<ザ・アーリーモーニング>~箱庭の夜明け~




 やくたいもない事を考えているうちに、ゆっくりと夜が明けてきていた。

 木々の輪郭がぼんやりと浮かびあがり、宵闇が薄れていく。


(もう少ししたら動き出すとして、持ち物をチェックしとくか)


 たぶんもとの部屋着のポケットに入れてあったものは、そのままどこかにいってしまっただろうが念の為だ。


 いつの間にか着替えさせられていた皮のジャケットを探ろうとして、オレは普段左の手首にある時計の代わりにそこにあるものに気づいた。


(腕輪?)


 ブレスレットというよりは、腕輪というのが相応しいシンプルなデザインの環がそこにはまっていた。


 1.5㎝ほどの金のリング二つを梯子上の細かい文様が刻まれた輝銀で繋ぎ合わせたその腕輪のデザインは見覚えのあるものだった。


 金のリングの手首に近いほうは、つや消しで無地。

 もう一方はすべやかな表面に、暗紅色と青碧色の菱形の宝石が二つ、手甲側と掌側の対面に埋め込まれている。

 オレの所有物でもなければ、実際に見たのでも写真を見たのでもないが、確かにオレはそれを見ていた。


 そう、ゲームアイテムのCGとして。


 それはゲーム内では‘思念伝達の腕輪’と呼ばれ、初期装備として配られるもので万能翻訳機になっているという設定のアイテムだった。


 御丁寧にも18カ国のリアルティメィトオンラインのそれぞれでデザインが変わり、翻訳ツール起動のキーアイテムになっているという凝り様には、感心したものだ。


 それに気づいてみれば、自分の今の服装に、思い当たることがあった。

 黒い皮でできたジャケットとパンツ、そして同じ素材でできたブーツ。

 これもやはり、いくつか選べるゲーム内の初期装備の一つだった。


(……コスプレだと?)


 コスプレとはコスチュームプレイ、要は着せ替え遊びのことだ。


 古くは看護婦やスチュワーデス、婦警など実在の職業の格好をした女相手に、男達が楽しむ娯楽を言ったが、最近ではゲームやアニメなどの架空のキャラクターの格好で遊ぶことを言う。


 オレがさせられているのは、後者のほうだ。


(…………)


 思考停止に陥りそうな頭を必死で働かせ、オレはおおきくため息をついた。


(OK、いいだろう。ただでさえ訳の判らない状況が、更に訳が解らなくなっただけだ)


 世の中には頭のおかしなやつもいる。 たぶんはそういうことだ。


 とりあえずそう納得してオレはゆっくりと立ち上がった。

 こんな状況だというのに、気分とは対照的に体調は良く体は軽かった。 

 辺りはいつの間にか辺りはすっかり明るくなり、木々の緑が目に入ってくる。


(ここは……?)


 しかし、その風景はどうみても日本の山の中とは思えなかった。

 周りにある草木は、杉や檜などの植林で増やされる木々でも橅や楢といった昔ながらの雑木でもなく、また林檎や梨あるいは柿などの果樹でもない。


 ホルトの木のような樹形の白い広葉樹は、今まで見たことのないものだったし、下生えも見慣れた雑草など、どこにもなかった。

 どう見ても日本の植生ではないだろうそれは、とても不可思議な景色だった。


(箱庭か?)


 なんとなくそんな言葉が浮かんできた。

 この風景にどこか放置されて荒れた人工の森のような印象を持ったせいかもしれない。


 同種の樹ばかりが並んでいるというのもそうだが、木々の生えている間隔がほぼ一定に近くその太さもたいして変わらない。


 しかし、その枝葉は幾重にも重なり合い、空を見えなくしているし、下生えもかなり生い茂っていた。


 地面に落ちていた木の枝を拾ってみると、かなり乾いていて、軽く力をいれただけで砕け散る。


 建材には向きそうもないし、杖にすらならなそうだった。


 この樹は、割と知られた大規模な植林をする類の樹でもない。

 やはり、打ち捨てられた庭園の中の小さな森。

 それが一番しっくりくるような気がした。


 そうならば、そう長く歩かず人のいる場所に辿り着けるはずだ。


(ただそこにまともな人間がいるかどうかはわからないがな)


 これからどうするにしろ圧倒的に判断材料が少ない。

 となれば情報収集か。

 嫌な予感はするが、それでもこんな場所に居続ける訳にもいかない。

 ここがどういった場所なのか結局のところ判らないのだ、動くしかない。

 とりあえず覚悟を決めて、オレはどこか開けた場所がないか歩き出した。




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