<バーストフラグ・アフタヌーン>~昼下がりの訪問者~

 

 

 共時性という言葉を知っているだろうか?


 子供の頃に離れ離れになり別の国に引き取られた双子が新婚旅行のツアーで再会した。


 戦争にいった父親が戦死したときに父親が別れを言いに来た夢を見た。


 そういった体験を心理学から視た言葉だ。


 要は偶然を運命や神秘といったフィクションで飾ってしまう人間の性質のことだが、それを引き起こす原因は様々だ。


 それを評して、人間が無意識下で繋がっているなどというまぎらわしい表現をするやつもいるが、これは別にオカルトの類ではない。


 人間の精神というプログラムが、同一の社会通念というOSの上で動いていることを、コンピューターなどがない時代の人間が比喩として言ったものだ。


 決して人間の精神がインターネットのように繋がっていると言ったわけではない。


 ある者はこれを共同幻想などと洒落た言い回しをする。


 神秘を否定する論理を神秘として読解すとらえる者が多いのだから、これは人の心に深く根付いた幻想なのだろう。


 つまりは共時性の原因は様々だが、共通してあるのは情動であり感傷であり、理性とは無縁のものだということだ。


 だからオレは、目の前の来客に共時性などは感じなかった。


 しかし何らかの作為を感じなかったかと言えば、それは嘘になる。


 オレが感じたのは、そう、この仮想世界を造ったものの作為ではないかという疑惑だった。


「ですからミスリアにあわせてください。そうすれば私が彼女の知人だと判るでしょう?」


 そう言って真っ向からオレを観てくる美女。


 昼下がりの太陽の光を浴びて輝く銀の髪を纏め上げたクールな顔立ちは見た覚えがあった。


 北欧系の貴族的な美貌と透き通るような白い肌に藍色の瞳、そして均整のとれたスタイル。


 ミスリアとはまた違ったタイプのこのとびきりの美女は、シセリス・ルクトミア。


 リアルティメィトオンラインでは‘流浪の精霊騎士’と呼ばれるNPCだ。


 本人もそう名乗りミスリアに合わせろというが、もちろんゲームキャラが実際に現れるわけはないから、この女はミスリアの同類だろう。


 あるいはそれより危険な相手だろうか?


 スーツを着せてマンハッタンにでも立たせれば一流企業の秘書で通るだろうが、陽光を反射する金属的な光沢を持たない髪と同じ色の軽鎧にディープブルーのマント姿では、実戦にでないエリート騎士のようにしか見えない。


 しかし、印象やイメージなんてものがあてにならないことは誰でも知っている。


 清廉潔白といわれる政治家が一握りの不正を理由に福祉の金を削り、金の亡者の育成に努めるなんてことはよくある話だ。


 イメージなんてものは、そんなやつらにすれば人を騙す道具にすぎない。


 それなりに武術を修めた人間なら判ることだが、この女はかなりの腕前だろう。


 オレがどう動いても対応できるように配慮された姿勢と重心の配置。


 オレ以外の敵を考えた周囲の警戒、どれをとっても一流の武術家並だ。


 腰に下げた西洋剣がただの飾りだとしても、うかつに近寄りたくはない相手だ。


 そして、それなりに場数を踏んだ人間なら、少なくともこの女が人を殺めたことのない素人ではないだろうことも判る。

 

 見た目に反した超一級の危険人物。


 そんな女がこのタイミングで現れたとして、それに何も感じないのは頭のネジが緩んだやつだけだろう。


 ただ、そんな相手にもかかわらずオレが先制攻撃をしかけなかったのはわけがある。


 一つは彼女の実力が明らかに本来のオレを上まわっていること。


 そしてもう一つは、初めてあった時の様子だ。


 この剣呑な女がオレを見た途端、隙だらけになり魅入られたようにただオレを見ていたのだ。


 どうみてもその姿はオレを殺しに来た人間のそれとは思えなかった。


 もっともそれは最初の数秒だけで、次の瞬間にはそんな自分を恥じるかのように顔を上気させ、突っかかるかのような態度でオレが何者なのかを訊ねてきたのだが。


 そうしてお互いに名乗りあったあとは、女は調子を取り戻したようで今度は威圧的にミスリアへの面会を求めてきた。


 この流れだけを見れば別に不自然ではない。


 ミスリアの友人が彼女に会うために訪ねてきた。

 ただそれだけのことにすぎない。


 無用心な人間ならそのまま信じたかもしれない。

 しかし、オレは共時性など信じない。


 たまたまこのタイミングで来客があるなど出来すぎているとしか思えなかった。

  

「だから、今は寝てるって言ってるだろう」


 苛立たしげな視線を向けてくる瞳を見返して、オレはそんな内心を気づかれないように、戸惑ったような顔で言う。


 その言葉に嘘はない。


 介護される立場をうら若き身で味わうのはかなりの精神的負担だったらしく、精魂尽き果て泥のように眠っている。


 ただ戸惑った顔は、ただのふりだったが。


 これは相手を油断させるときにオレがよく使う表情だが、練習したのがもとの顔でなので上手くできているかどうかは賭けだ。


 まあ、うまくいかなかったとしてもリスクがあるわけでもない。

 

