第3話 不思議な発言と重度の甘えん坊

 入学式終了後、それぞれ自分のクラスの教室に集まり、担任の先生から簡単な話を聞いた。僕のクラスはB組。

 その後、僕は自分の席で高校生になった喜びの余韻よいんに浸っていた。


 ほのかな木の香り。

 窓から入ってきたのだろう柔らかな風が外から自然の香りを運んでいる。

 この上山高校は今年で開校十年目の新設校。広大な敷地面積をもち、校舎の周りには多くの木々が所狭ところせましと並んでいる。あの桜並木もその一つだ。


 安らぎを与える自然の景色とどこもかしこも新しい校舎。入学案内に写真が載っていたが、実際に見るとではやはり違う。もちろん、綺麗という意味で。

 入学案内の写真を見て受験した人も少なからずいるはずだ。そんな人たちはここにして良かったと思っているだろう。


「ねえねえ、涼ちゃん」

「なあ、柚希ゆずき。学校でちゃん付けはやめてくれないか?」

「ええーなんでぇ? かわいいのにぃ……」


 柚希は頬を膨らませムスッとした表情になる。


 彼女は宮原みやはら柚希。

 幼稚園からずっと一緒の僕の幼馴染だ。

 家が隣でいつも一緒にいた。幼稚園から中学までずっと同じクラス。そして高校でも同じクラスになった。ここまでくると怖いな。


 身長は僕とあまり変わらず、髪は茶色のショートカット。パッチリとした瞳。

 中学ではソフトボールをやっていたが、高校ではやるのだろうか?


「みんな生徒会長の話してるね」


 僕はそれを聞いて、耳に意識を集中させた。


「生徒会長さん、超美人さんだったよねー」

「噂によると、ファンクラブがあるらしいよ」

「そうなの⁉ 私、入ろうかな?」

「私はとりあえず、お姉様って呼ぶ」


 そんな女子二人の会話が聞こえた。


「それだけインパクトがあったってことでしょ?」


 僕は別の意味でインパクトが大きかったけど。


「生徒会長さんすごい美人だったけど、なんでオカピが出てきたんだろうね?」

「――うっ! な、ナンデダローネ……」


 僕は精一杯知らないふりをしてみた。

 あんな美人が演説のような祝辞をしたのだから、みんなが慕うのも納得がいく。

 だけど僕は、僕だけは慕うことはできない。

 僕はあの人のウラの本性を知っているのだから。


 あの生徒会長……霧咲先輩は危険だ。


「涼ちゃんはあの人に興味はないの?」

「うーん、興味というか、あの人のことはみんなとは逆の意味で――」

「そうだよね! 涼ちゃんにはもんね」

「ん?」


 僕は目をパチクリさせて笑顔の柚希の発言に疑問を抱く。

 たまにあるんだ。柚希の言動がおかしいと思うことが。

 何故か僕がまるで柚希以外の女子に興味がないような発言や行動をする。

 これはいったい何だろうか?


◇◇◇◇◇


「ただいまー」

「あ、お兄ちゃん! おかえりんりん!」


 高校初登校を終え、家に着いた僕を迎えたのは中学二年生になった妹の杏子あんず


 黒髪のツインテールで身長は僕より少し下。家にいるからか、大きなTシャツにハーフパンツと露出の多い服装。

 元気ハツラツで、小さい頃から僕に甘えてくる重度の甘えん坊だ。

 中学生になったら思春期に突入ということで、僕のことを嫌いとか言うと思ったけど、相変わらず僕に甘えてくる。むしろ、パワーアップしているかも。


「お兄ちゃん、お昼食べた〜?」

「いや、まだだけど?」

「わかった! じゃあ作って!」

「僕が作るのかよ……」


 僕は二階にある自分の部屋に荷物を置いて一階に戻り、すぐさまキッチンに立った。


「杏子、母さんはどこに行ったかわかる?」

「うーん、わかんないっ」


 母さんはフリーのクリエイターとして活動しており、家にいたり、いなかったり。何を作っている仕事なのかという詳細なことは僕らにはわからない。

 悪いことをしていないのは確かだと思うのだけど……っていうか――、


「あ、杏子さん? そんなにくっつかれると料理ができないんだけど。それに……」

「それに?」


 杏子はわざとらしく僕の左腕に胸を押し付けるようにくっついている。

 僕はその胸のふくらみの感触に少し顔が赤くなる、

 もう杏子の胸は中学二年生のそれを超えているかも。


「杏子はね、お兄ちゃんともっとスキンシップをとりたいの。家にいる時くらい、くっついてもいいでしょ?」

「わ、わかったから、今は料理させてくれ」

「えへへ、やったあ!」


 杏子ははじける笑顔で喜ぶと、キッチンを出て居間にあるソファーに寝転がり、リモコンでテレビの電源をつける。


 僕が杏子を甘やかしてしまうのにはちゃんと理由がある。

 それは杏子のだ。

 杏子は家族と接するときには無邪気な笑顔を見せてくれるのだが、外では笑顔を見せないクール系女子になる。さらにはときどき毒舌を吐くという。

 にわかに信じがたいのだが、それを決定づける場面を僕は見た……杏子は最近あることを始めたのだ。


「あ、お兄ちゃん! テレビ見て! 私、出てるよ!」


 そう、杏子はアイドルになったのだ。

 きっかけは街中でのスカウト。母さんとの買い物の途中でされたとか。

 まだ駆け出しのローカルアイドルだが、テレビに出た際には誰であろうと必ず毒舌を吐いていく。僕はそんな杏子を見ていつも怒られないかと不安でいっぱいになる。


 杏子の本性は甘えん坊。

 僕からすれば外やテレビで見る杏子はどこか無理をしているように見える。頑張って偽りの自分を演じているような。

 だから家族といる時くらいは好きなようにさせてやりたいと僕は思う。


「お兄ちゃん、トイレに連れてって」

「それくらい一人で行きなさい。夜中じゃないんだから」

「お兄ちゃん……も、漏れちゃいそうなの……」

「な! は、早く行ってこい!」

「た、立てないよぅ……」

「もう!」


 僕は料理を中断し、駆け足で杏子のもとに駆け寄る。

 仰向けでソファーに寝ている杏子をお姫様抱っこしようと屈んだその時――、


「はぁむっ!」

「――なっ!」


 杏子が急に起き上がり、僕の鼻を思いっきり口に咥えたのだ。

 突然の出来事に、僕は後ろにのけ反った。


「な、何するんだ!」

「えへへ、スキンシップ……鼻はむだよっ」

「ト、トイレは?」

「うーんと、嘘だよっ」

「――こらぁ!」

「えへへ。お兄ちゃん、赤くなっちゃってかわいい……」


 杏子は甘えん坊だが、たまに僕をからかう。遊び半分でやっているのだろうが、たまに兄妹のスキンシップのレベルを超える時があって、僕は困っている。

 もう少し厳しくした方がいいのだろうか……?

 うーん、難しいなあ……。


 僕の複雑な高校生活が始まった。

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