切り札は先に切った方が負けるってよく言う

 同時に切ればお互いドキドキ出来るね。








「っ―――」


 クランは、身を起こした。

 かなりの高さから落下したものの、羽を犠牲に衝撃を和らげ、なんとか無事だった。……立ちあがった手に、砂がついている。隣を見ると、ギデオンが柔らかな砂の中で身を起こしたところだった。咄嗟に己の落下地点を砂に変えたとみえる。

 互いに、火傷は重度。


「っ、ははは……人間にしちゃあ、やるじゃねえの!?」


 ほぼ同じだけのダメージを受けながらも、ギデオンは笑う。クランも、勿論、笑う。これを……削り合いを挑んだのは、こちらなのだ。

 だが、クランは何一つ計算していないわけではない。懸念事項も、分かっていた。

 この死神の、『創造主の力の一部』が何であるか、だ。


 早めに引きださなければ、そしてそれを即座に破らなければ、勝利は遠のく。


「てめえの考えてること、当ててやろうかァ?」

「……」

「俺はまだ、魔法しか使ってない。固有能力が何か、気になってんだろ? ま、大穴は、オルクスと同じ――魔法を補助するタイプの能力で、もう使ってるってェこったが……残念、そんなんじゃない。ひゃははは! 見たいか、知りたいか? 見せてなんか、やらねェよ!!!」

「余裕じゃねえの。でかい口叩いてると、後悔するぜ。それに――」


 言葉など、余計だ。

 強者同士が殴り合えば、その些細な拳の揺らぎから、全て筒抜けになる。戦いは雄弁に語る。クランは、それだけで、十分だった。

 続けずに、炎を拳に纏う。羽はもう、ボロボロで使い物にならない。幸いなのは、地上に動ける者がギデオンとクラン以外にもういないことだろう。飛ぶ必要は、薄くなった。ならば。


吶喊。


 炎を足から逆噴射。ただ真っ直ぐに、赤い暴威と化し、ギデオンに向って駆ける。身体中の火傷の激痛も、意に介さずに? 違う。その痛みこそ、彼が戦う理由なのだ。


 今、生きている。


「ったく……」


 狂ってやがる、と吐き捨てる余裕はギデオンにはなかっただろう。

 無造作に手を振るだけで、クランを阻むように土の壁が一斉にそびえたつ。一つ壊しては生成され、一つ殴っては次が芽生え、遮り続ける。しかし、一つ壊すごとに、クランは一歩、前へ進む!


「踊れ、炎よ!!!」


 クランの言葉に呼応して、更に火力を増した炎は、最後の壁を撃ち砕く。

 しかし、その先にギデオンはいなかった。目で探すより先に、鋭い殺気にその場から飛び退くと、跳躍していたらしいギデオンが石槍でクランがいた場所を穿つ。


「……そらよォ!!!」


 彼は更に、もう片手に石のハンマーを生みだすと、無造作に大きく振り抜く。空間を押しこめるように近付くそれを屈んでかわし、飛び退こうとしたとき、クランは気付いた。


砂だ。


 クランの足もとが砂に変わり、意志を持ったかのように纏わりつき、彼をその場に縫止めていた。

壁で目隠しし、上からの突然の殺気で注意を向けさせ、本命は足下の魔法。クランは舌を巻いた。強い上に、戦い慣れている。


「終わりだ」


 ギデオンの、冷めた声音。先ほどまではあんなに饒舌で調子者に見えていた彼の、恐らくは、本性。

彼はとても冷静だった。万が一がないようクランから大きく距離を取り、近づかずにとどめとなりうる一撃を放つ。飛んできたのは……動けないままでは避けようがない、無数の石槍である。

 クランは考える。


 ――ああ、避けられないなら、攻撃しよう。


 エネルギーを凝縮した小さな火種を、槍を相殺するわけでもなく――寧ろ槍の間を通すように、ギデオンに向って解き放つ。

 彼にとってそれは、とても自然な発想であった。だが、ギデオンにとってはまるきり予想外だった。てっきり相殺されるものだ、相殺に使うはずだ、そう思っていた最後の攻撃が、自分を狙ったものだとは、俄かには考えなかった。気付いた時には、眼前に火球が迫っており――。


