい。


「MODッッッッ!!! MODッッッッ!!! MODッッッッ!!!」


男の、女の、子供の、老人の声が渦になってホールを包む。


ピアノのメロディをかき消すように、歪んだギターとドラムの音が重なった。ホールのそこかしこでスモークがたかれ、視界を遮る。


声の勢いが増し、空気が震え始めた。


「MODッッッッ!!! MODッッッッ!!! MODッッッッ!!!」


幕が上がる。舞台に立つ男の姿が、だんだんとあらわになる。


教祖メンターッッッ!!! 教祖メンターッッッ!!! 教祖メンターッッッ!!!」


男はマイクを持っていないほうの腕をあげ、何度も天井につきあげながら、声を上げる。


諸君アントレプレナーッッッ!!! 諸君アントレプレナーッッッ!!! 諸君アントレプレナーッッッ!!!」


教祖メンターッッッ!!! 教祖メンターッッッ!!! 教祖メンターッッッ!!!」


諸君アントレプレナーッッッ!!! 諸君アントレプレナーッッッ!!! 諸君アントレプレナーッッッ!!!」


男の背には、高さ5メートルのLEDディスプレイが3枚。そこに、無数の星が輝く宇宙空間が映し出されている。


諸君アントレプレナーッッッ!!! 元気だったかいッッッ!?」


「イェスッッッ!!! イェスッッッ!!! イェスッッッ!!!」


「寂しかったかいッッッ!?」


「イェスッッッ!!! イェスッッッ!!! イェスッッッ!!!」


「ありがとう。ありがとう。ありがとう!!! 今日、この場所で、私たちが出会えた奇跡ッッッ!!!」


「ミラコーッッッ!!!」


「かけがえのない人脈ッッッ!!!」


「フレンズッッッ!!!」


「バイボーがみちびく永遠とわの成長ッッッ!!!」


「グローーースッッッ!!!」


「夢、挑戦、そして~~ッッッ!!??」


「イノ↓ベー↑ション↓ッッッ!!!」


「イェスッッッ!!!???」


「ウィーキャンッッッ!!!」


「イェスッッッ!!!???」


「ウィーキャンッッッ!!!」


男は天井に突きあげていた手を素早くおろした。


その動作を合図に、こうもりの喘ぎ声のようなギター音がメロディを奏で、スモークが立ち込めるホールを緑色のレーザー照明が交差した。LEDディスプレイの宇宙空間に、文字が浮かび上がる。


『Money of Delight Asia

 ~Weekly Meetup~』


音楽と、スモークと、レーザー証明が充満するホールに、最後のメインディッシュ。


地響きがするほどの、爆発。


そして、紙吹雪。


音楽が止み、舞台がパッと明るくなる。紙吹雪と悲鳴が宙を舞う。


舞台中央に、ネイビーのスーツを着て、オレンジ色のネクタイを締めた男。万力で頭と顎をしめ潰したような男の笑みが、LEDディスプレイに映し出される。


教祖メンターッッッ!!! 教祖メンターッッッ!!! 教祖メンターッッッ!!!」


Money of Delight Partners。通称MOD。開始ローンチからわずか2か月で、一万人を超える信者を集めた宗教団体である。


舞台でマイクを持つ男はMODの教祖メンター、塚本ヨシオ。26歳。MODを運営マネジメントする株式会社パブリックドメインで働く、フリーターである。


三千人の狂信的な信者に手を振りながら、舞台上のヨシオは思う。


『帰りたい』

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