第28話


****


「西條の話、聞いた?」

「なに、なに?」

「昨日の夜、不良に絡まれて大けが負って、今入院中らしいよ」

「マジで?」


クラスだけに留まらず、学校中西條の話で持ちきりだった。

哀れみと恐怖を伴って西條の噂が飛び交う中、僕は旧校舎のトイレに向かって歩みを進めていた。

ほとんど利用されることのないそこは、埃の気配だけが漂っていた。

一番奥のトイレに入り、鍵をかける。

指先が震えているのは、足下から這い上がる寒さからだけではない。

引きつれる口端を手で覆う。

皮膚を伝うようにして指先の震えが喉の奥にまで広がっていく。

もう我慢ができなかった。

そしてここは人気のないトイレ。

我慢する必要もない。


「……っ、ふ、ふふふ、ははははっ、はははははっ!」


笑い声が歪んだ唇の隙間を突き破って、暗い腹の底からほとばしる。


「あははっ、ははっ、ざまぁ、ざまぁみろ!」


露骨なまでの悪意を吐き出すごとに、胸の奥は清涼感に満ちていった。

学校中が神妙な雰囲気に包まれる中、僕だけは浮かれ立っていた。

しっとりと涙の霧が漂う葬式で、鼻歌を口ずさむような不謹慎さだったが、良心すらそれを責めはしない。

もちろん僕も心がないわけではないから、入院するまでの暴行を受けたことを痛ましく思わないわけではない。

しかし僕への散々な仕打ちを思えば、今回の件はそれに対する正当な罰とも言える。

ざまぁみろ。

今の心境はこの一言に尽きる。


暴行の主犯は、直接手を下したかは分からないが、間違いなく黒羽さんだろう。

何かしらの報復は予想していたが、ここまでとは思わなかった。

彼の僕に対する深く暗い想いにぞっとしないわけではないが、しかしそれ以上に感謝にも似た感情があるのも事実だった。


腹の底から湧き上がる笑いはしばらく止まることはなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る