「て、てめェ、……!!!」

「は」


 クランは笑った。そして爆発を見届けながら、槍に無防備に削られ貫かれ、己の爆風で、彼も身を焼かれた。


 両者戦闘続行不能。

 まともな人がこの様子を見たら、そういう判断を下すだろう。


 問題は、二人ともまともではなく――二人とも、切り札を、切っていないことだ。


 クランは、意識の淵で、その髪留めを……先ほど結んだ、髪留めを、ほどいた。

 それはただの髪留めではない。

 魔力を貯蔵する、神秘の布で作られた、特注品だ。




「――解錠≪アンロック≫」




 厳かな声が、空間を裂く。魔力を一気に体内に戻す、キーワードである。

 それとともに、クランの髪が赤く染まる。真っ赤な、真っ赤な、炎より更に原色の、深紅。

 砂塵の中から立ちあがったギデオンはクランの姿を見て、目を見開いた。その現象は、沢山の人間を見てきた死神ギデオンにとっても、異常なものだったのだ。

 乾いた苦笑が零れる。


「ひゃ、は……!!! なんだ、そい、つァ……人間じゃあ、……ねェ――お前、っ……身体が……魔力体に、なってんぞ……!!」


 本来、許容量を超えた魔力を一度に人体に容れれば、暴走した魔力によって、死ぬ。

 しかし、クランは無事だった。ギデオンの言葉通り、体そのものを、魔力にして。

 ――常人にはなし得るはずもない、身体の、魔力への変換。戦いに生きる彼が、積極的に炎の魔力だけを使い続けた結果、辿りついてしまった、踏み越えてしまった一線。


「これが俺の切り札だ。……これ以上、出し惜しみするようなら、一撃で楽にしてやるよ」


 膨大な魔力の塊が、口を開き、ギデオンへと低く宣言する。

 その姿に、これまで受けていたはずの傷は一切ない。魔力体となった身体が、正常な状態になるよう再生したからだ。――そしてこの再生は、魔力が続く限り繰り返される。


 戦闘狂は、殺しても死なない。


「……ひゃははははっ!!! ……認めて……や、る、クラン……、クライン。そして……教えて、やろう! ――絶望を!!!」


 それでも死神ギデオンは、この場面でおよそ考えられぬ言葉を、大声で、高らかに宣言する。満身創痍の身体で。




『――さあ!!!! 寄こせ!!!!!! お前たちの、全てを!!!!!』




 頭の中にがんがんと鳴り響く、声。

 誰かに向けた、その命令。


 そして、目の前で異様な事が起きた。ギデオンの傷が塞がっていく。いや、それだけではない。体力が回復し、消費した魔力すら。

 今度はクランが目を見開く番だった。一番凄まじいのは――クランを驚かせたのは、その力の出どころであった。


 二人の立つ、吹き抜けの円筒状の空間に、渦巻くように何かが収束していく。何処からか送り込まれたそれが、ギデオンに集中し、彼の力となっていく。

 クランは聞いた。聞こえないはずの声を、わあわあと響く歓声を、その幻を耳に受けた。そんな幻想を抱かせるほどの、活気や、生気、エネルギーが、この空間を満たし、ギデオンを祝福している。


「これは――」


 外部からの、圧倒的なまでの力の供給。

 疑問に答えるように、ギデオンが笑った。


「ひゃはははは!!! 驚いたかよォ? 俺の能力は――『支配の鎖』!!! 契約を結びし者の体力を自由に貰い受け、俺の体力に、そして魔力に、変換することの出来る力だ!!!」

「支配の鎖……! じゃあ、まさか、この組織を作った目的は……」

「ご明察!!! こいつは、俺の予備タンクさ!!! 信者は漏れなく、この俺と契約している。さあ、絶望しろ、戦闘狂。お前が今から戦うのは――『サイス』そのものだ!!!」


