策略

『お前の子は預かった!返して欲しければ3億円用意しろ!』

『あんなのいらないからあんたにやるよ!』

 倉原クラハラ 美里ミサトはクスクスと笑った。そしてまたICレコーダーを操作して再生する。スピーカーからまた達夫の声が流れる。

『お前の子は預かった!返して欲しければ3億円用意しろ!』

『あんなのいらないからあんたにやるよ!』

「あはははっ」

 美里は机をバンバンと叩いて笑った。

「止めなさいよ、趣味悪い」

 坂本サカモト カオリはデスクに頬杖をついたまま咎めるように言った。

「えー、元々この案件に興味津々だったのは香じゃーん」

 美里は香の事務所で片足立ちでクルクルと回りながら言った。美里はその言葉遣いとは裏腹に、フォーマルなスーツを着ており、化粧も目立たないものをしている。髪型もきちっと束ねたポニーテールで髪色も黒だ。香はそんな美里を見て溜め息をつくと言った。

「美里も情報屋ならもうちょっと扱った情報は丁寧に扱いなさいよ…臼井 隆とかいう例の金持ちからたんまりお金は貰ってるんでしょ?」

「まあねー♪」

 美里は得意気にソファに座って脚を組んだ。香はまた溜め息をついた。香もフォーマルな服装ではあるが、カッチリした美里と違って少し緩い、少し洒落っ気のあるものだ。髪色も茶髪でメイクもフォーマルシーンに合わせつつ、少し穏やかな印象を抱かせるものになっている。

「んで?そういう探偵屋さんの香さんはここんとこどうなのよ?お仕事の方はさ~?」

 美里はニヤニヤしながら言った。香はデスクに突っ伏して言った。

「最近はダメね……小さな案件ばかり。ネコを探したり、浮気調査したり…まあ仕事があるだけマシっちゃマシなんだけどねー…」

「ウチから大きいお仕事回そっか~?」

 美里は立ち上がると、香の後ろに回り込む。香は察して椅子に背を預け直し横を向く。すると美里の唇が香の唇に重なった。んふ、と美里は笑むと耳元で囁く。

「香のためならそれくらいするよ…?」

 香も微笑んで言った。

「ええ…お金に困ったらまた頼らせて貰うわ」

「も~…香ってば本当つれないんだから~」

 するとピンポーンと呼び出し音が鳴った。事務所への来客を知らせる音だ。

「ほらね?美里に頼るまでもなかった」

「分かんないよ~?変な依頼人かもよ~?」

「もうっ!書庫にこもってなさいっ!」

「はいは~い」

 美里はクルクル回りながら書庫へと歩いていく。香が受話器を手に取って回線を事務所の呼び出しベルに回して言う。

「遅くなりました。ご依頼ですか?」

「ええ!娘が誘拐されたの!お金はいくらでも払うから!」

「ええ、ええ。分かりました、すぐに出迎えに向かいますね」

 香は錯乱気味にまくし立てる依頼人の声を穏やかに断ち切ってそう言うと、すぐに事務所の扉の前に来て丁寧に扉を開けた。ドタドタと女が入ってきて言った。

「娘が誘拐されたの!すぐにどこの誰がやったかを突き止めて欲しいのよ!」

「ええ、ええ。ひとまず落ち着いてください、こちらは出来ればスリッパに履き替えて頂きたいので…!」

 女は謝りもせずに靴を玄関に足をバタバタして放るように靴を投げ出し、スリッパに履き替えてまたドタドタと歩く。女はそのままドスンとソファに座り、スーツケースを無断で机の上に置いてバッと開けた。香は笑顔を貼り付けた顔のまま丁寧に歩いて向かいのソファに腰かける。

「ここに1000万円あるわ、必要があるならもっと蓄えもあるから、お願いだから娘を…」

「ええ、ええ。まずはお名前をお聞かせ頂いてもよろしいですか?」

金本カナモト 佳奈美カナミ!金本 佳奈美です!結婚していた頃は臼井 佳奈美でした!探して欲しいのは娘です!京という名前の5歳の女の子です!」

 香はメモを取る手を止めずにニヤリと笑んだ。

(美里の抱えてた案件ね…これはあっさり片が付きそうだけど、それじゃあ儲けが少なくなってしまうわね)

「分かりました。何か手がかりになりそうなものはありますか?」

「ええっと…元夫の住所ならここです!今書き出します!私にも紙とペンを!」

「お子さんのお写真とかはあります?」

「はい!これです!」

 佳奈美が出したのは赤ん坊の写真だった。

「…失礼ですがもう少し大きくなってからの写真は?」

「ありません!離婚後は他の男性とお付き合いしていましたので!」

 佳奈美の目は真剣そのものだったが、どこか焦点がおかしく香には映った。

(あまり関わり合いになりたくないタイプだけど…)

 香はスーツケースの中身を目だけでチラリと見る。

「お願いです…!元夫のお金も持っていますし、他の男性からもお金は集められます!だからお願いですので娘を!どうか!」

 香は優しげな微笑みを顔に貼り付けて言った。

「分かりました、そのご依頼引き受けましょう」


 その後も佳奈美との話は嵐のようで、香は前金として500万円を現金で受け取っていた。佳奈美が事務所を出て行った後も、佳奈美が食べ散らかしたお客さま用のお菓子のクズを、香はホウキで丁寧にソファから掃き出していた。

「うっひゃ~…めったに見れないよこの量の現金は…!相当ヤバイ女っぽいねあのおばさん。まー可愛いし男ウケは良さそうな見た目だけど」

 美里は現金が全て本物かどうか、手元のハンディライトにかざして透かしやホログラムを見ていた。職業柄いつも持ち歩いているらしい。

 香はふふふ、と笑んで言った。

「まあいいんじゃないかしら。ああいうお客さまって実はいい感じのお付き合いができるものよ」

「香も人が悪いね~…さっき言ってた子の居場所なんてとうの昔に私が調べ上げてるっていうのに」

「いいじゃない、情報屋の情報は高くて当然。そうでしょ?」

 香は笑んで言った。

「たまには私自ら、潜入捜査ってのをやってみるわ。ああいうお客さまほどそういうやり方を好むから」

 美里も笑んで言った。

「本当、香も好きだよねえ…世間の思う探偵のイメージそのままに振舞うのがさあ…」

 立ち上がり、冷めたカフェオレを一気に飲み干すと香は言った。

「エンターティナーなのよ、私は」

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