感謝

 達夫は電車に乗り、荷物を荷台へ載せ、座る席がないので立ったまま吊り輪を持ち、片手でスマートフォンを操作し、マナーモードにしてTwitterを見た。リプライ、ダイレクトメッセージは来ていない。達夫は150人フォローし、100人程度のフォロワーがいた。ただし、フォロワーの中には必ずフォローを返す企業アカウントや、突然フォローしてきた業者アカウントなどもあるため、フォロワーの内実際に人間が使っているアカウントは50アカウント程度である。達夫は情報を得るため、ネット友達とのコミュニケーションをするためにTwitterをしていた。もちろん京を誘拐したことなどはまるでつぶやいていなかった。達夫がつぶやくのは短い日記のような内容である。

『今日はとある小さな女の子にプレゼントを買った。喜ぶかなあ』

 ツイートしてからタイムラインを見ると、知り合いのつぶやきが並んでいる。達夫はいつもTwitterのタイムラインに友達のツイートが並ぶことにとても癒されていた。緩やかでもその瞬間に友達の存在やつながりを感じていられることが幸せなのだ。電車が住処の近くまでたどり着くと、達夫は荷物を持って住処のアパートまで歩いた。

 アパートの自分の部屋に着くと、荷物をコンクリート製の床に置き、鍵を開けて扉を開け、荷物を持って入って言った。

「ただいま」

 京はゲームを止めてたたたと達夫のところに駆けつけて、戸惑いながらも言った。

「…お…おかえりなさい」

 達夫は微笑んで言った。

「ああ、…ただいま」

 もじもじしている京。達夫は荷物を玄関に置くとそんな京の頭を撫でて言った。

「ちゃんと留守番できたな。偉いぞ」

 京は恥ずかしそうに達夫を見上げて、すぐに目をそらした。京は達夫が玄関に置いた紙袋を興味があるといった感じでじっと見ていた。達夫はその様子を見てにやっと笑うと、紙袋からプレゼント用に綺麗な包装紙とリボンで包装してもらった箱を出して言った。

「じゃーん!京にプレゼントだぞー!」

 京はしばらく呆然として達夫の目をを見上げていたがハッとして言った。

「…え?」

 達夫は笑って言った。

「プレゼントだよ、プレゼント。お前にやるってこと」

 京は首を傾げて言った。

「どうして…そこまで…」

 達夫は頭に片手を当てて笑って言った。

「あはは、本当、なんでだろうな。でもお前見てるとなんか放っておけなくてさ」

 京は困ったように笑う達夫を見て、さらに首を傾げた。達夫は言った。

「とにかく!これはお前に買ってきたんだ。もらってやってくれ」


 達夫が包装された箱をすっと京に差し出すと、京は初めは戸惑って手を伸ばしかけて縮めたりしていたが、恐々と受け取って、じっと箱を見つめていた。達夫は笑って言った。

「箱を見てるだけじゃ楽しくないだろ。開けてごらんよ。包装紙は破っていいからな。」

 京は口をへの字に曲げて包装紙を几帳面にはがすと、中から出てきたのはデフォルメされた女の子の形をした人形だった。達夫は照れながら頭をかきながら言った。

「プレゼント用だと思っていても、なかなかレジへ持っていって買うのは恥ずかしいもんだな。ちょいと時間がかかっちまった」

 京は箱から人形を取り出すと、目に涙を貯めて人形をぎゅっと抱きしめて言った。

「ありがとうございます、達夫さん。大切にします…」

 達夫は笑って言った。

「泣くほどのことじゃないさ。子供なんて普通は誰だってプレゼントくらいもらうもんだよ…まあ、お前はその、「普通」には当てはまらなかったかもしれないけどさ」

 京は言った。

「私も、母がいた頃はもらっていました。でも、母が他の男と出ていって、あのおばさんが家に住むようになってからは…」

 震え始めた京の頭を撫でて達夫は言った。

「もういいんだ。もうそんな思いはしなくていいんだ。思い出す必要なんてないんだよ」

 京は涙を流した。達夫は紙袋からテディベアと包装された箱を取り出して言った。

「ほら、まだプレゼントはあるんだ。開けてごらんよ」

 京は涙を拭いて包装を綺麗に解くと、中からはおままごとセットが出てきた。達夫は笑って言った。

「これで人形とぬいぐるみとままごとセットがあるから、ままごとで遊べるだろ」

 京は言った。

「ありがとうございます、達夫さん。どれもすごく嬉しいです。」

 達夫は笑って言った。

「そりゃあよかった。腹減ったろ?待ってろ、今夕食作ってやるからな」

 達夫は大きな鍋を取り出し、水を3分の1程度入れて火にかけ、塩をたっぷり入れた。冷蔵庫からニンニクを2片くらいと、輪ゴムで縛った袋入りのスパゲッティを取り出すと、デジタル秤にスパゲッティの袋を乗せ、ちょうど170gだけスパゲッティを取って、皿に載せ、スパゲッティの入った袋を冷蔵庫にしまった。ジャムの容器に入ったタカノツメという赤唐辛子を乾燥させたものを取り出し、まな板でヘタを切り、ひっくり返して中の種をゴミ箱に落とし、0.5㎜程度に切る。ニンニクは端を切って皮を剥き、中身をつぶしてから細かく刻んだ。

 達夫はフライパンを取り出し、エクストラバージンオリーブオイルを大さじ3杯くらい垂らし、そこに切ったニンニクとタカノツメを落とした。湯が沸騰したらパスタを入れ、菜箸でかき混ぜて1分経ったら、火から下ろして鍋敷きの上に置き、タイマーをパスタの茹で時間にセットしてスタート、今度はフライパンを火にかける。加熱されたオリーブオイルとニンニクとタカノツメの良い香りが漂い、京はよだれを垂らした。タカノツメを菜箸で取り出し、ニンニクが十分に炒められたら、そこへパスタの茹で汁をおたまじゃくしですくって入れ、少し白っぽくなったところで火を止め、タイマーが鳴ったところでザルにパスタを流し入れて湯を切り、パスタを先程のソースに絡めて、ペペロンチーノが完成した。

 京は小さな声で

「…いただきます」

と言うと、フォークをぎこちなく使いながらペペロンチーノをズルズルと食べて言った。

「ピリピリしていて美味しい…」

 達夫は台所に向かいながら振り向いて笑顔で言った。

「そうか。そりゃあよかった」

 達夫はすぐにミニトマトとレタスと刻んだキャベツにバルサミコ酢と塩とエクストラバージンオリーブオイルを混ぜたものをかけて出した。

「ほれ、サラダも食べろよ。野菜も大事だからな」

 京はサラダも食べて言った。

「甘酸っぱくておいしいです」

 達夫は笑顔で言った。

「よかったよかった」

 2人とも食べ終わると、達夫は洗濯機を回し、食器の後片付けをした。京はゲームをしていた。達夫は不思議そうな顔で言った。

「ままごとはしないのか?」

 京は恥ずかしそうな目をして言った。

「達夫さんの見てる前だと恥ずかしいです…」

 達夫は笑って言った。

「そうか。まあ俺がいない時にでも遊べばいいさ」

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