<パーティー・タイム・ブルース>~ハロー・アナザー・ワールド~








 自分の能力次第で上にいける世界とどんなに努力しても変わらない世界のどっちがいい?


 冷戦時代以降、限りなく使いまわされたレトリックだ。


 全ての人間が平等に扱われる世界と一握りの人間に搾取される世界のどっちがいい?


 こちらもそうだが、こっちは今ではほとんど使われることなく、あり得ないと否定されたレトリックだ。


 よく考えれば解る様に、どちらも‘下種脳’どものせいで、まともに叶えられることのなかった理想だ。


 前者は生まれながらに大きすぎるハンデが存在するために公平な競争など行われず、後者は平等に家畜として搾取される世界を作り出した。


 結果、前者の‘下種脳’が勝利した冷戦だったが、それは資本主義が社会主義よりましだったからではなく、よりたちの悪い‘下種脳’が愚かな‘下種脳’に勝っただけでしかない。


 なぜなら‘下種脳’どもが評価する才能とは他者を貶め、ただ己の利を追う能力だからだ。


 昔は軍隊という効率的に人を殺すことを目的とした集団でしか使われることを許されなかったこの価値観は、‘下種脳’どもが信仰や道義といったものを貶めたせいで、日常でまで使われるようになってしまった。


 宗教に巣食った‘下種脳’が信仰を貶めて私欲を肥やしたために、宗教がその本義を失い、金銭を集める為の装置でしかなくなったように。


 政界や法曹界に巣食った‘下種脳’が道義を貶めて権力を求めたために、法がその本義を失い、権力闘争と征服の為の道具でしかなくなったように。


 日常に戦場の価値観を持ち込んだ末に行き着いた先が、多くの人間を死に至らしめるような毒を大気中に撒き散らす大量殺人に等しい行為を単なる事故と看過する‘下種脳’どもだ。


 日常の本義が安全である以上、失われるのは命になる。

 

 ダムの横に大量の青酸カリを保管して、それが水道に流れ込んだらその事故を起こした人間も、そんなところに大量の毒物を保管することを許した人間も裁かれるだろう。


 だが、それが放射性物質を大気にばら撒く行為になると、普段声高に正義を売り物にするマスコミも‘下種脳’どうし、ぐるになって裁くことから話をそらそうする。


 大きな儲けを生むが多くの不幸を生む計画を建てる人間と中くらいの儲けを生んで不幸になる人間がでない計画を建てる人間では、前者を有能とするのがやつら‘下種脳’の価値観だ。


 そんな能力が本当に評価されるべき能力だといえるやつは、‘下種脳’とその家畜だけだろう。


 そう、自らをエリートや勝ち組と称したがる連中だ。


 そんな価値観を持つ人間のクズどもばかりの‘下種脳’が自らを勝ち組と誇り。


 そいつらに文字通り、使えると道具のように選ばれた連中がエリートだと胸を張る光景は哀れとしかいえない。


 そんなやつがいる場所を高い地位というのを皮肉ったのが、馬鹿と煙は高いところに昇りたがるという洒落だ。

 