 ヤクザの集団どころではない重圧を敵意を感じさせないように受け流すのは、かなり面倒だったが、ものは試しというやつだ。


 これを正面から跳ね返すのならまだ楽だが、それをすればケンカを売っているようなものだ。


 もとのオレなら確実に勝てない相手にそれはまずい。


 今の身体能力を使えば勝てるだろうが、それだと殺さずにとはいかないだろう。


 立て襟つきの鎧のせいでミスリアと同じように失神させるというてはつかえない。


 そもそもあれは慎重を期して手加減をしたうえでのことだ。


 この女相手にそこまでの余裕があるかどうか。


 そうなると後はボクシングなどのような力技になる。


 ドラマに鈍器などで頭を殴って気絶させるシーンなどあるが、実際にそれをすれば7割がたは死に至り後の3割も何の後遺症も残さずとはいかない。


 やはりそれは最後の手段にするべきだろう。


 それにそもそも殺し合いになれば、絶対はない。


 剣はこの間合いならなんとかなるがやはり厄介だ。


 それにどんな隠しだまがあるかわからないし、最悪、自爆でもされたらことだ。


 先の大戦で日本が発案して世界に広まったこの洗脳した人間や騙した人間をを使い捨ての駒にする最悪の攻撃は、いまやテロリストや非合法組織の常套手段になっている。


 この女の様子から考えて仲間はいなそうだし、いたとしても立地からして狙撃は考え難いので、警戒するとしたらそれだろう。


 つまり、この女がオルレアと同じように自分をシセリスと認識しているのかそうでないのかも判らないのに、安易に相手に攻撃の切欠をやるなど馬鹿のすることだという話だ。


 できるだけ安全に、だが情報はそれなりに引き出す──それが情報戦の鉄則だ。


 言ってみれば、それは目隠しをして綱渡りをやるようなものだ。


 他に手がないので仕方はないが難儀な話だった。


「こんな昼間からですか?」


 形のいい眉をひそめ、シセリスと名乗った女は、更にプレッシャーを増した視線を向けてくる。


「体調を崩してるんだからしょうがないだろう?」


 オレは温和にみえるだろう気弱げな笑みを浮かべて言ってみた。

 

 ミスリアにあわせてやってもいいのだが、できれば先にシセリスとミスリアの関係について調べておきたい。


 それになにより、この女が自分をシセリスと思い込んでいるのか、それともそのふりをしているのかを探る機会が欲しかった。


「できれば日を改めてくれないかな? いつ起きるか判らないし」


 これで引いてくれるとは思えなかったが、そう提案してみる。

 

「……あなた本当にミスリアに雇われた護衛なの?」


 起きるまで待つと言うと思ったが、でてきた言葉は予想外に好戦的なものだった。


 疑っているというより、お前に護衛など無理だろうという口調だ。


 これは理由をつけてオレを始末するつもりか?

 しかし、それにしては殺気がない。


 では、オレがミスリアの護衛なんかじゃないと疑っているのか?


 まったくその通りなのだが、要はどういう理由で疑っているのかだ。


 シセリスとしてミスリアを心配しているからか。


 オレがミスリアを使って黒幕を探ろうとしているのを知っていたからか。


 ここがASVRによる仮想世界なら、オレの動きがすべてモニターされていたとしてもおかしくはない。


 そうならば、この女は間違いなくオレがミスリアに行ったことへのリアクションだろう。


 そうでなくても、隠しマイクやカメラの類がしかけてあれば同じことだ。


 ミスリアに催眠をかける前に一応探しては見たが、埋め込み式ならば、部屋を解体しなければ見つけようがない。


 あとは、この女も操り人形なのか、それともオレをここに放り込んだ連中の仲間かだが、どちらもありえる。


 これがデスゲームならオレにシセリスというキャラをぶつけて殺し合わせるつもりだろうか?


 そうでなく、ミスリアをオレの手から開放するのが目的かもしれない。


「そうだよ。だから無防備な状態の依頼者を君に引き合わせていいのか迷っている」


 頭の中で状況を整理しながら、暗にオマエが危険人物だからだと言ってやる。


「だから、彼女が目覚めてから確認したいんだ」


「わたしは、貴方こそミスリアのそばにおいていい人間かを問いたいわね」


 あくまでオレは護衛としての仕事を忠実に遂行しているという顔で様子を伺うと、シセリスとしての態度を崩さず女は言った。


 リアルティメィトオンラインの設定通りなら、シセリスの性格は潔癖で男嫌い。


 公式データには清楚で純真とあったが、言い寄る男を自分に勝てなければその資格すらなしと半殺しにするイベントやギリシャ神話のアルテミスが原型というキャラデザイナーの発言からすれば、そう言ったほうが正確だろう。


 明確な殺意は感じないものの不穏な空気はいや増していく。


 彼女が自分をシセリスと思い込んでいるにせよシセリスのふりをしているにせよ、ろくでもない事になりそうだった。


「どういう意味かな?」


 そう思いながらもそ知らぬ顔でオレは問い返した。


「そのままの意味よ。 役立たずの護衛なんて無意味でしょう」


 明らかに嘲笑じみた表情で挑発する声が言う。


「困ったなぁ。そう言われてもそれを判断するのはミスリアだからね」


 オレは今の顔に似合うだろう軽い笑みでそれに応える。


「後日、ミスリアが治ったときにそう言ってくれてもいいから──」


 さぞかし今のオレはヘラヘラとしたニヤケ野郎にみえるだろう。


 オレがシセリスの立場なら相手にする気がしなくなるところだが、やはりそううまくはいかなかった。


「くだらないおしゃべりはいいわ」


 オレの声をさえぎって、冷たい声が響く。


「表に出なさい。躾け直してあげる」


 どうやらオレの態度は彼女の逆鱗に触れたらしい。


 それは、ナンパ男を半殺しにするイベントでシセリスが口にしたのと同じ台詞だった。

 

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