第22話

「女と違って面倒だな。ローションでも持ってくればよかった」


面倒くさそうに言いながらも、手は少しも動きを止めることなく、窄まりの抵抗を押しのけて中へ中へと進んで行く。

唯一の抵抗の意志を示す窄まりの収縮さえも、指の進行を手伝っているようであった。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

胸の内に声にならない嫌悪の悲鳴が反響する。

それが漏れ響くように、体中が小刻みに震えた。

指が奥に進むごとに、男としての何かが蝕まれていく感覚が胸の端を焦がす。

どうにかこの状況を打破できないものか、必死で視線を辺りに走らせる。

ふと、自分がしがみついているタンクの蓋に目が止まった。

陶器でできたそれは冷たく、固かった。

ちらりと、後ろの西條に視線を遣る。

彼の視線と意識は下半身の窄まりに注がれており、こちらを気にする気配すらない。

苦し紛れに思いついた打開策に気付かれないよう、タンクの側面に掴まっていた手を慎重にゆっくりと蓋の方へ移動させる。

そして、蓋を一気に横へ滑らせた。

タンクからはみ出た蓋は、支えを失くしてそのまま床へ落下した。

卑猥な熱を孕んだ沈黙は、陶器の鋭い悲鳴に打ち砕かれた。

中で蠢いていた指先が動きを止めた。

後ろを見るまでもなく、彼の意識が僕の体から音の原因へ移ったことが分かる。

その意識の隙に捩じり込むようにして、足を後ろへ蹴り上げた。

腹か腹部かどこかは分からないが、肉体にめり込む確かな感覚が踵に走る。

背後で西條が苦痛の呻きを漏らした。

会心の一撃とまではいかずとも、逃げ出す隙を作りだすには十分なものだった。

彼を押しどけると、僕は素早くタイツと下着を上げトイレから走り出した。

後ろから凄みのある怒声が聞こえたが、しかしそれが追って来ることはなかった。

それでも後ろを向けば彼が追ってきているような妄想的な不安が拭えず、まとわりつくそれを振り払うように渾身の力で地面を蹴り、前へ前へと進む。

体中に淀んだ恐怖や緊張、それら全てを発散するように心臓が荒々しい鼓動を吐き出す。

その鼓動に気圧されてか呼吸がままならない。

追われているような不安と、逃げ出した安堵。

緊張と脱力が混沌と入り混じった妙な体のバランスが、呼吸の乱れを引き金にぐらりと崩れ、前につんのめって膝から転んだ。

痛みに耐えながら、よろよろと立ち上がりスカートをはたく。

地面との摩擦に薄いタイツ一枚では持ち堪えられず、破れたタイツの下から血の滲んだかすり傷が覗いていた。

気付けば、周りはカフェや雑貨屋などの店が立ち並ぶ駅前通りだった。

あと少しで、黒羽さんとの待ち合わせ場所だ。

携帯電話もバックも何もかもあのトイレに置き忘れたので、連絡のとりようがない。

脈拍に合わせて溢れ出る痛みに顔を顰めながら、僕は待ち合わせ場所に急いだ。

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