 その言葉を聞いて、しかし、クランは笑った。絶望など、とんでもない。

 声もあげず、表情だけを、変えて、愉悦に。


 ギデオンは呆れた苦笑で……しかし、予想していたとばかりに、肩を竦める。


「ちっ――だろうと思ったぜ、イカレ野郎。だが、俺の勝ちは揺るがねえ……揺るがせねえよ。さあ、第二ラウンドと行こうかァ!!!」

「望むところだ。『サイス』そのもの? 構わねえよ、それを叩きつぶすまでだ!!!」




***




 オルクスは、シャーリィと別れて男の案内員に連れられて歩いている最中、吐き気を訴えてトイレへと向かった。

 ……古典的な嘘っぱちの逃げ口上では、ない。本当に吐き気がしていたのだ。先ほど誓約書の署名をしたときに受けた、まるで呪いのような魔術のせいで。


「うえ……」


 課せられた魔術は、狂信の刷り込み。相手は、死神ギデオン。会ったこともないのに、名前と顔までその脳裏にちらついている。そして彼を敬え、崇めろと、その契約はオルクスに囁くのだ。催眠のように何度も何度も、甘美な響きを伴って。

 対抗するために身体中の魔力をしっちゃかめっちゃかに掻き回し、己の服従を抑えているのだが……その結果、酔いにも似た症状になってしまったのだった。


「~~!!!」


 一度吐いて、なんとか気を落ちつける。まだ吐き気はおさまらないが、思考がようやく動き出す。


「これが死神ギデオンの、力――?」


 誓約書にサインした者を服従させる能力。決してあり得ない話ではない。通常の魔法は四大元素に空間時間、合わせて六つに分類される。この魔法はその分類から、一見して外れているように思われる。

 ただ、気になったのは、シャーリィやそのほかの人にかかっていた魔法は、これとは少し違ったように思えたことだった。服従させてから、更に別の魔法を掛けている、という可能性も否めない。


 なんにせよ、これを解かなければ話にならない。そして恐らくは、誓約書の破棄。これがカギとなるはずだ。

 だとすると、誓約書を持っているシャーリィを追いかけ、その保管場所を見つけ、全て燃やす。それが恐らく一番いい。


 心を決めて、オルクスは口をすすぐと、行動を開始した。


 案内員を倒すことはたやすい。まず適当に叫んで助けを求め、トイレを覗き込んだ案内員を手早く昏倒させ、トイレの個室に突っ込んだ。それから外に出て、元来た道を戻り始めた。

 もうシャーリィはあの部屋にいないかと思ったが、何やら会話している声が聞こえてきた。まだいる。好都合だ。


「……ええ。ありがとう。そう……交戦中なのね。動きがあったら、報告して」


 どうやら電話のようだ。交戦中とは、何処かでまたテロでもやっているのだろうか。オルクスは、更に聞き耳を立てる。


「ん、どうしたの。アレ、って何? ……ああ、署名……ええ、誓約書の件ね。今、新しいのを発注してる。……ん。そう……、ギデオン様の、知り合いから……」


 ――誓約書の発注、ギデオンの知り合い。その言葉に、はっとする。誓約書を作った死神が別にいる。それはすなわち、どの程度の肩入れかわからないが、ギデオンには協力している死神が存在するということだ。

 しかし、死神が少なくとも二人……、このような人間の崇拝を集めて何をしているのだろう。

 オルクスは、首を傾げた。ギデオン一人なら、人間を支配し、崇められて悦に浸るというだけの矮小な理由でも、納得できなくはない。しかしこの裏方の死神はどうだ。恐らくはシャーリィすらその存在をよく知らないであろう、崇拝すら受け取らない死神は、何故ギデオンに協力するのだろう。


「部下……かなあ……」


 オルクスがまず想像したのは、それだった。すなわち、ギデオンの部下が、有無を言わさず作らされているということだ。

 可能性は十分にあった。オルクスも、死神組織に居た頃は、全く自由がなく……とても性格の歪んだ十位の上司によって、様々に虐げられてきた。オルクスの直属の上司であった十一位の死神クィニアも、優しい性格でしきりにオルクスを庇おうとはしたものの、結局逆らえずにいたのを覚えている。創造主の決めた序列は絶対である。

 昔の嫌なことを思い出し、また吐き気がこみ上げてくる。振り払うように、シャーリィの方に注目する。彼女はまだ電話で話していたが、やがてそれを切って、オルクスがサインした誓約書を持って別の扉から出ていった。


