むこうがわの礼節

KAZUKI

逢魔が時の礼節

第1話

 別に、面白い話ってわけじゃないけど。


 ちょっと、変なことがあったのよね。

 先週の土曜日、山に行った帰りなんだけど。

 

 え? また一人で山に行ってきたのかって?

 ほっといて。

 私は自分の足でずんずん歩いて行くのが好きなの。


 ここら辺の山はどれも千メートルに達しないから、日帰りの登山には丁度良いのよ。


 それで、頂上に登った帰りなんだけどね。

 来た道を折り返すのが嫌で、帰りは別の道を探したの。バリエーションルートってほどじゃないけど、旧道があるのを知っていたから。


 でもこの旧道がもの凄い悪路でね、枯れた沢の底を歩くのだけど、両側から木々が倒れていて、跨いだり、くぐったり、よじ登ったり。蜘蛛の巣もはっていて、顔中蜘蛛の巣だらけよ。


 失敗したなぁ、とは思ったわよ。でも、引き返すのって癪じゃない。だから無我夢中で突き進んだの。そしたらさ、いつのまにか道が無くなっちゃったのよね。標識も、道を示すリボンも、まったく出てこないし、振り返っても来た道がわかんない。さすがにぞっとしたわよ。


 いくら千メートル以下の夏山とは言っても、山は山。去年の冬には大学生三人が遭難しているしね。あれ? 知らない? 捜索隊がでて、大騒ぎしたじゃない。


 道に迷ったことなんて初めてだったし、日も暮れかけていたから、パニックになっちゃって。涙浮かべながら転がるように降ったの。そしたら、山間の集落に出たのね。


 民家もちらほらと見えたし、やっと生きた心地がしたものよ。


 でも、そこが何処だかはわからなかった。

 しばらく歩いていると、前に手押し車を押しているお婆さんがいた。日よけのほっかむりにモンペ、いかにも畑帰りって感じよね。


 私、よっぽど心細かったんでしょうね、お婆さんの後ろ姿を見たら居ても立ってもいられなくなって、駆けつけて「お婆さん」と声をかけたの。バス停までの道を聞くつもりだったんだけど、本当はそんなことどうでもよくて、とにかく人の顔が見たかったの。


 でもね、そこで奇妙なことがおこったの。


 お婆さん、て私が呼ぶと、お婆さんは一度立ち止まった。でも、振り返ることなくまた歩き出したのよ。おかしいなって思って、「あの」ともう一度声をかけたら、お婆さん、ますます歩くのを速くして。


 あれは、明らかに私から逃げていたと思う。


 お婆さんは一度も振り返らないまま、橋を渡って、見えなくなった。


 私、何がおこったのかわかんなくて、一人で置いてけぼり。

 でも段々、恐ろしくなってね。顔を見せてくれなかったお婆さんは、本当にお婆さんだったのか……。もしかして、何か別のものだったりして。そんな風に考えはじめたら、もう周りの民家も信じられなくなって。


 ここは人間が住んでる場所じゃないのかもしれない、私、変な場所に迷い込んできちゃったのかも。


 一目散に逃げたわ。さっきのお婆さんの格好をした何かが、迷い込んできた私を捕まえるために、仲間を呼びに行ったのかもしれない。そんな風に思えたからね。


 その後どうなったのかって?


 ご覧の通り。私がここで皆に話をしているってことは、大丈夫だったのよ。

 しばらく走っていたら、携帯の電波が入って。すぐにタクシーを呼んで、町まで送ってもらった。


 後々考えてみれば、馬鹿な話よね。

 バケモノが住む集落なんて、ゲームや漫画じゃあるまいし。地図で調べてみたら、ちゃーんと人間が住む集落としてのってたわ。


 でも、やっぱり、あのお婆さんはおかしかったと思う。


 どうして振り返ってくれなかったのかしら?

 私から逃げるように去って行ったのは、何故?

 一体あの時、何が起こったの?

 ずっと考えてるのよね。


 誰か、わかる人、いる?

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