 これを馬鹿が物理的に高い場所を好むと広めたのは‘下種脳’どもだが、時が経つうちにそんなことも忘れ。


 勝ち組やエリートを自称するやつほど、人間のクズであることや自分がそのクズに選ばれておこぼれを拾う存在であること誇り。


 本当に高い場所に居を構えたがるのは、やつらの愚かさ故の皮肉というしかない。


 そんな愚かな‘下種脳’が黒幕であればいいが、狡猾極まりない‘下種脳’もいる。


 こんなふざけたゲームをやるのはたいてい馬鹿なほうだが、楽観視してしくじるよりは、初めから狡猾な‘下種脳’相手でいるつもりのほうがいい。


 オレは村一番高い建物だという五階建ての役場の建物を見上げながら、そんなことを考えていた。


「御待たせしました。賞金は全部で92500ソーナになりました」


 村役場からでてきたシセリスが気品のある美貌に清楚な笑みを浮かべて言う。


「あの程度の盗賊にしてはよくでたほうかと。これも御主人様のおかげです」


 遠くで見ていればどんな格調高い話をしているんだという風情だが、その内容は一般人からすれば物騒極まりないなものだった。


 要は賞金首を捕まえたうえに役人を脅して余計に金を巻き上げたと言っているのだ。


 乗合魔動車を氷漬けにした事情聴取を無事終えた後、石化した盗賊に賞金が掛かっていたというので女達に交渉をまかせて村を観察していたのだが。


 賞金の査定もオレが脅した役人だったらしく出し渋ることもなく全額でることになったらしい。


 通常ならなんやかやと理由をつけて満額が支払われることはないらしい。


 現実の悪徳保険会社も似たようなことをするが、そういう設定までリアルに作りこまれれているようだ。


 リアルティメィトオンラインというゲームは、一般募集で集められた有志の設定オタクによる細々とした設定も売りの一つだった。


 自分のつくった設定がゲームに反映されるのを見る為だけに、ゲームに金をつぎ込んでいる人間が数十万単位でいたという話だ。


 それを考えればバグ探しは難航しそうだ。


 バグを切欠にハッキングツールにアクセスする以外に、現実に帰還する方法も探したほうがいいかもしれない。


「あの!」


 シセリスがオレの取り分を渡すというので、マネーカードの使い方を観察する為、持っていたカードを放ってやると。


 その受け渡しを見ていたユミカが、何か意を決したようにオレへと声をかけてきた。 


「ん?」


 じっとシセリスのカード操作を見ているのも怪しまれるので八目眼とよばれる全視界を意識にいれる武術の技法でそれを見ながら、ユミカのほうを向く。


「あたしを弟子にしてください」


 ユミカは、どこか子犬を思わせる大きな琥珀の瞳を輝かせ、そう言った。


「……? 弟子って何の弟子だい?」


 一瞬何を言っているのか解らず考えたオレは、やはりこの少女の意図が解らず聞き返す。


 シセリスは、その台詞に何の疑問も持たないようでスムースにオレのマネーカードと自分のカードを操作している。


 ミスリアも自分のカードを取り出しているだけで何も口出ししてこないのをみると、どうやら女達の間には何らかの話が通っているらしい。

 

「わたしたち、渡り人なんです。 だから家族もいません。」


 オレの問いに答えず、ユミカは妙なキーワードを口にした。


「ルヴァナーとして生きていくしかないんです。でもぜんぜん力が足りなくて」


 ルヴァナーとはプロの冒険者を意味するリアルティメィトオンラインの用語だ。


 しかし、渡り人、それはリアルティメィトオンラインの用語ではない。


 ユミカの台詞は、渡り人は天涯孤独で冒険者として生計を立てる以外にない、という意味だろう。


 では渡り人の意味するものは、難民あるいは不可蝕賎民の類だろうか?


 しかし、だとすればなぜリアルティメィトオンラインの用語でない呼称が一般知識として話題にでてくるのか?

     

 ティーレル語以外の名を持つ少女がそれを口にする意味を考えれば、渡り人とはプレイヤーとしてここに存在する人間の呼称という線だろう。


 だが、だとすれば彼女達はここがASVRによる仮想世界だと認識していることになる。


 何かが噛みあわない。

 オレは妙な認識の齟齬を感じながら、黙ってユミカの真剣な眼差しを受け止めていた。


 まさか、オレの記憶が抜け落ちているのか?


 それともオレの知らない情報が一般知識としてでまわっているのか?


「渡り人だからといって何も自分から危険に突っ込むことはないだろう」


 渡り人に対する情報を聞き出すためにとりあえずオレは反論した。


「異世界から来たあたしたちにできることなんて他に何があるんですか!」


 ユミカの悲壮な響きを帯びた声が、あっさりと謎を解き明かす。


「………………」

 ミスリアもシセリスもそしてシュリも、このバカげた台詞に何の反応もせず、オレ達の様子を伺っている。


 しかし異世界ときたか。


 物語の中でならともかく現実で聞くと笑い話にしかならない台詞だ。


 現実、いやここは現実ではない。

 とすれば……。


 思考誘導という言葉が頭に浮かんでくる。


 ASVRによる暗示を伴う思考の誘導でそう思い込まされているのか?


「お願いします!」


 黙っているオレに業を煮やしたのか少し怒りの混じった声でユミカが言ってくる。


「わかった」


 オレはとりあえずそう答えてミスリア達のほうをちらりと見た。


「ホントですか!!」


 途端にぱっと輝くような笑顔を浮かべたユミカは、子犬のような眼差しを向けてくる。


 ボリュームたっぷりの後ろのおさげが尻尾のように、ぶんぶんと揺れていた。


「だがオレは今彼女の護衛を請け負ってる。その件は依頼が終ってからにしてくれ」


 先延ばしにしてうやむやにというオレの目論見は、ユミカの次の台詞であっという間についえた。


「それだったら、大丈夫です。ミスリアさんにパーティーを組んでもらいましたから」


 パーティー。


 当然、政治屋が違法献金を集める隠れ蓑に開く類のあれではないだろう。


 ということは、少女達と行動を共にすることはあらかじめ決まっていたというわけか。


「やったーっ!!」


「……よかった」


「よかったわね」


「わたしも精霊術を教えてもらえますか?」


 表情豊かに喜ぶユミカと。

 対照的に感情の起伏をあまり表さずに微笑むシュリ。


 そして嫣然とオレのほうを見ながら言うミスリアと。

 どさくさまぎれにオレにせがむシセリス。


「……わたしも」

「それじゃ、わたしも習おうかしら」

 シュリとミスリアまで尻馬に乗るようにそう言ってくる。


 どうやら、断らせてはもらえないらしい。


 オレは、知らないところで共謀していた油断のならない女達を眺めながら、この流れもまた意図的なものなのだろうかと考えていた。




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