 オルクスは、こっそりとその後を追った。今はこちらに集中しなくては。


 追いかけて、辿りついたのは、受付からここまでの移動を考えれば目と鼻の先ともいえる、一分も歩かずに到着できる小部屋であった。途中で何人かの構成員とすれ違ったが、オルクスを咎める者はいなかった。

 どうやらそこは、シャーリィの仕事部屋のようである。かなり大きめのデスクが置いてあり、その横の棚には金庫がある。オルクスは、意を決して中へ飛び込んだ。


「!?」


 シャーリィが物音に気付いて振りかえる。オルクスの姿を認めると、怪訝そうに眉をひそめ。


「……オル、どうしましたの? もしかして、探検中かしら」

「そうそう、施設探検……ってちがーう!!! 子供扱いしないでよ!!!」

「オルは子供心を忘れない、とてもよい子だと思いますわ」

「それ誉めてない!!!!」


 シャーリィの言葉に、どう聞いても子供らしい答えを返した後、彼は当初の目的を思い出して、ごほんと一つ咳払い。


「シャーリィおねーさん。その、誓約書。こっちへ、くれる?」


 シャーリィの顔が、さっと青ざめた。


「……オル。貴方、まさか……洗脳に気づいて……!?」

「まあね。僕は魔力の扱いには長けてるんだ。おねーさんを傷つける気はないけど、その洗脳は、見過ごせないよ」


 そう言いながら、オルクスは何か違和感を覚えた。想像していた反応と違うような、どこか肩すかしを喰らったような。……一方のシャーリィは、唇を噛みしめて。


「流石に、死神オルクス、というわけですわね。……10を数えたばかりの子供と聞いて、少々見くびっていましたわ」


 今度は、オルクスが驚く番だった。


「っ……僕らのこと、知ってたの……!?」

「ええ。……もう、どうせ手遅れですわよ。貴方の相棒は、死神ギデオン様がじきじきに始末しに向かいましたわ」

「……そう」

「あら、随分冷静なのね……?」


 寧ろ安堵して肩を撫でおろすオルクスに、シャーリィが、正気を疑うかのような声音で問いかける。


「ん……僕と同じように洗脳されてたら、危険だったけど。武力行使なら、あっちでなんとかしてると思うから。僕の今やるべきことは、こっち」

「……貴方は、……中々どうして、強かですわね」

「子供じゃないからね。話を逸らそうとしても、無駄だよ」

「ふふ。そうね。……悔しいけれど、認めましょう」

「ん。ありがと」


 オルクスは、素直に微笑んで、手を差しのべる。


「さあ、どうか僕の言うとおりに。誓約書を、破棄してくれ」

「………嫌ですわ」

「だったら……力づくしかないよ」


 オルクスはクランと違って、戦いが好きなわけではない。ヒーローに憧れてはいても、そこは相棒とは随分違っていた。それでも、この状況。オルクスは洗脳を解くため、鎌を構える。

 その時だった。


「っ……!!」


 シャーリィが突然、その体を両腕で抱えるようにして、蹲る。オルクスの誓約書が、はらりと床に落ちる。

 オルクスは確かに見た。シャーリィの体力が、生気が、一気に奪われて、何処かへと吸い込まれるように消えていくのを。彼女は、唇が青ざめており、震え、浅い呼吸を繰り返した。


「おねーさんっ!?」


 突然の出来事だった。オルクスは咄嗟に、敵であることも忘れ、彼女に駆けよってその背中をさすった。すると、シャーリィは心配無用と言いたげに首を振る。


「……問題、ありませんわ。これは、ギデオン様の力……」

「死神ギデオン、の……!?」


 見ようによっては、それを語るシャーリィは、死にそうなくらい青ざめているにも関わらず、とても誇らしげであった。


「ふ、ふふ。オルクス……気付いて、いるのでしょう。……信者は、二重に魔法にかけられている。一つは、ギデオン様を崇める、洗脳。そして……もう一つは、――ギデオン様に全てを捧げる、鎖」

