第15話 笑顔があるのが一番

「本当にお二人は仲良しなのですね」


 東城が笑顔でこちらにそう言うのは、杏子の座る位置に問題があるからだ。

 杏子は今、僕の上に座っている。


 現在の状況を言う説明すると、ベンさんが買ってきた『チューと半端な恋はしたくない!』を僕と東城、さらに杏子と一緒にプレイをしているのだ。

 まさに異様な光景、というか、こんなことあってはならない光景だ。未成年者が三人集まってエロゲをやるなんて言語道断。しかも男一人、女二人。


 ソファーに座り、目の前にある大画面の液晶テレビでエロゲを……なんて大胆なんだ。

 杏子は広いソファーにもかかわらず、わざわざ僕の太ももの上に座り、背中を僕の胸に預けている。

 中一日の甘えん坊が発動しているのだろう。しかし、ここは東城の家だ。東城にがっつり見られていることは気にしないのか?


「あ、選択肢です。誰ルートにしますか?」

「如月ゆらん様も捨てがたいのですが、主人公の幼なじみである星宮はづき様も気になりますっ」

「お姉さまは雌豚をご所望ですか? 悪趣味ですね」

「そ、そんな下劣な理由はありませんよっ。ただ見てみたいという好奇心が芽生えているだけですっ」


 いやいや、女子が男性向けのエロゲをやっている時点で決定的だから。

 っていうか、僕の前でなんて話をしているんだ。もう少し慎みというものをですね……。


「兄さんは誰のイチャラブが見たいですか?」

「一応僕にも聞くのか」

「当たり前です。ここはゲームマスターである兄さんに選ぶ権利があります」

「そんなの聞いてないんですけど……。僕はこういうのよくわからないから、杏子と東城で決めてくれよ」

「なるほど。自分はエロゲをプレイする女子を観察しているだけでいいと」

「観察言うな。そもそも杏子がいるなら、僕がここにいる必要はないだろ」

「それでは私との約束を破ることになりますっ」


 そうだった。そもそも東城が僕と一緒にやるという条件のもとだ。ここにいておかしいのは杏子のほう。

 しかも僕の上に座る意味もよくわからな――ふがっ!


 杏子が突然自分の後頭部を僕の顔に押し付けてきた。杏子の髪のローズの香りが直接僕の鼻を通り抜ける。

 僕の心を読んだのか? いつの間に読心術を……。


「ああ、もう限界……」


 杏子はそう呟くと、両手をわなわなと震わせる。

 僕は押し付けられている杏子の頭を引き離し、後ろから覗き込むように杏子の様子を伺うと、その目には涙が浮かんでいた。


「ど、どうした杏子⁉ どこか痛めたのか?」

「あ、杏子様っ?」


 杏子はゆっくりと身体を僕の方へ向け、そしてぎゅっと力強く僕に抱きついた。

 僕は少し驚いたが、優しく杏子の頭を撫でてやる。


「杏子、泣いてるだけじゃわからないよ。ちゃんと理由を言ってごらん?」

「だって……杏子だけのけ者にされてるみたいで……お兄ちゃんは杏子のこと嫌いになったの?」


 そうか。勝手に東城の家に住むことを決められて、そりゃあ寂しくもなる。


「別に嫌いになったわけじゃないよ。杏子にとって良い経験になればいいなって思ったんだ」

「杏子のため……?」

「そうだよ。実際、東城の家はどうだった? 別に悪いようにはされてないだろ?」


 杏子はそれを聞き、東城の顔を見る。

 東城はにっこりと笑顔で返した。


「…………うん」


 杏子はこくりと頷いた。そして呟く。


「お姉さまは悪くない。むしろ良かった。でもお兄ちゃんがいないのは寂しいよ……」

「杏子様? 帰りたいですか?」

「…………」


 杏子は俯き、黙ってしまう。

 すると、おもむろにテレビのリモコンを手に取り、チャンネルを変えた。ローカルチャンネルだ。

 そこに映ったのは、司会者とトークをしている杏子だった。


「この間収録したトーク番組……お姉さまはこのテレビに出てる私と今の私、どっちが好き?」


 突然の杏子の問いかけ。

 僕はなぜそれを東城にするのか、理解できなかった。

 しかし、東城は即答する。


「私は今の杏子様のほうが可愛らしく思えます。テレビの杏子様、外にいた時の杏子様、昨日当家で過ごしていた杏子様はどこか無理をしていたように見えました。そして今日の様子を見て気づきました。杏子様は涼太様と一緒にいる時が一番輝いて見えました。夜明けに昇る朝日のように……」


 東城には全てお見通しのようだ。

 たった数日杏子を見ていただけで、そこまで見抜くとは。

 杏子がこちらに向き直ると、


「お兄ちゃん、帰ってもいい?」

「ああ、もちろんだ。僕の妹なんだから」

「やったあ!お兄ちゃんだーいすきっ!」


 杏子は僕の後ろに手を回し、再び抱きついた。そして僕の顔をまじまじと見た次の瞬間、


「――はぁむっ!」


 僕の鼻を思いっきり咥えた。

 それを見た東城は口に手をやり、驚きの表情。


「こ、こら! なにするんだ!」

「えへへ、しばらくぶりの『はなはむ』だよっ!」

「いい加減にしなさいっ!」

「あはは! 着替えてくるね!」


 帰る準備をしに、杏子は部屋を出て行った。

 僕は一つ溜息をつき、東城に頭を下げる。


「ごめん、東城。いろいろと迷惑をかけちゃって」

「いえいえ、杏子様が元気になったので良かったです」

「また東城に借りが出来ちゃったな。この間の柚希とのお昼でのお礼は確か部活だったよな」

「まあ、覚えていらしたのですか?」

「当然だよ。明日部活について考えよう」

「ありがとうございます。楽しみですっ」

「それとは別に今日のお礼を何かしたいんだけど、何かあるかな?」

「そうですね……それでは後日、涼太様のお家を訪問してもよろしくて?」

「え? 別に構わないけど……そんなのでいいのか?」

「社会勉強も兼ねて、その……お遊びに行きたいのです」

「わかった、良いよ」

「嬉しいです! このエロゲの続きもやりましょうねっ?」

「そ、それはぜひともご遠慮願いたいなあ……」


 結局、杏子の甘えん坊は治らずじまいだったけど、東城の家で過ごしたことで何か良いものを得てくれてるといいな。

 身支度を終えた杏子が僕の元に駆け寄ってきた。


「――お兄ちゃん! 帰ろう!」


 杏子の後ろのテレビ画面にはエロゲのあれなシーンが映っていた。ちゃっかり進めていた東城の好奇心はあなどれない。僕はあえてそれは黙っておいた。

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