第4話 黒い瞳のダミアン

 ダミアンの黒い瞳は、美しい女性の目を見つめていた。

「あなたはとっても美しい女性です。ベルンシュタイン夫人」

 ダミアンは彼女の髪をなで、そのまま頬から唇まで指を滑らせる。


「目覚めの時は来た。さぁ、僕と一緒に参りましょう」

 美しい女性はゆっくりと椅子から立ち上がり、あたりを見渡した。

「何も心配はいらないよ。僕の手を取ってご覧」

 美しい女性は細い指で水の中を探るように手を泳がせる。

「さぁ、上にあがろう。階段に気を付けてね」

 ダミアンにエスコートされて、美しい女性はゆっくりと階段を上った。


「もう現れる頃だと思うよ。あなたがあなたに会いたいという人に」

 時計は5時10分前を差していた。玄関のドアが開く。エルマー・ベルンシュタインは時間に正確な男だった。

「あ、あ、アメリア、アメリア」

 エルマー・ベルンシュタインの声は震えていた。

「どうぞ、こちらに。ベルンシュタイン卿」


 ベルンシュタイン卿は、ドアを閉め、ダミアンに気づかれないように後ろ手に鍵を掛け、ゆっくりと部屋の奥に進んだ。

「アメリア、私がわかるかい」

 アメリアのオートマタは静かにうなずいた。

「嗚呼、私のアメリア、お前は私のアメリアだ」

「いいえ、こちらの方は、アメリア・ベルンシュタインではございませんよ。ベルンシュタイン卿」

「いや、アメリアだ。まったく見事だ。まるで人と変わらないじゃないか」

「ともかく、あまり時間がございません。ベルンシュタイン卿。死者の魂はそれほど長く、この人形に留めておくわけにはいかないのですよ」

 ベルンシュタイン卿はダミアンを睨みつけ、何かを言いかけたが、ぐっとこらえた。

「わ、かかっていますとも。ですが、できれば二人きりにしていただきたいのです」

「それは構いませんが手短にお願いします」

「すまない。メルツェル殿」

「僕はあちらの工房に控えています。できれば5分以内にことを済ませていただきたい。終わりましたら声をかけてください。では、失礼」


 ダミアンは小さく会釈をして工房に姿を消した。

「嗚呼、アメリア。私の妻よ。麗しき妻よ」

 ベルンシュタイン卿は、アメリアの手を握った。手で触れて初めて、それが人ではなくオートマタだとわかる。人のぬくもりは感じられなかったが、死者のそれとは違い、生命がそこにあると感じられた。


「アメリア、正直に答えておくれ、私を愛しているか?」

 アメリアはゆっくりとうなずいた。

「君をこんな目にあわせた奴のことを教えてくれるかい?」

 

