第2話:新たな仲間

 『ヒューム・ストリングス』の居場所は諸説あるが、北限の地ターセルであるという説が有力だ。

 そこで、私たちはまず北を目指す事とした。

「まったく、この臭い溜まらないわね……」

 土中から目の前に現れた三体の『死体』を見て、私は思わず鼻をつまみそうになった。

「おい、ラシル。お前の魔法が頼りだ。こいつらはいくら斬っても死なねぇ」

 剣を抜きながら、カシムがそう喚く。

 私たちの村ではリビング・デッドと呼んでいた、文字通りの生きる屍だ。

 特徴は物理的な攻撃はほとんど効かない事。ということで……

「炎よ!!」

 ほとんど一瞬で詠唱が終わるような、ごく初歩の攻撃魔術を放つ。

 杖の先から飛び出した小さな火球は、リビング・デッドの一体を派手に燃え上がらせた。

 そう、燃やすこと。これが、この魔物に対する対処法だ。

「あなたも見てないで戦いなさいよ。……ファイア・ブレード!!」

 瞬間、私の杖から炎の帯がはき出され、カシムの剣の刃を覆った。

「ほう、コイツはありがてぇ。いくぞこらぁ!!」

 炎の刃を持ったカシムが、リビング・デッドの一体を斬り捨てる。

 瞬時にして斬り捨てられたその体が燃え上がった。

 その間にも、私の攻撃魔法が最後の一体を炎上させ、戦闘ともよべない戦闘は終わった。

「まあ、こんなの肩慣らしにもならんな」

 カシムがそんな事を言っているが、さっきお前の魔法だけが頼りだとか言ってなかったっけ?

 まあ、リビング・デッドは比較的よく見かける魔物ではあるし、非常に動きが遅いので対処方法さえ分かっていればそれほどの脅威ではない。

「ほら、カシム。先に進むわよ」

 なにやら一人贅に言っている彼をよそに、私はさっさと先に進んだ。

「おい、こら待て!!」

 背後でそんな声が聞こえるが、待てと言われて待つヤツはいない。

 と、前方に隣の村が見えてきた。

「早くしなさいよ。『アルト』の村が見えてきたわよ」

 後ろからダッシュで追いかけてきているカシムを見ていたため、私は気がつかなかった。

 今まさに、私に向かって拳を振り下ろそうとしていたゴーレムの姿に。

「ラシル、跳べ!!」

 血相を変えて叫ぶカシムの声に、私の体は反射的に動いた。

 前方に向かって跳んだ瞬間、強力な力で弾き飛ばされる。

 そのまま何度か前転をして、私の体はようやく止まった。

「っつ~……」

 全身を駆け抜ける痛みのあまり、呼吸することさえ辛い。

 それでも何とか振り返って見ると、ゆっくりとこちらに向かってくるゴーレムの姿があった。

「ヤバいわね。今私は魔法を使える状態じゃ……」

 そう言ったそばから、轟音と共に地中から次々と現れて来る。

「ったく、とんだパーティー会場にお呼ばれしたもんだな」

 額にびっしり汗を掻きながら、カシムがそう言った。

 ご存じの方も多いだろうが、ゴーレムというのは魔力で動く人形である。

 材質によって呼び名は変わるが、今目の前にいるのはオーソドックスな土人形である。

「あれは剣じゃどうにもならんよなぁ」

 とカシムがつぶやく。

「ゴーレムの『核』さえ分かれば剣でも戦えるけど、死んで帰ってくる確率の方が高いわね」

 私はカシムにそう返した。

 動きこそ遅いがあのパワーである。

 まともに食らったら、人間など原型も留めなく潰されてしまうだろう。

 ようやく痛みが収まった私は、ゆっくり立ち上がるとゴーレムと対峙した。

 全部で8体。まとめて吹き飛ばしてやる!!

