第4話 人々が抱く疑念


 制御を失った科学の力によって、世界は崩壊した。気象制御システムを採用していた先進国を中心に、まるで感染症が蔓延するかのように連鎖的に滅んでいった。今現在まともな国は存在しないものと思われている。


 しかしながら、それでも人は生き続けている。それも日本の首都圏に関して言えば、他所の地域よりも生存者の数は非常に多いくらいである。


 単純に、外気を防げる頑丈で設備の整った建物が各地にいくつも点在しているということもあるのだが、なにより事故後の混乱期をいち早く脱することができたのが、大きな要因でもあった。


 かつて災害時に、略奪をせずに店先に並んで物資を買い揃えていたり、配給される支援物資も奪い合うことなく受けっとったりと、その国民性は海外で瞠目されるほど優れていた。その意識の高さが〝アマテラス〟暴走事故後も発揮されるかたちになった。


 国が滅んでも皆自発的に秩序を尊び、その場その場で自分たちにできることを率先して行う。次第にそれは組織化していき、その結果、生存者たちを守りまとめあげる組織がいくつも出来上がった。その組織は徐々に融合拡大して一つとなり、崩壊後の首都圏を統治するほどにまでなった。


 それまでこれといって名称のない組織だったが、誰かがその組織のことを「管理公社」と呼んだことが人々に伝播していき、現在では自ら管理公社と名乗るほどその名は定着してしまった。


 現在、管理公社の活動理念は、生き残った者たちに最低限の衣食住を提供することであり、事実それは事故後十年経過しても綻ぶことなく維持され続けている。残った大学校舎や研究機関を再利用して人工培養による野菜や食肉を生産したり、警察官や自衛官だった者を配置して居住区の整備や治安維持を行ったりと、管理公社は予想以上の活躍をしていた。環境という問題を度外視すれば、そこまで不自由を感じることはないのである。


 しかし、管理公社が提供する生活環境に、疑念を抱く人は少なからず存在する。そしてその者たちが抱く疑念の起因の殆どは、エネルギーに関するものであった。


 灼熱の猛暑と吹雪く極寒を繰り返す環境下、建物の冷暖房設備はまさに生命線である。しかしそれらを稼働させている電力は、一体どこから調達しているのだろうか、という疑念。


 安定した風が吹かないため風力発電もできない。地方のダムが孤立してしまったため水力発電も起動できない。燃料を調達するルートが絶たれてしまったために火力発電も不可能。原子力発電は論外。


 かつての東京に送電していた地上の発電所は、〝アマテラス〟が引き起こす劣悪環境で軒並み機能停止し、現在は稼働していない。ならば、今もなお東京を維持している膨大な電力は何を持って発電されているのだろうか。


 その疑念はいくつもの都市伝説を生んだ。しかしどれも確証のないただの噂話にすぎないため、疑念に対する明確な答えは未だにないのである。全ては管理公社によって秘匿されている。

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