奇跡

当時の俺は売れないバンドマンで、

同棲している彼女に食わせてもらっていたようなものだった。


ある日、俺がバナナの皮をむくと、なんと中身が緑だった。

と、いうか葉っぱの塊だった。


「おい、これキャベツだぞ」

「何、バカなこと言ってんの?」

「いや、ほんとに……」


そして、その日を境に世界中の作物の中身が入れ替わった。

林檎の中には桃、パイナップルの中にはニンジン、といった具合だ。

だが、バナナの行方は世界中が捜してもわからなかった。


いったい、何と入れ替わったのだろう?




……そんなこんなで、50年がすぎた。

穏やかな日だ。

俺にも孫ができて、今日は家に遊びに来ていた。


人の一生なんてあっという間だ。

だが、ミュージシャンを目指していたのは、やはりいい思い出だ。

夢はかなわなかったが、仲間はたくさんできた。


結局、今日みたいに自分から思い出作りをしないと、

何もない人生になっちまうんだな。

それはチャレンジかもしれない、イベントかもしれない。

だが、何かをやらなければ思い出に残らない。

今頃になって気づくとは。


……そこへ、孫がやって来た。

「じいちゃん、サラダを作ろうと思って、バナナをむいたら変なのがでてきたよ!」

『バナナ』の房の中に一つだけ違うのがまじっていたらしい。


「どれどれ、これは! おい、母さん来てごらん」

妻がやって来た。

「まあ、これはバナナ!!」


座敷に集まっている友達、息子や孫にも見せる。


「これがバナナか。はじめてみた」

「バナナか、なつかしいな。50年ぶりだ」

「これはお前ら夫婦で食べろよ」

「よし、じゃあ、食べているところを真ん中に記念写真だ」


おい、よせよ。と照れたがみんなに押し切られてしまった。

バナナを半分こにして妻が俺に、俺が妻に二人とも大きな口をあけて

「あーん」と、まわりを全員で笑ってポーズをつける。

友人代表がカメラのシャッターを自動にして…

『カシャッ』

シャッターが下りると、全員が叫んだ。

「金婚式、おめでとう!」

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