「……!!」

「これが発動したからには……『サイス』の人間の体力は奪われ、全てがギデオン様の力となるのよ……。もう止められない……」

「なっ……なんて酷い能力を……!!!」

「酷い? ふふ……何を言ってるのかしら。洗脳された……信者たちは、皆、こうして……、体力を奪われることを、喜ぶの、ですわ」

「ふざけないで!!!!!」


 オルクスは、かっとなった頭のままに、シャーリィが手から落とした己の誓約書を燃やした。その紙が灰になると共に、ずっとオルクスに掛かっていた、洗脳の圧力も消え失せ、思考が完全にクリアになる。


 そしてようやく、彼は気付いた。

 シャーリィは、洗脳についてここまで詳しく知っている。すなわち、彼女自身は“洗脳されていない”ということに。先ほどの反応の違和感は、そのせいだったのだ。

 ――だが、今はそれを言及している場合ではない。


「……シャーリィおねーさん。他の人の、書類は……誓約書は、何処」

「あは……金庫の中。開けましょうか?」

「開けて! 早く!!!」

「無駄、ですわよ。……これは、止めら……れない。洗脳が……解除、されたところで、信者たちは、鎖を……解く方法なんて、……何も知らない。……それどころか、自分に何が、起きているかさえ、……分からないのですから」

「っ……それでも……」


 それでも、目を覚まさせる。それは、ヒーローだったらそうするはずだ、というオルクスの考え方に基づいていた。

 シャーリィは、これ以上抵抗する気はないとばかりに、そのたどたどしい手つきで、金庫の扉を開ける。恐らくは、時間稼ぎがしたかっただけなのだろう。そしてそれは思惑通りになった。


 オルクスが今、洗脳を破棄したところで、大量の生気がギデオンの力になったことは疑いようがない。

 そして今から鎖の解除方法を調べることも、間に合いそうにない。


 金庫から出した誓約書を燃やす。

 だが、自分たちが死ねば、シャーリィとギデオンは信者たちをもう一度洗脳するだろう。元々ここに集まっているのは、死神崇拝を行う者たち。ギデオンとシャーリィに、洗脳される前から好意的なのだ。いいように言いくるめられて、終わり。


 つまり、二人と、洗脳された人たちの運命は、ギデオンと戦っているクランが握っている。


「シャーリィおねーさん。クランの戦っている場所へ、案内して」

「……ええ」


 彼女はあっさりと頷いた。


「素直なんだね、おねーさん」


 てっきり抵抗されるか、また時間稼ぎをされると思っていた。オルクスが、意外そうにそうぽつりと呟くと、シャーリィは、青白い顔で笑う。


「貴方が加勢に、行こうとも……能力を発動した、ギデオン様を、止められる者など、いない」

「……それはこっちの台詞だよ。本気を出したクランを止められる奴なんか、いない。大体、それなら僕らを引き離す必要ないじゃん」

「ふふ。……ギデオン様の、心は、貴方には分かりませんわ」

「強がっちゃって、もう」


 そして二人は、視線を合わせ、ふっと笑った。


「確かめようか」

「そうしましょう。……部屋を出て、左、突き当たりの、転移陣……」


 シャーリィを抱き上げ、オルクスは彼女の指示に従って、信者が倒れて呻く廊下を走り出した。




***




 クランの拳が、大砲の如き火炎を放ち、吹き抜けの部屋が深紅に輝く。

 圧倒的なまでの業火が、ギデオンに迫る――が、それを防ぐ彼の力も、凄まじい。ギデオンの周囲に蓄積された信者たちの生気は、全く尽きる様相を見せず、次々にギデオンの魔力となる。堅牢にして巨大な土の壁が圧倒的な速度をもってその業火を囲いこみ、封殺する。


 互いに言葉はなかった。


 クラン・クライン――再生する魔力体。

 彼の魔力には、底がある。たった一人、毎日こつこつと貯めてきた、言ってしまえばそれだけの魔力。しかし、尽きるまでの間、その魔力となりし肉体は延々と、致命傷ですら回復し、『元に戻し』続ける。


 死神ギデオン――無尽蔵の魔力タンク。

 何百人といる信者の生気を限界まで利用し、己の魔力に変換するそれは、傍目から見て、尽きることはない。しかし、治癒能力は万能ではない。体力や外傷は回復出来ても、致命の一撃を喰らえばそれで止まる。


