聖夜

ポポルが老人を見つけたのは、夏も近い頃、誰も行かない森の奥の大きな木の下であった。ポポルや村の子供たちが普段遊び場にしている場所よりずっとずっと奥である。


老人は足にケガをしており、じっと木にもたれかかっているのだった。

また、かなり弱っているらしく、ポポルを見ても何事かつぶやき、微笑むだけだった。


ポポルはすぐに老人が、大人たちが話す敵対する部族の者だと気がついたが、しかし、おだやかに微笑む老人が、危険なものには思えなかった。


ポポルはすぐに森をかけめぐり、動けない老人のために、もてるだけの果物と皮袋いっぱいの水を持ってきた。


ポポルには老人の言葉はわからなかったが、老人は何事かをつぶやくと、節くれだった、昔はたくましかったであろうシワだらけの手で弱々しくポポルの手を握り、いかついがやはりシワだらけの顔でやさしく微笑むのだった。


その日から、ポポルは部族の大人たちに見つからないよう、毎日、老人のもとに食料を運んだ。木の下に風をよけられる程度に布をはり、また、簡単だが寝床を作った。


しかし、老人の体は一向によくならず、日に日に弱っていくのだった。


ポポルが老人と出会って一週間後、ポポルが老人に会いに行くと、老人が寝床の外に倒れこんでいた。

もともとあまり動けなかったのだが、今見ると熱がひどく、意識もない。このままでは、命にかかわる事はすぐにわかったが、ポポルひとりではどうにもならない。

大人たちが老人を見たらどうするだろうか、しかしこのままでは老人が……。ポポルは意を決し、父親を老人のもとに連れてきた。


ポポルの父は老人を見ると大変に驚いた。ポポルの父も老人の部族の知識はあったが、最後の戦いは遠い昔で何十年もその姿を見たものはいなかったからである。野蛮な部族と聞いていたが、老人の持ち物には精緻な装飾がほどこされ、実は高い文化を誇っていたのだろう事が見て取れた。


父親はすぐに村に連絡し、族長は老人を村に運ぶよう村人に指示した。

薬学の知識も持つ村の祈祷師は老人を見て、

  ケガだけではなく、老いている上に体にいくつもの病を持っている

  おそらく死に場所をさがして旅をしていたのだろう

といい、手の施しようはない、といった。


それでも、薬の投薬と看病は続けられた。ポポルは一晩中老人のそばを離れなかった。

そして、朝になって老人は意識をとりもどした。ポポルは喜んだが、老人はベットから起き上がれず、目に見えて弱っているのがわかった。


族長はわずかに老人の言葉を知っていたので、老人が自分がもうたすからないと悟っていること、ポポルと村人に大変感謝していることを理解した。


祈祷師は老人が明日の朝までもたない、今晩までの命であろうと宣言した。

ポポルは老人のそばを離れなかった。


夜になった。満月の夜である。


老人のベットは村の広場に運び出された。族長は老人の部族が月を尊ぶのを知っていたからである。


老人の命が今夜限りなのを知り、村人たちも眠らずに広場に集まってきた。

老人、ポポル、族長を中心に村人たちが同心円状にかこむ。


いつしか、ポポルをはじめ村人はひざまづき、手をくみ、頭をたれた。

この時代にも祈りはあったのである。


雲間から満月の光が老人を照らすと、老人の呼吸は、次第に浅く、そしてゆっくりとなっていった。

村人たちはいつまでも祈りをやめなかった。


こうして、

多くのホモサピエンスにみとられながら、


ネアンデルタール人は滅びたのだった。

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