魔王軍幹部が来ました。

 一度冒険者ギルドに集まった冒険者は、そこで諸々の説明を訊き戦闘が出来る者は住民の避難誘導に少数割き、残りは北門へと来ている。

 住民が避難する程の緊急事態。

 このトラストの町に、魔王軍の幹部が一人、魔物を引き連れて向かって来ているとの情報が今朝未明冒険者ギルドに届いた。

 この町にいる冒険者に急遽依頼が発生。内容は『魔王軍幹部の撃退または討伐』で、断る事が出来ない強制参加の依頼となっている。

 援軍は呼んでも当然すぐには来ないので、どうにかして自分達で退けなければいけない。

 正直、逃げ出したいけどこの町を見捨てるなんて真似は俺には出来ない。いくら危険でも、この町の人には色々と世話になっているんだ。どうにか力になりたいって気持ちの方が強い。

 運がいい事に、情報によれば今この町に進軍してる魔王軍幹部は、幹部の中でも一番弱いらしい。なので、上手く行けば倒す事は出来なくても撃退する事は出来るかもしれない。

 この町にいる冒険者の平均レベルは四十前後。一番高いのは勇者指南役のジョースケさんの87。一番低いのは昨日冒険者として登録したばかりの少年でレベルは3だ。

 魔王軍幹部と少なくとも打ち合えるレベルは70以上かららしい。なので、ジョースケさんがまず幹部の相手をする事が決定した。流石に今回ばかりは指南に徹するんじゃなくて前線に出て剣を振るうジョースケさんが今回の要だ。

 対する勇者の桐山だけど、まだ幹部と打ち合えるだけのレベルに達していない。今彼女のレベルは33。たったの数日で俺のレベルを超えてしまったのは【異世界からの勇者】の称号効果の御蔭だろう。

 なので、今回勇者は幹部ではなく魔物を相手にするとの事。そうしていけば順当にレベルも上がるし、運が避ければ幹部とも渡り合えるレベルにまで達するかもしれないと言う淡い期待があった。

 他の冒険者たちも、レベル50以上は隙あらば幹部の相手を、それ以外は魔物の相手をする事になった。

 北門の先から、虫型の魔物の大群がずらずらと押し寄せてくるのが見える。蛾やトンボ、カマキリにバッタ等、種類が豊富だ。どれもが巨大で、人並みに大きい。

 ふと、隣りにいるレグフトさんに視線を向ける。【精神安定】と【不屈】のスキルが功をなし、今では虫を前にしても暴走したり狂気に支配される事はない。

 虫の魔物はある程度町の近くまで来ると、その足を止め、飛んでいる魔物はその場で止まる。

 そして、中央に道を作るように左右に避ける。すると、一匹の巨大なカブトムシがずしんずしんと歩いてくる。

 大きさはトラックくらいあるな。そして、角の先が何やら電気を帯びている。一目見てヤバい奴だと思える。

 そんなカブトムシの背中に、一人立っていた。

 外見は人に虫の触覚と羽が生えたかのような感じの男だ。モノクルを掛け、オールバックに燕尾服のそいつの肌の色はやや緑がかっている。

『あーあー、人間の皆様、聞こえるでしょうか?』

 と、カブトムシの上に立っている奴が少し声を張り上げてこちらに語り掛けてくる。

『私は魔王軍幹部の一人、バァゼと申します。幹部内の序列としては一番下ですが、それでも魔王軍の中では指折りの実力を持っています』

 バァゼと名乗る魔王軍幹部は、直ぐには襲わずに自己紹介をする。

『実はですね。ここに勇者が来ていると言う情報を偶然耳にしまして、芽は早いうちに摘み取れば、脅威ではなくなるので勇者を殺す為にこうして馳せ参じた訳なんですよ』

 そして、自らがここに来た理由を隠したりもせずに俺達に告げる。

 やっぱり、勇者狙いなのか。そうじゃなきゃ、魔王軍幹部が初心者御用達の町にわざわざ来る理由がないよな。

『どうです? もし勇者を差し出せば今の所は他の方は見逃しますよ。魔王様が本腰を入れて世界征服に乗り出すまでの間は命の保証をしましょう』

 バァゼは三日月のように口角を上げて笑い、両腕を広げて俺達に提案する。勇者を渡すか否か。渡せば町の被害は出ない。渡せば虫の魔物の群れが一斉に襲い掛かってくる。

『さぁ、どうしま』

 不意に、バァゼ目掛けて炎の塊が飛んで行く。

 それも一つや二つじゃない。二十を超える炎の塊が真っ直ぐと魔王軍幹部へと襲い掛かる。

 炎の塊を放ったのは魔法使い達だ。その中には勿論勇者パーティーの一人もいる。

 勇者を売ろうとする輩は、この中にはいない。それは冒険者ギルドに集まった際に分かった事だ。

 勇者は魔王を倒すべく異世界から召喚された、いわば人々の希望だ。そんな勇者を売って命を長らえても、安寧が待ってる訳じゃない。

 それは魔王の脅威が残っていると言うのもあるけど、勇者を売ったと言う汚名を被るからだ。そうなると、どの国に行っても相手されず、石を投げられ、罵詈雑言を浴びせられ、下手をすれば切り捨て御免なんてされる。

 それに、売ったとしても根本的な解決にはならない。

 魔王を倒さない限り、安寧なんて訪れない。

 勿論、純粋に勇者の身を案じている人もいる。一人の人間として、仲間として、きちんと勇者を見ている人がいる。

 なので、誰も勇者を売らない。

 炎の塊はバァゼに辿り着く前に、近くにいた巨大カブトムシが角を振るって掻き消し、届く事はなかった。

『……これは、勇者は差し出さないと取ってもいいですかね?』

 笑みを消し、バァゼは俺達を屑でも見るかのような冷ややかな目で見据える。

『ならば、この人間の町ごと勇者には消えてなくなって貰いましょうか』

 ぱちん、とバァゼが指を鳴らすと虫の魔物達が一斉にかかってきた。

「行くぜ野郎ども!」

「「「「「おぉ!」」」」」

 ジョースケさんの合図に冒険者も虫の魔物へと打って出る。

「行こう」

「うん」

「あぁ」

 俺とクロウリさん、レグフトさんも虫の魔物を倒すべく進軍する。

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