「風よ。我が意に従い乱流となれ……テンペスト!!」

 瞬間、強烈な暴風が束になって吹き荒れ、私の意図した通り8体のゴーレムを遙か上空まで吹き飛ばした。

 なにせこれは『風』系の最強魔法である。

 いかな頑強なゴーレムとて耐えられるわけがない。

「いつつ……骨やっちゃったかな」

 魔法を使った衝撃で再び痛みがぶり返す。

 回復魔法というものもあるが、あれは教会に勤める神官しか使えない。

 いわば門外不出の魔法なのだ。

「おいおい、大丈夫か?」

 私の様子を見て、カシムが心配げに声をかけてきた。

「大丈夫なわけないでしょう。確かアルトの村は教会があったはずだから、とっとと行くわよ」

 そう言って、1歩踏み出した瞬間、全身を強烈な痛みが襲う。

 ・・・いかん。これはまずい。

「ほら、肩貸してやるよ」

 カシムが私の左腕を取り、自分の肩に引っかける。

 我ながら情けない格好ではあるが、そんな事は言っていられない。

 かなりのスローペースだったが、私たちはようやくアルトの村に到着した。

 そして、息を飲む。

「ここもか……」

 そこには、徹底的に破壊された村があった。

 村の中央部にある教会だけはまだ原型を保っていたが、それ以外は元の建物が何だったのかさえ分からない。

 私たちの村より大きなだけに犠牲者も多く、そこら中に骸が転がっている。

「まずは、教会に行ってみましょう。生存者がいるかもしれないし」

 望み薄なのは分かっていたが、唯一原型を保っているのは教会のみ。

 となれば、当たって見て損は無いだろう。

「分かった。歩けるか?」

 正直言って、痛みはかなり酷くなってきている。

 自力で歩くどころか、立つ事さえ難しいだろう。

「悪いけど肩貸しておいて」

「分かった」

 私たちは、どうにかこうにか教会へ向かい、開け放たれたままのドアから中をのぞき込んだ。

「うっ……」

「こりゃひでぇな」

 恐らく避難していた所をやられたのだろうか。教会の中は外より酷い有様だった。

 生存者の可能性はまずないだろう。

 困った。この怪我を治さない事には旅どころではない。

「ちょっと待て。奥の方で何か動いたぞ!!」

 そう言って、カシムは私をほっぽりだして剣を抜いた。

「痛いって!!」

 思わず地面にへたりこんでしまいながら、私はカシムにクレームを入れた。

「ああ、悪い。ちょっと待ってろ。見てくる」

 そう言って、カシムは慎重に教会の中に入っていく。

 私はその様子を入り口で見守ることしかできない。

 カシムが教会の中程まで進んだときだった。

「神に刃向かう悪しき者よ。立ち去れ!!」

 死体の山が盛り上がり、突如出現した神官服を着た女性が叫びながら何かを振りまいた。

 ビシャっと音を立ててカシムに振りまかれたものは、恐らく聖水だろうが……。

「……あれ、人間?」

「ああ、いちおう人間だ。いいシャワーだったぜ」

 びしょ濡れのカシムが棒読みでそう言った。

「あわわ、ご、ごめんなさい!!」

 いきなり慌てて、神官服の女性は何かを探しているようにあちこちを見回す。

「ああ、もういいから……。すまんが怪我人がいる。手当してもらえるか?」

 なんで死体の下に隠れていたのかとか色々聞きたい事は満載だったが、カシムは最優先の事を言ってくれた。

「えっ、怪我人ですか。どちらに?」

「あの入り口にへたばっているヤツだ」

 剣を鞘に収めつつ、カシムはそう言って私を指差した。

「あ、大丈夫……じゃないですよね。すぐ回復魔法を……」

 死体の間を縫うようにして、彼女は私の元に来た。

 その足取りからして、それなりに戦闘訓練を受けている事は察しがついた。

「あの、どんな感じですか?」

 私の体をそっと地面に寝かせながら、彼女は聞いてきた。

「そこら中痛くて立ってられないのよ」

「分かりました。ではさっそく……」

 言うが早く、彼女は早口で呪文を唱える。

「……悪しき魔を払え!!」

 私の全身を温かな光が包み、痛みが嘘のように引いていく。

 そして程なくして、光がスッと消えた。

「どうですか。大丈夫だと思いますが」

 私はそっと立ち上がってみる。

 すると、全く痛みは無い。普通に歩ける。

「噂に聞いていたけど、凄いわね……」

 教会の無い村育ちということで、回復魔法など見る機会はほとんどなかった。

 凄いとは聞いていたけれど、確かに凄い。

「あっ、ゴメン。今手持ちが無くて寄付出来ないのよ」

 教会で治療を受ければ、相応の寄付をするのが通例だとすっかり忘れていた。

 ほとんど旅の準備などしないで出てきてしまったため、この先の路銀すら怪しいのだ。

「いえ、寄付は結構です。この村はもう消滅してしまいました。その代わりといってはなんですが、なぜお2人はこの村に?」

「まあ、話せば長くなるんだけど……」

 そう言って、私は故郷であるアリエの村で起きた惨事を語った。

 そして、『ヒューム・ストリングス』を倒すために旅に出た事も。

「……なるほど。わかりました。不躾なお願いですが、その旅に私も同行してよろしいでしょうか?」

 真剣な顔で彼女が聞いてくる。

「えっ、そりゃありがたい話だけど、どうして?」

 私がそう問いかけると、彼女はうなずいた。

「あなた方と同じですよ。私はこの村の者です。たまたま中央に呼び出されていた帰りでしたので難を逃れましたが、故郷をこんなにされて黙っているわけにはいきません」

 そう言って、神官服の裾をたくし上げ棍棒のようなものを見せてくる。

 これはメイスという武器で、刃がついた武器が持てない聖職者の標準装備のようなものだ。

 足手まといにはなりませんって事か……。

「私たちに断る理由はないわ。付いて来るか来ないかはあなたの自由よ」

 我ながら素直においでって言えないのかねぇと思いながら、私はそう言った。

「ありがとうございます。申し遅れましたが、私はエリス・ポンティアックと申します。エリスと呼んで下さい。


こうして、私たちは新しい仲間を向かえ入れたのだった。

旅はまだ始まったばかりである。

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