 すなわち、クランがこの戦闘に勝つ方法は、一つだけ。

 己の再生能力を駆使し、“骨を斬らせて骨を断つ”――こと。


 クランは直ぐに状況を理解した。

 彼は、戦闘狂であるが故――どんなに熱くなっていても、ある一種の冷静な、機転を利かせる思考回路を持っている。


 掴んだ選択肢は、ごり押し。この世で最も単純で最も読まれやすく、そしてクランが最も得意とする戦法。


 クランの四肢が弾け飛ぶ。ギデオンの高速魔法は、真っ直ぐ肉薄するクランを正確に捉え、その足もとから土の槍を突き出してくる。しかし、クランの再生能力が吹き飛んだ足を瞬時に再生し、更に前への一歩を踏み出させる。衝撃を受けて、一瞬走る痛みを感じながらも、それでもギデオンへと。

 クランがギデオンに勝っている点があるとすれば、

 彼は決して止まらない、という点か。


 ギデオンも攻撃の手は緩めない。クランを妨害している間に、彼の魔力を使い切らせ、再生を止めれば、彼の勝ちなのだ。

 砂の刃、石の斧、土の槍。全てが怒涛のように、途切れることなくクランに殺到する。クランはそれを、再生と、炎魔法と、全てを駆使してただ進む。


「      あああああァァァアアアア!!!!!!    」


 どちらが発したかもわからぬ咆哮。

 全身全霊を賭けた、魔法の衝突。


 そのさなかで、ギデオンが笑った。気がした。

 その理由をクランは本能で理解した。彼は気付いたのだ――クランの再生能力の『核』。


 自分の弱点、再生できない部位、脳。

 イメージによる、健常な肉体への再生は、イメージ自体が組み立てられなければ崩壊する。ギデオンがそこまで理解したとは思えない……単純に、クランが頭部への攻撃だけは全て防いでいることに、気付いただけだろう。それでも、正解を悟ったことだけは確か。


 だが、それ故に。

 次のギデオンの狙いだけは、読める。


 クランは死ぬほど冷静であった。


 ――狙いさえ分かっていれば、怖い攻撃など、ない。


 彼の思惑は当たった。ギデオンはその時、勝利を確信し、力んだ。それまで無差別にクランを狙っていた全ての魔法が、その時だけ、一点に集中したのだ。クランが想像した通り、頭部への、一斉攻撃。


 クランは、内心で、笑う。

 いくら再生能力があっても、僅かな時間の衝撃や痛みは避けられない。ギデオンに肉薄するためには、どこかで完全に攻撃をかわしきる必要があった。

 その、最初で最後の、チャンスが訪れたのだ。


 姿勢を低く、足から炎を逆噴射し、ロケットスタート。

 すぐ上を掠める頭部への攻撃。


「――!!!!」


 ギデオンは己の失敗を悟った。しかし、遅すぎる。


 ――そして、その胸を、凄まじい熱量を持った炎槍が、刺し貫いた。

 勝負は、その一撃……たった一撃で、ついた。


「が、あ……!!!!!」


 心臓を狙った、人間であれば死は免れ得ぬ攻撃。

 死神の身体の構造は、人間とほぼ同一だ。魂が滅されない限りは死なないが、心臓が貫かれ、焼きつくされれば、その身体機能は停止する。

 それは、『支配の鎖』によって体力や魔力を供給され続けるギデオンですら、変わらない。肉体の機能停止は、回復することはままならない。彼は治癒能力の強化は出来ても、自然治癒しないものを治すことは出来ない。


「――」


 ギデオンの身体が、彼の意志に構わず、がくりと崩れ落ちる。


 クランは、倒れたギデオンを腕の中に受け止めながら、宙空を見上げた。

 そこに漂っていた、『支配の鎖』で吸い上げた生気も、彼のコントロールを失って、雲散霧消していく。周囲に倒れた武装集団も、ぴくりとも動かない。


 クランの勝ちだ。


「……楽しかったぜ、死神ギデオン」


 死線に立ち、死線を乗り越える。

 それこそが、クランにとって、至上の喜びだ。それを与えてくれたギデオンへの言葉は、嘘偽りない、彼の正直な気持ちだった。


 紅い髪が、熱のまだ残る吹き抜けの空間に、揺れた。





(第三話 了)

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