2、出立前に《3》


「ジークハルト様。このたびは、どのような御用向きでございましょうか?」

マリーは開口一番、本題に入った。

それに、ジークハルトは小さなため息をついく。このお方は、本当に真面目だなと。

普通、貴族間の話し合いでは、世間話の一つや二つはするもの。まずはにこやかに談笑して、それから本題に――――というのが一般的な会談の流れだ。

それなのに、自分の目の前に座っている王女様は、世間話の一つもしない。

もともと無駄という無駄はことごとく省くお方だから、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないが。

それを思ったジークハルトはにっこりと笑って――――マリーの言葉を無視するような形で――――挨拶からすることにした。


「マリー殿下。ご機嫌麗しゅう」

いきなりこんな言葉で話し始めたジークハルト。

「はぁ…………」

マリーの目が、一瞬点になる。だが、このくらいですぐに、負けたりはしない。

「ジークハルト様も、ご機嫌麗しゅう。お元気そうで、何よりです。………しばらくご無沙汰しておりました。申し訳ございません」

と、しおらしく謝ったりもする。

しかし。心の中では、

(……………くそぅ。この老ダヌキめっ)

と思っていた。

それもそのはず。

この初老の老人は、華やかなのは外見だけ――――で、その裏では醜い足の引っ張り合いが起きている貴族社会――――それも王宮の中で、長いことその地位を保ってきたのである。

それ故に――――マリーはの情を込めて、父王たち同様にこう呼んでいた。

曰く。

古ダヌキ、と。

確かにその実力は認めているが、事あるごとに厄介事を押し付けられているため、くそったれというのがマリーの正直な感想である。どんなことを言っても論破出来ないからこそ、余計に。

そんなマリーの腸の煮え具合を知らないジークハルトは、のほほんと話を続けていた。

「それにしてもマリー殿下、相も変わらず大変なご様子で。私も聞きましたぞ」

本当に大変ですのう、と続けるこの老臣の姿に、マリーは少しだけイラッとした。

人を呼び出しておいて何だこの態度は。いくら年寄りでも、少し偉そうすぎるのではないか。

でも、そんなことは決して言えないマリーであった。なぜなら、この人こそ真の賢者だと思って外交官見習い――――正確に言うと、この人の内弟子――――になったからだ。

それに、彼は昔からちちに仕えている。あの王も絶大な信頼を寄せているし、何より王と面と向かって意見が言える、数少ない人物だ。

まあそんな理由でと尊敬している相手に、下手なことを言えるはずもないマリーである。

それ故に、マリーはムッとした顔をしながらも、ジークハルトの言葉を黙って聞いていた。

「それで。陛下は何を、殿下にお命じになられましたか?」

来たか、とマリーは思わず身構えた。いつもはこんな風にド直球な質問はしてこない。

今日のジークハルトは、少しだけ違う気がするのは気のせいだろうか?

私が急遽、抱えなければならなくなった案件が、かなり厄介なものであることを知っているのか。

それとも、長く生きてきた者が持つ、ご老人のカンというものか。

それでも、マリーはどう答えようか迷った。

口を開いても、「それは……………」としか言えない。

何しろ超迷惑案件は、相当の破壊力があるらしい。

今まで、驚いた顔という顔を見たことがなかった李親子が、文字通り放心してしまうシロモノである。

このいい歳したご老人の心ノ臓には、相当悪いのではないか。

そんな風に思ってなかなか言わないマリーに少しだけ驚いたジークハルトは、片手を上げてマリーの次の言葉を遮った。

「そうですか………。ご自身のお口からおっしゃりたくなければそれで結構。わしが言いましょうぞ。『縁談が来たから、ちょっくらアマリスに行ってこい』………………違いますかな?」

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