同年   九月七日

  

(※お食事中の方はご注意下さい)


(異様に四角い字で) 

 九月七日

 晴れのち曇り。南東の風。外海は揺れる。陛下は一日船室におられた。

 公爵は筋肉痛。唐変木は船べりの住人。宮廷風お茶会? だが断る。無理。

 二十三時就寝。





(文字の下にびらびらと長い模様がついている字で)

 神聖暦八月七日、すなわち王国暦九月七日

 天気は晴れておりましたが、午後に翳ってまいりました。まるで陛下のご心情を映しているかのようです。朝食を取られてから、陛下は船室に引きこもられました。

 病神がとり憑いたのではないかと、皆がひどく心配いたしました。

 陛下は気丈にも「朕のことは気にかけずともよい」と仰せられ、我々を船室に入れませんでした。

 除霊の呪文が扉の向こうより聞こえ、陛下がたったお一人で病神と戦っておられるのが解りました。

 何もできぬ我が身が口惜しいかぎり。陛下の痛みと辛さを代わってさしあげられたら!

 私、ジョルジォ・ネイスは陛下のためにこの身を捧げたいと天上の神々に祈りました。

 私の祈りはたちどころに届きました。なんと私の体に陛下の病神が移ったのです。

 おお、神よ、感謝いたします!

 こうなればこちらのもの、私はきりきり痛む胸を抑えながら、冷静に船べりへ向かいました。

 わが王国最高位の魔術師レイアーンより授けられし除霊の呪文を唱えつつ、私は船べりに身を乗り出しました。呪文の詠唱が終わると同時に、我が口から恐ろしい形相の病神が飛び出してまいりました。

 敵は今にも私に襲いかからんばかり。剣に除霊の魔力を宿して成敗せねば。今こそ、我が自慢の北神流剣技を見せる時!

 と私が剣を抜いたと同時に、魔物の存在に気づいたディゴール将軍が飛び込んでこられ、私をかばいました。

「下がっておれネイス、我に任せろ!」

 美しき女将軍は、幾万もの敵をなぎ払ってきた白銀の神剣レギスバルドを抜き放ち、剣撃一閃!  

 あっという間に魔物を一刀両断にされました。断末魔をあげ空中に消えゆく魔物。たったの一振りです。なんと鮮やかな剣さばき。我が剣技など、この方の神技に較ぶればただのチャンバラごっこ。

 ああディゴール将軍……我がいとしの君。密かに私のシャリル様とお呼びしたい。

 なんと気高くそして美しいお姿。さすがは戦神フェイスニールご自身に、配偶神にと望まれた御方。

 黄金の髪、薔薇色の唇、白き肌、細い腰、豊かな胸……胸……!

 麗しきこの乙女のお力は、一体どこから湧き出てくるのでしょう。


 麗しき将軍は、その後何事もなかったかのようにメルニラム公爵を剣の手合わせに誘われました。

 しかし公爵様は「今日は妻の茶の相手をせねばならぬ。そなたらも共に」と将軍と私を逆にお誘いになられました。

 我々は公爵様の船室で楽しいひと時をすごしました。公爵様は宮廷サロンの花であられた公爵夫人のお寂しいお気持ちを汲まれ、優しくお気遣いになられておいででした。

 公爵夫人は懐かしい宮廷での思い出をたくさんお話しになられました。

 王都ナンシェリアにそびえたつ白亜の宮殿が、脳裏に思い出されます。

 宮殿の白き柱、あの百本の大理石の柱廊を夕陽が淡い桃色に染める光景ほど、心和み、美しいと思えるものはないでしょう。


 陛下は夕刻にはすっかり元気になられ、トン・ウェイ艦長とフルコースの夕食を取られました。

 私は魔物が体に宿った後遺症から食事できませんでした。

 後悔はございません。若き陛下の御ためとあれば、この身がどうなろうと構いません。

 ただただ、陛下のおんために。

 陛下は、二十二時にお休みになられました。





(大きな丸い字で)

 九月七日

 三日ぼうずになってしまうのはいやだから、かきます。

 船よいがひどいです。すごくきもちわるいです。


 夜、ぐあいがよくなりました。

 ディゴールさんがくれた、よい止めのお守りがきいたんだと思います。

 ディゴールさん、ありがとう!

 ねます。おやすみなさい。

 みんなも、よく眠れますように。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る