「私の目を盗んで、お前をたぶらかせたのは、どこのどいつだ」

 アメリアは何かを言おうとしているが、言葉を発することはできないようだった。

「そうか。口はきけないのだったな。ここに名前が記してある。どの男だ」

 アメリアはベルンシュタイン卿が見せたメモを見ると、ゆっくりと右手で一人の男の名を指差した。

「ブランデンブルク、フリッツ・ブランデンブルクか!」

 アメリアは静かにうなずいた。

「殺してやる。あの男、殺してやる……、ほかに、ほかにはいなかったのか」

 アメリアは応えない。

「こ、この中にいるか。まだほかにいるのか」

 アメリアは首を振った。

「では、最後の質問だ。アメリア。よく聞いておくれ」

 ベルンシュタイン卿は、アメリアのオートマタの耳元でそっとつぶやいた。

「お前を殺した奴は、この中にいるか? このメモのなかにいるか」

 アメリアは首を振った。そして同時に右手をゆっくりとあげてベルンシュタイン卿を指差した。

「アメリア、嗚呼、すばらしい。お前は本当にアメリアだ」


 次の瞬間、アメリアの口元が「ぱかっ!」と開き、白い歯が見えた。何かを言おうとしているようだが声にならない。「キー、キー」という機械的な音が漏れていた。

「ど、どうしたというんだ」

 アメリアのオートマタはベルンシュタイン卿の両肩を細い腕でがっちりとつかんだ。

「いっ、痛い!」

 アメリアの指先がベルンシュタイン卿の二の腕をものすごい力で握りしめている。

「よっ! よせ!」

 アメリアはベルンシュタイン卿をそのまま床に押し倒し、両足を腰のあたりに巻き付けた。

「た、助けくれ! メルツェル殿! メルツェル殿!」


「おやおや、これはどうされました。ベルンシュタイン卿」

 ダミアンは工房から姿を現し、もだえ苦しむベルンシュタイン卿の顔を覗き込んだ。

「は、早くこいつを、こいつを止めてくれ」

 ベルンシュタイン卿の目は血走っていた。オートマタは無表情のまま、ベルンシュタイン卿を締め上げていた。

「ベルンシュタイン卿、あなた、僕の言いつけを破りましたね」

 ベルンシュタイン卿の顔は青ざめていた。

「喉の上の土、これがあれば言葉をしゃべることができるはずなのですが、どうもこのオートマタは声を出すことができない。そのかわりに……」

 オートマタはしびれて自由が利かなくなったベルンシュタイン卿の腕をはなし、馬乗りの姿勢になって、ズボンのベルトを外し始めた。


「オートマタには生殖器を作らないようにしているのです。ですが、下半身の土を組み込んだりすると、性欲を満たすために……」

「まっ、まさか、やっ、やめてくれ!」

 オートマタはズボンと下着を一気に引きおろし、あらわになったベルンシュタイン卿の股間にある一物を口にくわえた。

「ぎゃーーー!」

 そこでオートマタの動きは止まった。

「復讐を、果たしたんだね。アメリア」


 その悲鳴を聞きつけ、ベーレンドルフ刑事がドアをけ破って入ってきた。

「今の悲鳴は!」

「あー、あー、ドアを壊さないでくさいよ」

「こっ、これは」

 そこには泡を吹き、倒れているベルンシュタイン卿と、顔面を血に染めたオートマタが横たわっていた。


「医者を呼べばまだ助かりますよ」

「この悪魔が!」

「悪魔にだって言い分はあります。ドアの修理代、お願いしますよ」

「鍵がかかっていたぞ」

「おかしいですね。鍵を掛けた覚えはないのに。きっとベルンシュタイン卿がかけたのでしょうね」


 ベルンシュタイン卿はすぐに病院に運ばれ命を取り留めた。警察の取り調べに対して、ベルンシュタイン卿は自分が妻を殺したことを自供した。

「そうですか。すべて自供しましたか」

 後日、ベーレンドルフ刑事がダミアンを訪ねてきた。

「妻の不倫を疑い、逆上して首を絞めたそうだ。嫉妬とは恐ろしいものだ」

「若い妻を持つ男の永遠の不安ですかね」


 ベーレンドルフ刑事は煙草に火をつけながら不機嫌そうに煙をふかした。

「で、エルマー・ベルンシュタインはなんだって、お前さんの言いつけを破って、違う土を持ってきたんだ」

「簡単なことです」

 ダミアンは机の上に腰かけ、ブラウンの髪の毛をいじりながら答えた。

「ベルンシュタイン卿は、アメリアのオートマタにしゃべられるとまずいと思っただけです。おそらく自分で墓を暴いたわけではないでしょう?」

「あー、確かにそう供述している。頭と心臓の土と、首の回り以外の土を適当に持ってくるように指示をだしたそうだ」

「まぁ、棺桶の真ん中というのは、結局そういう場所になってしまうのですから、指示された人間としては偶然というよりは必然でしょうかね」

「しかし、わからん。なぜベルンシュタイン卿は自供したんだろうか」

「それは妻が本当に彼のことを愛していたと、知ったからでしょうね」

「俺にはわからん。お前さんが言っていることを信じろというほうが無理な話さ」

 ベーレンドルフ刑事は、煙草の火を消して立ち上がった。


「本当にそんなことが可能なのか。死んだ者の魂に話をきくなんて」

「どうでしょうか。かつて神は土から人間を作ったといわれています。だとしたら、その真似事を人ができたとしても不思議ではないのではないでしょうか?」

「それは、どちらかといえば、悪魔の仕業に思えるがなぁ」


 ダミアンはブラウンの髪の毛を右手で書き上げながら、不敵な笑みを見せた。

「人は、天使にも悪魔にもなるんですよ。あなたは毎日そういう光景を目の当たりにしているのでしょう。ちゃんと仕事してくださいよ。刑事さん」

「ちっ、この悪魔が。今度余計なことしたら、しょっぴくからな!」


 ベーレンドルフ刑事は帰り際にドアを思い切り閉めようとして、思いとどまり、静かにドアを閉めた。

「さて、仕事に戻るとするかな」

 ダミアンは別の人間を模したオートマタの頭を手にしていた。




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